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最終章 白雪姫

139話 白雪姫

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「もうすぐ家だな、今日もうちに泊まってまた明日にでも隣の国に……ん?」

 白色帽子の小人は言葉の途中で口と歩みを止める。

「この剣はおまえの荷物か?」

 今朝この場所を出るときには何もなかった切り株のそばに剣が突き刺さっていた。

「いや……俺のものではないが……」

 地面に突き刺さっていた剣にグリムは見覚えがあった。

「……この剣」

 その剣に触れようとしたところで白色帽子の小人が血相を変えて走り始めた。

 なぜ彼が家の方に走り出したのかその答えはグリムもすぐに理解した。

「……な」

 血の跡が小人の家の方角に向かって地面に落ちていた。

 小人の後を追うようにしてグリムも後を追う。歩幅の差もあり途中で追い越したグリムはいち早く家の前にたどり着く。

 グリムが家のドアに手を伸ばそうとした矢先、扉の方から先に開かれる。

 すると中から一人の女性が出てきた。

「…………な」

 それは前日にグリムが追いかけた女性で間違いなかった。初めて正面でその女性の顔を確認したグリムは言葉に詰まる。

 黒い髪、グリムよりも色白な肌、整った顔立ちに全身をドレスで着飾った目の前の女性が誰なのか、この世界に住んでいる人間ならば間違いなく即答するだろう。

 同じ物語の世界に住んでいたグリムも当然その容姿を見て目に映る女性が何の役割を与えられた人間なのかは即座に理解した。

 しかし、グリムが驚いたのはそこではなかった。その理由は小人の部屋から出て来た女性がだったからではない。


「サン……ド……リオン?」

 白雪姫の姿をした黒髪の女性はグリムが探していた女性だった。




「………………」

 白雪姫の格好をした女性は無言のままグリムの顔を見つめていた。

 髪の色は明らかに違う、肌の色も随分と変わっていた。それでも今相対している女性がサンドリオンであることは間違いなかった。

「……どういうわけだ」

「…………」

「何かいったらどうな……」

「下がれ!」

 グリムが言葉を言い終えるよりも先に背後から小人の声が聞こえるのと目の間の女性の手がグリムの顔にめがけて伸びてきたのは同時だった。

「…………っ!」

 間一髪のところでグリムは体制を崩す形でサンドリオンの伸ばした手を躱す。

 避ける一瞬グリムの眼下に迫った鋭利な物の正体をグリムは下から確認する。

 それは彼女の手に取り付けられたかぎ爪の先端だった。

 爪の先から液体が滴り、グリムの頬に触れる。

「……っ!」

 グリムはついた液体を手で拭うとその色を見て驚愕する。かぎ爪に付着していたのは何者かの血だった。

「何をしている、そいつから早く離れろ!」

 白色帽子の小人の言葉を聞いてグリムは冷静さを取り戻し、サンドリオンから距離を取る。

「どういうわけだ!」

 グリムは目の前の黒髪の女性に向かって叫ぶ。しかしサンドリオンは無言のままグリムの顔を見ると手に付けた爪を構えて再びグリムめがけて襲い掛かってきた。

「なっ……」

 グリムは後ろに下がって距離を取ろうとするが背面で走るグリムと普通に走るサンドリオンでは速度に差が生じてすぐに距離を詰められる。まっすぐにグリムの顔めがけて伸ばした爪がグリムの頬をかすめた。

「……っ話をきけ!」

 サンドリオンが伸ばした手のひじの部分をグリムはつかみ、攻撃の手を止めさせる。

「その恰好はなんだ、どうして髪と肌の色が変わっているんだ、ここで一体何をしていたんだ」

 グリムはありったけの疑問を目の前の女性にぶつけた。しかし黒髪のサンドリオンは何も答えなかった。

「サンドリオン、こたえ……」

 言葉を言い切るよりも先にサンドリオンのもう片方の手がグリムの腹に当てられる。ドレスによって見えていなかったが彼女のもう片方の手にも右手と同じような爪が装着されていた。


