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第4章 いばら姫編

111話 変化

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「す、すごいですね。グリムさん」

 軽々と部屋のテラスまで跳躍したグリムに抱えられた少女が驚きの声を漏らす。

 アーサー王の「頁」を取り込むとグリムの身体能力は普段の数倍強化される。
 グリムはアーサー王伝説の世界でランスロットと対峙した際にこの事実を認知していた。

 普段のグリムでは決して出来ない行動も「頁」を取り込むことで可能にしている。
 シンデレラの世界に訪れる以前は「頁」を留めておく手段がなかった。ドワーフの男から髪留めを受け取って良かったとグリムは素直に思った。

「今度は城の中から会いに来てください」

 いばら姫は軽く会釈をすると部屋の中に戻っていった。グリムは彼女が部屋に入るのを見届けるとテラスから飛び降りる。元居た場所に戻るとアーサー王の「頁」を取り出して髪留めに戻した。

 いつまでも城の周りを散策して怪しまれるわけにもいかないとグリムは城の中へと戻った。

    ◇

 再び城に入り、玉座に繋がる道を歩いていた途中で前方から歩いてくるサンドリオンと鉢合わせをする。

「……グリム?」

「顔色が良くないように見えるがどうした?」

 近くで彼女の顔を見ると様子がおかしかった。

「いや……マロリーに見せてもらった本を読み終えてから……何か違和感が

「……あるのよ?」

 サンドリオンの語尾が気になったグリムは言葉を返す。

「……私何かおかしいこと言ったかしら?」

「お前、気が付いていないのか」

「……何よ、言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ」

「口調が変わっている」

 グリムが指摘してリオンははっとした反応を取る。どうやら無自覚だったらしい。

「アーサー王を演じる必要もなくなったから、口調が柔らかくなったのか、それとも演じる前のもとの口調に戻ったのか?」

「いえ……アーサー王に出会う前から私の口調は彼に似ていたはずよ……はずだ」

 サンドリオンは最後の語尾の部分を言いなおす。指摘してもすぐに間違えたあたり、相当に重症だった。

「どこかで横になったほうがいいかもな」

「そうね……私たちは王様に西の塔の3階の客室を借りているそうだから、そこで少し休むわ」

「肩を貸そうか」

 彼女は「大丈夫」と言ってゆっくりと歩き始めた。心配はあったが足取りはしっかりしていたのでグリムは黙って見送ることにした。

 本当はこの後会いに行く予定のいばら姫の願いについて彼女に共有するつもりだったが、さすがに時間をおいておくべきだと判断する。

「…………」


 なぜ急に口調が変わったのかは分からない。しゃべり方が似ていた事もあり、後ろ姿の彼女を見てグリムはシンデレラ世界で出会った意地悪な姉の事を思い出してしまう。

 アーサー王伝説の世界から共にしている今でもサンドリオンとリオンが別人であるとは思えなかった。口調が変わった事でよりその思いは強くなっていた。

 けれども彼女は自身がリオンであるということを否定した。別の世界で「白紙の頁」を持って生まれたのだと。

 ……もしも、もしもサンドリオンはリオンが「転生」した存在だとしたら?

 容姿が似ている……似ているだけではいくらなんでも説明がつかない。その声も身長も容姿もそのどれもがリオンと同じだった。

「リオン……」

 ぼそりと言葉がもれる。客観的にみたら過去の人間に思いを寄せて他者にそれを重ねているとんでもない思考であることは十分わかっていた。それでも彼女を見るたびにグリムはその可能性をぬぐえずにいた。

「あなたが何を考えているか当てて見せましょうか?」

 背後から声が聞こえてくる。その声が誰の者かグリムはすぐに把握する。

「ローズ……」

 振り向くとそこには意図的に避けていた細柄な騎士が立っていた。彼はグリムを見るなり目を細めて不気味な笑みを浮かべる。

「彼女はシンデレラの世界で「意地悪なシンデレラの姉」を演じていた人間の生まれ変わりかもしれない……そうでしょう?」

「…………」

 グリムは無言でローズの方に向いた。

「シンデレラの世界で役割を終えた姉の転生した存在が今目の前にいる彼女だと」

「…………」

「……そんなわけないでしょう!」

 ローズは大声で言い放った。周りの兵士たちが何事とかと一瞬こちらの方に視線を向ける。

「私も先ほど彼女と会話を交えましたが、シンデレラの世界にはいなかったと断言知っていました。つまりはあそこにいるのはシンデレラの姉とは別人です。もしもあなたがそんな淡い期待をしているなら……気持ち悪いですね」

 彼の発言はその通りだった。考えていた事や事実を指摘されたグリムは彼の眼に眼を合わせる。

「……なぜそこまで俺を敵視する?」

「…………は?」

 今までにやにやと笑っていたローズの笑みが止まる。赤ずきんの世界で出会ったときの彼とはこの世界での接し方がどう見ても異なっていた。その発言一つ一つにとげを感じていた。

「……あなたなど、眼中にもありませんよ」

 不機嫌になったローズは背を向けて歩き出した。

「……分かっていると思いますが、くれぐれもあなたはこの世界で余計なことをしないでくださいね」

 離れ際にそれだけ言い残すとローズはその場から立ち去った。

「……余計な事か」

 いばら姫からお願いされた内容がまさにそれに該当するのは分かっていた。彼女の願いを叶えるために行動すれば…………それこそ彼女以外には望まれていないものであることは自覚していた。

『あなたは最悪の人間よ』

『あなたは誰かの願いを叶えることが出来る』

 二人の声が脳内に流れ込む。グリムにとっては二人ともかけがえのない存在だった。

「……俺は」


 誰にも望まれてはいない、それでもたった一人の幸せを願っているこの世界の主役に力を貸すと改めて決めたのだった。
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