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最終章 白雪姫

155話 誰かに仕組まれた物語

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「マロリー、息はしていますね」

 暗い部屋の一室、白雪姫のお城の地下に用意されたその場所は本来王妃が魔女として活用していた部屋だった。

 王妃がいない今、人気のないこの場所はローズの拠点として機能していた。

 鎖によって部屋の角に手足を拘束されている少女に向けて細柄な騎士は尋ねた。

「ローズ……」

 わずかな声量で少女は自身をこの場所に閉じ込めた人間の名前を呼んだ。

「あなたに死なれては困ります、必要なものがあれば言ってください」

「どうして……こんなことをするのですか」

 少女はかすれた声で騎士に尋ねた。

「どうして……?それはどの行為を指しているのでしょうか?」

「全てです……私には今のあなたは理解できません」

「……そうですね、あなたをこの部屋に閉じ込めたのも、彼女を王妃の役に仕立て上げたのも、本物の王妃を殺したのも、全ては私があなたと同じ物語の語り部ストーリーテラーになる為ですよ」

 ローズは高らかに宣言する。声は部屋の中で反響し、室内に置かれた怪しい器具が振動でわずかに動いた。

「何度も言いました、こんなことをしても……物語の語り部ストーリーテラーにはなれません」

 マロリーは視線を彼から横に倒れている王妃の役割を与えられたサンドリオンと死体になった本物の王妃に移しながらローズに伝える。

「それならどうやったら物語の語り部ストーリーテラーになれるのかいい加減教えてもらえませんか?」

「…………」

 無言になったマロリーに近づいたローズは勢いよく平手打ちを彼女の頬にぶつける。パァンと室内に音が鳴り響いた。

「……わからないのです。私はある日突然楽園に行くことが出来ました……他の方たちもなぜ私と同じ能力を持っているのか、楽園に行くことが出来るのか誰一人としてわからないのです」

「この状況でもまだ嘘をつくつもりですか……」

 ローズは顔をしかめてもう片方の彼女の頬を叩く。

「嘘ではありません……」

「それならなぜ楽園に自由に出入り可能な人間がいるのですか、他者に役割を与えることが出来る人間が複数人もいるのですか、あなたのように「頁」を持たない人間がいるのですか!」

「……グリムさんも私と同じで「頁」を持っていません。彼は楽園に行くことはできないと……楽園の存在すら懐疑的でした」

「黙れ!」

 ローズはグリムという名前を耳にすると更に態度は強くなり、声を荒げて更に少女の頬を叩いた。

「あの男は……あの男だけは許すわけにはいかない」

 肩で息をしながらローズは歯をむき出してそういった。

 ローズにとってグリムという男は何もかもが気に食わない人間だった。

 グリムという男はローズにとっては最も忌むべき存在となっていた。

 なぜそれほどまでに彼を憎むのか、その理由はローズの考える物語の語り部ストーリーテラーになりうる人物にグリムという人間が一番近い存在となっているからだった。

 物語を自身の手によって完結へと導くこと、その功績が世界に認められた時、物語の語り部ストーリーテラーと呼ばれる存在になり、初めて楽園に行く手段を得られるのだとそう考えていた。

 その考えの原因になったのは初めてマロリーに出会った時だった。

 生まれ育ったアーサー王伝説の世界で出会った彼女は居場所を失ったローズと銀髪の騎士を救い出し、最終的には物語を完結へと導いた。その時、彼女の手元に見慣れない羽根の付いたペンが突然現れたのである。

 彼女がそのペンを手に取ると手が勝手に動き出し、何もない空気中に文字を書きだした。書き終えると少女の背中に翼が生えて瞬時にどこかへと飛んで行ってしまった。

 しばらくすると少女は一冊の本を手にもって二人のもとに戻ってきた。

 珍しく興奮した口調で少女は何が起きたのかを放した。楽園と呼ばれる場所に飛ばされたこと、そこには自分と同じ「頁」を持たない人間が何人もいたこと、完結させた物語は一冊の本になって楽園に収容されているということ、そして「頁」を持たない彼らの事は総称として物語の語り部ストーリーテラーと呼ばれている事。

 最初ローズは少女からその話を聞いたときは懐疑的だった。しかし、彼女が持っていた本にはローズたちが生まれ育ったアーサー王伝説の世界の物語について彼らしか知りえない情報を含めて詳細に書かれていた。

 この時、楽園は存在するのだとローズは確信した。それと同時になぜ自分が「白紙の頁」の人間として生まれたのかその定めに天啓を受けたような気がした。

「私は……物語の語り部ストーリーテラーになる為に生まれてきたのです」

 それからというものマロリーにはどうやって物語の語り部ストーリーテラーになったのか根掘り葉掘り質問を続けた。

 彼女の手にした羽ペンを触ろうとするとペンは消失した。また彼女が望むとそのペンは姿を現した。楽園へと導く羽根ペンは物語の語り部ストーリーテラーに選ばれた人間しか持つことが出来ないことを理解した。