「…………が、あ」

 爪がグリムの腹に刺さる。腹から流れ出た血がグリムの服から伝い、サンドリオンの武器に流れた。

 突然の強烈な痛みにグリムはつかんでいた手を放してその場にうずくまってしまう。

「…………」

 サンドリオンは無言でグリムを見下ろすとしゃがみこんだグリムめがけて無慈悲に爪を振り下ろそうとした。

「グリム!」

 小人の叫ぶ声によって失いかけた意識を取り戻す。目前にはかぎ爪が迫っていた。

「…………!」


 サンドリオンの攻撃はグリムの顔に直撃する直前に金属音を立てて防がれた。

「…………」

 グリムは地面に突き刺さっていた剣を反射的に握ることでサンドリオンの一撃を受け止めることに成功する。

「……答えろ、どうしてこんなことをするんだ」

「…………」

「サンド……リオン!」

 爪をはじいてグリムは叫ぶ。声を荒らげたことによって傷口が開く。痛みによって視界が歪んだ。

「…………」

 サンドリオンは何も答えない。

 いつまでも口を開かないサンドリオンの顔を見てグリムはおかしな点に気が付く。

「…………サンドリオン?」

 名前を呼んでもサンドリオンは反応を示さない。その目は以前の彼女のような活力に満ち溢れた輝きはなく、冷たく氷のような瞳だった。

「まさか……何かされたのか」

 ただでさえ髪の色や肌の色が変わっている異常な事態ではあるがそれよりもその雰囲気の変わり具合が何よりも不自然だった。

「ローズのやつか!」

 グリムの言葉に対してサンドリオンは何も答えない。ローズという言葉にも反応を示さなかったことに少しの違和感を持つ。

 その様子は冷静さを保っているというよりかは正常さを失っているという表現が正しかった。

「…………」

「…………おい!」

 サンドリオンは無言のまま攻撃を始める。彼女の爪を剣ではじき返す。今度は一度の攻撃で辞めずに連続でグリムの顔めがけて連撃をしかけてくる。その攻撃一つ一つをグリムはぎりぎりで受け流す。

 アーサー王や魔女の「頁」を使えれば簡単に対応できそうな攻撃でもローズとの約束によって髪留めから「頁」を利用できない今のグリムでは流しきるので精いっぱいだった。

 さらには一度お腹に攻撃を受けた後ではさばききるのはそう簡単ではなかった。

 サンドリオンの武器が剣みたいなものであれば彼女から簡単に切り離して抑えることも出来たかもしれない。しかし今彼女が装備しているのは手に装着するタイプのかぎ爪だった。

「……っぉお!」

 武器を取り上げるのは難しいと判断したグリムは持っていた剣を放し、今度はサンドリオンの両手をつかむ。

「はぁ……はぁ……やめろ、サンドリオン」

 両手をつかまれた彼女は離れようとするがグリムの手を振りほどくことはできなかった。

 至近距離までグリムとサンドリオンの顔が近づく。息のかかる距離で彼女を見てもやはり表情は何一つ変わらず、その目は冷酷にグリムを見つめていた。

「答えてくれ……お前にいったい何が起きたんだ!」

「…………」

 サンドリオンは答えない。それどころかなんとかして捕まった腕を振りほどこうと足でグリムのおなかを何度も蹴り始めた。

「……っ!」

 ただの蹴りでも傷口を狙った彼女の蹴りはグリムに聞いていた。

「とても……お姫様の仕草には……みえないな」

 グリムが皮肉を告げるとサンドリオンの動きが一瞬止まる。その機を見逃さなかったグリムは彼女のみぞおちにこぶしを潜り込ませた。

「…………!」

 一撃を受けたサンドリオンは無言のままグリムの手にもたれかかるような形で気を失った。

「……加減はしているから勘弁してくれよ」

 意識を失い返事をしないサンドリオンに言い訳するようにグリムは一言告げた。
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