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序幕 それは旅立ちの物語
1 レイレン・ファーラと伽乱・ハートライト
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イルジニア。
それが俺の生まれた星。人口30億人程度の小さな惑星だが、高度に発展した機械文明と未だ解明しきれぬ魔導の力を兼ね備えた、類稀な美しい場所。愛すべき故郷。
だけどこの星は今、命尽きようとしていた。資源の不足は年々深刻化し、いずれ枯渇する。再生に向けて様々な計画が考案実行されてきたが、結局そのどれもが完璧とはいえなかった。
俺たちに残された道はただ一つ――この星で生きるには増え過ぎた人間を、他の星に移住させること。
イルジニアを統治する3つの組織<大議会><機械工学会><魔導総会>は、議論に議論を重ねて3つの惑星をその候補として選出した。
未開の地を多く持つ、機械も魔導も未だ知らない緑の惑星アルメラード。
機械工学者たちの叡智により人工的に創り出された鉄の惑星、カーイック。
魔導士達の聖地、機械文明を忘れ精霊と生きる惑星、フィルト。
そして今日、特使団はそれらの惑星へ旅立つ。この星に住むすべての人間の命運を賭けて。
***
カツ、カツ、カツ、と。
硬い靴底が冷たい廊下を叩く。長々続いた出航手続きを終えて、青年は準備に追われる愛機へと足を進めていた。
引き締まった肢体に真新しい宇宙服、精悍ではあるがどこか甘さの残る顔立ち、太陽のように輝く金の髪。伸び伸びとした真夏の若木を思わせる彼の名は、レイレン・ファーラ。
宇宙開拓の祖と呼ばれる冒険家リーゼル・ファーラと天才プログラマーであるルールニア・リノーの血を引き、父の破天荒な行動力と母の無謀な好奇心を受け継いだ、特使団が搭乗する宇宙船<アンビシオン>のハンドルを握るキャプテンであり、長い旅路におけるプランナーであり、コンダクターであり――この物語の主人公である。
彼はブーツの爪先を真っ直ぐ前に向けて、青白いライトに照らされた細い通路を潜り抜けた。眼前に広がるのは船体が立ち並ぶエアポート。忙しなく行き来するエンジニアの間を抜けてさらに進む。
時折向けられる眼差しには様々な感情が見て取れた。好奇、憧憬、嫉妬、羨望、そして同情。これから輝かしく颯爽と宇宙へ飛び出すはずの自分がそんな目を向けられる理由に、彼は大いに心当たりがあった。そしてその理由の内のひとつが、今目の前にいる。
ひときわ目を引く巨大な卵に似た流線型の機体の前、タラップに背中を預けるようにして、剣呑な表情を隠しもせずその青年は立っていた。
「随分な重役出勤ですね、キャプテン・ファーラ」
彼の名は、伽乱・ハートライト。この惑星の政治の中核を担う『大議会』の次期『議長』候補であり、この旅においては交渉人の役割を担う。云わば大議会の代理人だ。
市井ではクリーンでストイックでおまけに若く美しい政治家、という看板の解りやすさもあってか、アイドル的な人気を博しているとかなんとか。
まあ、世評はともかくレイレンにとってはただの昔馴染み、腐れ縁に過ぎない。その気安さもあって軽く手を上げると、伽乱は苦い顔をしてその手に拳を当てた。
「早上好、先生」
「早上好。まったく図太い人ですね。そんな神経だからこの大事な日に寝坊するんですよ」
「いやいや、勝手に寝坊したことにするなよ。父さんじゃあるまいし、そこまで肝は据わってないわ」
「ふん、もちろん冗談です」
伽乱は彼の性根を表すが如く真っ黒な髪を手櫛で掻き上げ、鼻で笑う。
「君のことだ、どうせ航路計算に程度の低い不備でもあって、父君に最後の小言を頂戴していたのでしょう? だから私にダブルチェックをさせろといったんです。まあ、直前になって航路の変更なんて君も不本意だったとは思いますがそうはいってもこの程度のトラブル航海にはつきものですし、一流のプランナーであれば臨機応変に正確な処理が出来て当然だと……」
「あー、その話長くなる?」
「短くしたいのであれば、そんな君に代わり進んで雑事を引き受けた朋友に、言うべき言葉があるのでは?」
じ、と紫水晶のような瞳に見詰められて、レイレンはたじろぐ。
昔から伽乱はこうやって至近距離で人の顔を覗き込んでくる癖があり、彼のその目にレイレンは妙に弱い。なにはなくとも何故だか後ろめたいような気持ちになり、言うことを聞かねばならないような気にさせられる。
「ほら、言って」
「言うって……何を」
「子供のようなことを言うものじゃありませんよ。人に助けてもらったら、普通なんて言うんです?」
「あ、………ありがとうございます……?」
「……ん、ふふ、よろしい。よくできました」
そしてその人形のように整った顔がふっと綻ぶ瞬間にも実に弱いのだった。
「……ったく、あんまり人を揶揄うんじゃないよ。おまえ、顔だけは良いんだから」
「あなたと一緒にしないでください。私は顔もいいんです。……ほら、項目224までは確認を終えました。後はご自分でどうぞ」
乗ってもいない賭けに負けたような腑に落ちぬ気持ちでぽりぽりと頬を掻きながら、レイレンは友に背中を押されてタラップを上がる。