 彼女から得られた情報をもとにローズは自身が物語の語り部ストーリーテラーになるために画策を始めた。

 シンデレラの世界で魔女に必要以上に動き回る人々をけん制させたのも、赤ずきんの世界で与えられた役割に自信を持てずに気弱だった狩人の人格を操作したのも、いばら姫の世界でマロリーの能力によって欠けた役割りを埋め合わせたのもこれまで物語を完結することを最優先としていたのは物語の語り部ストーリーテラーになる為だった。

 しかし、どの世界で必死に物語の完結に助力しようともローズが描かれることはなかった。

 そして少し前にグリムという男の存在を知ることになる。

 今まで一度も描かれることのなかったローズとは異なり、グリムはローズが画策していた世界で自身を差し置いて描かれていたのである。

 いばら姫の世界でシンデレラと赤ずきんの本を読んだときの憤りは今でも忘れていなかった。なぜ自分ではなく、彼が描かれていたのかローズには理解が出来なかった。

「あの男は奪うことしか出来ない、死神だ!」

「……それは違うわ」

 マロリーでもローズでもない第三者の声がその場に聞こえてくる。それはマロリーの隣で先頬まで気を失っていたはずのサンドリオンだった。

「彼は死神なんかじゃない……彼は多くの人たちに……」

「黙れ!」

 ローズは起き上がろうとしたサンドリオンを蹴り飛ばす。吹き飛ばされた彼女はマロリーの隣の壁に激突してそのまま地面に倒れこんだ。

「黙れ、黙れ、黙れ、黙れ……どいつもこいつもどうして……!」

「大丈夫ですか……」

 鎖に繋がれた手でマロリーはサンドリオンを支えた。マロリー自身もひどく衰弱しきっていたが、王妃の役割を与えられたサンドリオンの方はそれ以上に精神面を含めて弱り切っていた。

「あなたが彼に何をしたのか忘れたのですか……あなたは王妃として彼を殺そうとしたのです」

 びくりとサンドリオンは体を震わせた。ローズは言葉が効いていると理解するとにやりと歪んだ笑みを浮かべた。

「あなたは白雪姫ではなく、王妃として主役の役割を与えられた彼を殺そうとした、それも何度も何度もね……それだけじゃない、あなたのその手によっていったいどれだけの人々を傷つけたのでしょうね」

 サンドリオンはローズの言葉を聞いてビクビクと体を震わせる。彼女の中に王妃の役割を与えられたときに自身が何をやったのか、その記憶は鮮明に残っていた。

「ローズ、やめなさい!」

 マロリーが声を大きくしてローズの言動を制止しようとする。しかしローズは興に乗ったのかやめる気配をみせなかった。

「この世界は集大成のような場所です……生まれ育った故郷と同じ物語の中で、彼の手によって一度は滅ぼした物語の中で終幕を迎える男と、前世で主役に憧れ、新しい生では主役である偉大なる騎士を殺し、挙句の果てには別の世界で主役と周りからは勘違いされ、本当は忌み嫌われる役割を持っていた女……二人が迎える結末を見た時……この物語を完成させた時、私は世界に認められて物語の語り部ストーリーテラーになるのです!」

 ローズは両手を上に仰いで高らかにそう宣言した。

 サンドリオンは体を震わせ続け、マロリーはそんな彼女の体をさすった。

「あぁ……そうだ、あなたの事を慕い続けているもう一人の騎士ですが、ついでに彼もこの世界で終幕を向けてもらいますよ」

「……え」

「主役と王妃の役割は代役がいましたが、隣の国の王子の枠はいまだに埋まっていません。彼にはその役割を担ってもらいます」

 突如告げられた事実にマロリーは絶句してしまう。

 今までともに旅をしてきた騎士を目の前の男は気にもとめずにこの世界に巻き込もうとしていた。

 ローズの計画とはいえ、もともと足りていなかった役割は白雪姫と王子様の2役だけだった。認めるつもりではないがグリムとサンドリオンさえいれば足りていたのである。

 ただ彼の物語に関わろうとした自己満足の為だけに殺された王妃によって足りなくなった枠を彼は銀髪の騎士にやらせようとしていたのである。

「今夜、王妃の処刑と同時に彼には王子様の役割を与えます。その時は頼みますよ」

 ローズは笑って部屋から出て行った。彼の言う通りなら今晩王妃の役割を与えられた彼女は殺され、今まで共にしてきた騎士にこの世界の役割を与えて物語を終えるのである。

    ◇

「……こんな事許されていいはずがありません」

 隣で震えながら泣いている女性を見てマロリーはそうつぶやいた。誰一人救われない、たった一人に散々かき乱された物語。こんな話をいったい誰が好んで読もうとするのか、少女には理解が出来なかった。
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