上 下
113 / 161
第4章 いばら姫編

113話 能力の代償

しおりを挟む
「あら、ワーストさん」

 お城の中を歩いていると今度はマロリーと遭遇する。

「お姫様と会われたのですか?」

 グリムが歩いてきた方角を見てマロリーが尋ねてくる。
 彼女の質問に「そうだ」と一言で肯定した。

「……マロリー、少し話してもいいか」

「えぇ、構いませんよ」

 体調のすぐれないサンドリオンの事を考慮したグリムはもう少し別の場所で時間を費やそうとしていた。マロリーと話せるのは都合がよかった。


「いばら姫も可愛らしい方ですよね」

 マロリーがグリムの横に並んで城の中を歩きながら会話をする。

「そうだな」

 いばら姫よりも見た目の年齢的には幼いマロリーが彼女の事を可愛いというのは不思議な気持ちになるが、どことなく大人びた彼女によって違和感はなかった。

「マロリーのその能力は……生まれついて持っていたものなのか」

「おそらく……そうだと思います」

 彼女の回答は曖昧なものだった。

「ある日、「白紙の頁」の人間に触れた時、私の手はその者の持っている「頁」に触れることが出来ました。そして私の指で「頁」に文字を書くことが出来たのです」

 マロリーの話を聞く限りだと最初に能力が発動したのは偶然のようだった。それはグリムが他者の「頁」を取り出した時と酷似していた。

「私はワースト様のように他者の役割を自身に当てはめることは出来ません。けれど役割を持たない人間に対して何かしらの役割を与えることが出来ます」

 与えると聞いてローズの言葉を思い出す。彼はグリムの能力を「奪う能力」と言った、それに対して彼女の能力は「与える能力」だった。

 人の命を奪ってしまうグリムの力に対してマロリーの力は命を奪うものではなかった。あの細柄な騎士が言ったセリフは実際グリムにはかなり応えていた。


「ただ……本音を言うと私はこの能力を極力使いたくはありません」

「…………そうなのか?」

 少女は憂いの顔で話す。グリムが気になって彼女の顔を見るとマロリーは更にグリムと距離を詰めて衝撃の事実を告げる。

「私の力で「頁」を書き換えられた人間はのです」

「記憶を失う……?」

 グリムのオウム返しを聞いてマロリーは視線を下に落とす。

「新しい役割を書かれた人間は与えられた役割に沿った容姿に変わります……代償として「白紙の頁」の時の記憶が無くなります」

「…………王様やいばら姫はその事実を知っているのか?」

 グリムの問いにマロリーは「はい」と力なく答えた。

 最初彼女の「役割を与える力」を聞いた時、グリムは優れた能力と思っていた。
 
 しかし、その代償を聞いた今となってはその感想も覆りかねなかった。

 いばら姫は城の外で出会った時にシツジの事を「今の彼」と言った。
 愛する相手が記憶を失い、容姿も変わってしまう事を受け入れられなかったいばら姫はグリムにシツジを逃がすようお願いしたのだ。

「ローズはこの能力の事を与える能力と称していましたが、私はそうは思いません……」

 他者の「頁」を取り出し、命を奪う代わりにその役割を自身に与える事が出来るグリムに対してマロリーは他者の「頁」に役割を与える代わりにその者の記憶を失ってしまう。

 他者から「頁」を取り出す力をあまり好んではいなかったグリムと記憶を失ってしまう力を好いてはいないようマロリーは似たような境遇だった。

 彼女がこの世界でたまに悩んだような顔をしていた。その理由が分かった気がした。

「けれど……今回は私も世界の為に頑張ろうと思ったのです」

 言葉をいったん区切ると、マロリーは笑いながらグリムの方を見る。

「今の私の意思は二人の影響なのですよ」

「二人?」

「あなたとローズです」

 ローズと言う言葉を聞いてグリムは反応に困ってしまう。彼女もグリムと彼の関係が良くない事は分かっているはずである。それでも彼の名前を出したのには理由があるようだった。

