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第5章 マッチ売りの少女編

133話 少女の願い、そして

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「……以上だ」

「ふふっ」

 少女は片手を口に当てて笑った。

「何かおかしなところがあったか?」

「やっぱりグリムさんは優しい方なんだなって」

「……それは違う」

 少女の言葉をグリムは否定する。

「俺の口から語った言葉は俺の主観が入っている……だから」

「それでもあなたはシンデレラの世界で意地悪なシンデレラの姉の為に動いたのですよね?」

「……それは」

 否定はできなかった。

「赤ずきんの世界ではオオカミの役割を与えられた少年と赤ずきんの為に……」

「…………」

 少女の言葉に否定はできなかった。

「アーサー王伝説の世界ではアーサー王の代役を担って死を受け入れようとした「白紙の頁」の女性を救う為に……」

「…………」

 マッチ売りの少女の言葉に否定はできなかった。

「いばら姫の世界ではいばら姫の願いを叶えるためにあなたは動いた、そうですよね?」

「……そう、だ」

 少なくともグリムはそのつもりで動いていた。

「あなたはどんな世界でも誰かの為に動いている、この世界では……私を助けてくれた」

「…………だが、このままでは君を……」

 言いかけた途中でマッチの火が消える。少女は新しい箱からマッチを取り出して火をつける。

「私が生まれたのは2年前と言ったの覚えていますか?」

 突然グリムの話を遮るように少女はマッチにともった火を眺めながら話しはじめた。

「この世界が生まれたとき、すでに祖母はいませんでした……だから私は祖母の優しさを与えられた役割でしか知りません」

 祖母が初めから死んでいる世界というのはグリムが訪れた赤ずきんの世界で赤ずきんの父親がいない現象と似ているようで異なる。

 マッチ売りの少女の物語では主人公は幼い頃に優しくされた祖母に死の間際、マッチの見せる夢の中で再会を果たす。それは少女が願った思いが見せる幻ではあるが、その動機は主人公である少女に唯一優しく接してくれた人間を思ったからである。

 祖母がいなければ少女は最後に見る夢で一体何を見るのか、もしも夢の中で臨むものが見れなかったとき、物語は完結するのか......そして少女は最後に何を希望とするのか分からなくなってしまう。

「私は最後にどんな夢を見るのか不安でした……でも、もう怖くはありません」

「……?」

 少女が何を言っているのかグリムは理解することができなかった。

 マッチの火が消える。少女は再度マッチに火をともす。今度はマッチを眺めずに少女はグリムの方を向いていた。

「私は最後に本当の優しさを得られました……グリムさん、あなたのおかげです」

「…………!」

「生まれて初めて人の優しさに触れました。初めて人の温もりを知りました。初めて人とおいしい食事をとることができました……それもすべて夢の中ではなく、現実の世界で」

「…………」

「グリムさん、あなたはやりたいことがある、そうですよね?」

「…………!」

「アーサー王伝説の世界で出会った女性に、いばら姫の世界で別れたその人にあなたはもう一度会いたいと思っている……いいえ、会うべきです、会わなければいけない」

「なぜそこまで……」

「この世界にいてもあなたは自分自身を苦しめるだけです……」

 少女の言葉はグリムの心境に確信をついていた。

「あなたの物語の終着点はここじゃない、だから……今夜この世界を出て行ってください」

「………だが」

 グリムが何かを言うよりも先に遮るようにこの世界の主人公は言葉を続ける。

「シンデレラの世界で出会ったリオンさんの言葉を借ります、グリムさん、あなたはこの世界で一人の旅人によって優しさを知った少女の事を紡いでください」

 少女とは誰の事か言うまでもなかった。

「それが私の願いです……グリムさん、私の願い、叶えてくれますか?」

 自分よりも圧倒的に幼い少女がグリムの事を思いやってくれている......その現実にグリムは涙を流した。今泣くべきなのはこれから死を向かる目の前の彼女のはずなのに、少女は優しい瞳でただこちらを見つめていた。

 グリムは少女の思いを受け止める。これ以上グリムが何かを言うことは間違っていると、そう思えた。

「……約束する、俺は必ず君を忘れない......君の物語を俺は決して忘れない」

「ありがとう」

 少女は笑った。その笑顔は今までみた彼女の中で一番透き通った素敵な顔だった。



 そしてグリムは旅立った。



 次の日、町の路地裏に一人の少女が倒れていた。少女は息をしておらず、町の人々は少女の死を確信した。

 それでも少女の顔はとてもすこやかな幸せの笑みを浮かべていた。

 この世界に住む人間は誰一人として少女のその顔の真意を知る者はいなかった。


    ◇◇



 マッチ売りの少女の世界から離れて数日間グリムはサンドリオンを探して世界を渡り歩き続けた。

 そしてついに訪れたある世界で一人の騎士と対峙した。

「……俺を待っていたのか」

「えぇ、あなたをお待ちしておりました」

 細柄な騎士はグリムを見て不敵に笑う。

「彼女はどこだ」

 グリムの問いに騎士は懐から一つの石を取り出しながら答えた。

「この世界にはいませんよ」

 騎士が取り出したのは羅針石の片割れ、サンドリオンの所在を示す物だとすぐに理解した。

「あなたを彼女のいる世界へと案内するには条件があります」

「条件?」

 グリムは髪につけている髪留めに手を当てて臨戦態勢を取ろうとする。それを見て騎士は石をしまい、1枚の「頁」を取り出した。

「あなたはこれから案内する世界では常にこの「頁」を当てはめてください」

「「頁」を……?」

 グリムは騎士の言葉に疑問を持つ。「頁」はその所有者から離れることはできない。それを可能にしているのは他者から「頁」を取ることができるグリムだけのはずだった。

「「頁」は所有者から取り出すことはできない……この「頁」はマロリーが能力を使って作り出した特殊なものになります、あなた専用のね」

「専用だと?」

「この「頁」には特定の人間にだけ当てはめた対象をとある役割を持った人間と認識させます」

「そういうことか……」

 騎士の意図をグリムは把握する。

「この「頁」は一度取り出すと二度ともとには戻せません。この「頁」を取り出したら彼女の命は保証しません」

 グリムに「頁」を与えることで他の「頁」を利用できなくさせる。

 更に「頁」をサンドリオンの人質扱いとするのが条件というわけだ。

 騎士は笑う。その笑みはこれまでも何度か見たいびつな笑みだった。

「どうしますか、この条件をのみますか?」

「…………」

 グリムは髪留めに充てていた手をおろすとそのまま無言で騎士の前まで歩いて彼の持っていた「頁」を手に取り自身の体内に当てはめた。体に変化はなく、これといって姿が変わることもなかった。

 マロリーの特製の「頁」と騎士は言っていた。役割が書かれていてもその役割をこなすための姿にはならないのかもしれないとグリムは推察する。

「……よろしい、ではむかうとしましょうか」

 羅針石という便りが機能しない今、いくつもの世界を途方もなく旅するか、この提案をのむしかサンドリオンに会うためにグリムに選択肢はなかった。

 グリムはサンドリオンに再び出会うためにローズの命令に従った。
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