入り口で振り返ると伽乱はちょうど人に呼ばれてこちらに背を向けたところだった。彼の険しい表情に僅かな引っ掛かりを覚えたが、忙しさに紛れてそれはすぐにレイレンの脳裏から薄れてしまった。
それが俺の生まれた星。人口30億人程度の小さな惑星だが、高度に発展した機械文明と未だ解明しきれぬ魔導の力を兼ね備えた、類稀な美しい場所。愛すべき故郷。
だけどこの星は今、命尽きようとしていた。資源の不足は年々深刻化し、いずれ枯渇する。再生に向けて様々な計画が考案実行されてきたが、結局そのどれもが完璧とはいえなかった。
俺たちに残された道はただ一つ――この星で生きるには増え過ぎた人間を、他の星に移住させること。
イルジニアを統治する3つの組織<大議会><機械工学会><魔導総会>は、議論に議論を重ねて3つの惑星をその候補として選出した。
未開の地を多く持つ、機械も魔導も未だ知らない緑の惑星アルメラード。
機械工学者たちの叡智により人工的に創り出された鉄の惑星、カーイック。
魔導士達の聖地、機械文明を忘れ精霊と生きる惑星、フィルト。
そして今日、特使団はそれらの惑星へ旅立つ。この星に住むすべての人間の命運を賭けて。
***
カツ、カツ、カツ、と。
硬い靴底が冷たい廊下を叩く。長々続いた出航手続きを終えて、青年は準備に追われる愛機へと足を進めていた。
引き締まった肢体に真新しい宇宙服、精悍ではあるがどこか甘さの残る顔立ち、太陽のように輝く金の髪。伸び伸びとした真夏の若木を思わせる彼の名は、レイレン・ファーラ。
宇宙開拓の祖と呼ばれる冒険家リーゼル・ファーラと天才プログラマーであるルールニア・リノーの血を引き、父の破天荒な行動力と母の無謀な好奇心を受け継いだ、特使団が搭乗する宇宙船<アンビシオン>のハンドルを握るキャプテンであり、長い旅路におけるプランナーであり、コンダクターであり――この物語の主人公である。
彼はブーツの爪先を真っ直ぐ前に向けて、青白いライトに照らされた細い通路を潜り抜けた。眼前に広がるのは船体が立ち並ぶエアポート。忙しなく行き来するエンジニアの間を抜けてさらに進む。
時折向けられる眼差しには様々な感情が見て取れた。好奇、憧憬、嫉妬、羨望、そして同情。これから輝かしく颯爽と宇宙へ飛び出すはずの自分がそんな目を向けられる理由に、彼は大いに心当たりがあった。そしてその理由の内のひとつが、今目の前にいる。
ひときわ目を引く巨大な卵に似た流線型の機体の前、タラップに背中を預けるようにして、剣呑な表情を隠しもせずその青年は立っていた。
「随分な重役出勤ですね、キャプテン・ファーラ」
彼の名は、伽乱・ハートライト。この惑星の政治の中核を担う『大議会』の次期『議長』候補であり、この旅においては交渉人の役割を担う。云わば大議会の代理人だ。
市井ではクリーンでストイックでおまけに若く美しい政治家、という看板の解りやすさもあってか、アイドル的な人気を博しているとかなんとか。
まあ、世評はともかくレイレンにとってはただの昔馴染み、腐れ縁に過ぎない。その気安さもあって軽く手を上げると、伽乱は苦い顔をしてその手に拳を当てた。
「早上好、先生」
「早上好。まったく図太い人ですね。そんな神経だからこの大事な日に寝坊するんですよ」
「いやいや、勝手に寝坊したことにするなよ。父さんじゃあるまいし、そこまで肝は据わってないわ」
「ふん、もちろん冗談です」
伽乱は彼の性根を表すが如く真っ黒な髪を手櫛で掻き上げ、鼻で笑う。
「君のことだ、どうせ航路計算に程度の低い不備でもあって、父君に最後の小言を頂戴していたのでしょう? だから私にダブルチェックをさせろといったんです。まあ、直前になって航路の変更なんて君も不本意だったとは思いますがそうはいってもこの程度のトラブル航海にはつきものですし、一流のプランナーであれば臨機応変に正確な処理が出来て当然だと……」
「あー、その話長くなる?」
「短くしたいのであれば、そんな君に代わり進んで雑事を引き受けた朋友に、言うべき言葉があるのでは?」
じ、と紫水晶のような瞳に見詰められて、レイレンはたじろぐ。
昔から伽乱はこうやって至近距離で人の顔を覗き込んでくる癖があり、彼のその目にレイレンは妙に弱い。なにはなくとも何故だか後ろめたいような気持ちになり、言うことを聞かねばならないような気にさせられる。
「ほら、言って」
「言うって……何を」
「子供のようなことを言うものじゃありませんよ。人に助けてもらったら、普通なんて言うんです?」
「あ、………ありがとうございます……?」
「……ん、ふふ、よろしい。よくできました」
そしてその人形のように整った顔がふっと綻ぶ瞬間にも実に弱いのだった。
「……ったく、あんまり人を揶揄うんじゃないよ。おまえ、顔だけは良いんだから」
「あなたと一緒にしないでください。私は顔もいいんです。……ほら、項目224までは確認を終えました。後はご自分でどうぞ」
乗ってもいない賭けに負けたような腑に落ちぬ気持ちでぽりぽりと頬を掻きながら、レイレンは友に背中を押されてタラップを上がる。
入り口で振り返ると伽乱はちょうど人に呼ばれてこちらに背を向けたところだった。彼の険しい表情に僅かな引っ掛かりを覚えたが、忙しさに紛れてそれはすぐにレイレンの脳裏から薄れてしまった。
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