「もう一人の騎士には言うなと言われましたのであまり詳しくは言えませんが、彼も生まれ育った世界でずいぶんと苦労したのですよ」

「確か……アーサー王伝説だったか」

 銀髪の騎士との会話の中で彼らの生まれ育った世界がどこかについてグリムは知っていた。

「彼は物語を完結させる為に努力を続けていました。結果的にそれが裏目になったのですが……」

「裏目に……?」

 マロリーはそれ以上答えようとはしなかった。顔を上げたマロリーは青色の瞳でグリムをまっすぐに見つめた。

「あなたは物語の中で本来救われないはずだった者の為に努力を重ねていた……その姿を私は本を通して知りました。外の世界から来た者でも誰かを救う為に頑張れる。その美しさに私は感化されました」

「だから……この世界で役割を与える能力を使うんだな」

「そうです。今度は私の力でこの世界を救って見せます」
 
 マロリーは手に力を込めて意気込んだ。

 物語と人々を救う為にシツジという少年に欠けた役割を与えようとしている彼女に悪意は決してない。グリムはいばら姫の願いを聞いていなければ彼女に賛同し、協力すらしていたかもしれなかった。

「…………俺は一度部屋に戻るとするよ」

「分かりました。それではワーストさん、またどこかで」

 マロリーに手を振ってその場から離れる。彼女の意思といばら姫の願いは相反するものであり、これ以上彼女と会話するのは危険であると本能的に感じ取ったグリムはその場を後にした。


 王様に言われたグリムとサンドリオンに用意された部屋にグリムは訪れた。

 サンドリオンは一足先にこの場所に訪れ休憩しているはずだった。

「……扉が開いている?」

 部屋の前に兵士はおらず、グリム達の為に用意されていた部屋の扉は空いたままだった。

 体調の優れないサンドリオンが扉を閉め忘れたのかと思ったグリムだが、部屋の中に入るとすぐにその理由を把握する。

「………っ!」

 部屋の中にはベッドの上で横になっているサンドリオンとその目の前にはローズが立っていた。

 グリムは二人の元へ即座に駆け寄るとローズの肩を掴む。

「何をやっている!」

「……誰かと思えば、あなたですか」

 ローズはグリムを見るなり不敵に笑った。

「私はただ彼女の看病をしていただけですよ」

「何?」

「グリム……彼の言葉は本当……よ」

 顔色の優れないサンドリオンが横になったまま答える。口調は変化した状態のままだった。

「倒れた彼女を放置してこの世界のお姫様に会いに行った人間とは違うのですよ」

「………」

 ローズの敵意を含んだ言葉に対してグリムは返す言葉を思いつかずに詰まってしまう。

「……その手を放してもらえますか?」

 ローズの冷ややかな視線がグリムの手に送られる。グリムは無言のまま手を放した。

「私は失礼します。お大事にしてください」

 サンドリオンにむけてローズは笑顔を向けると立ち上がり、部屋を後にした。

「……彼とはあまり友好的ではないのね」

「……そうだな」

 サンドリオンから視線を外してグリムは答える。

「私、この部屋の前で倒れてしまったの、でも彼がここまで運んでくれたの」

「……そう、なのか」

 シンデレラや赤ずきんの世界でローズが魔女や狩人に何をしたのか頭によぎり、つい感情的になってしまったグリムは反省する。

「お姫様にあったの?」

「そうだ」

 先ほどの会話からサンドリオンはグリムが何をしていたのかを理解して会話を振る。

「いばら姫はどんな子だった?」

「活発的で……想像とは違ったな」

 城の外にカーテンをつたって降りてきた彼女を思い出したグリムは感想として一言目を、そしてその後彼女から言われた言葉を思い出して後者の感想をサンドリオンに伝えた。

「なによその感想」

「まだ体調がすぐれないんだろ、寝てろ」

「……そうさせてもらうわ」

 グリムの言葉を聞いて彼女は笑い、毛布をかぶり直す。顔色はまだ良くなかった。
 彼女の事を案じたグリムはいばら姫からの頼みを伏せることにした。


 グリムはその場から離れると部屋を出る。既にローズは近くに姿はなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

処理中です...