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第4章 いばら姫編
110話 自惚れ
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「どういうことだ?」
マロリーからは王様の命令によって命令によってシツジや人々に魔法使いの代役になる事を言わないようにしていると聞いていた。その理由はシツジがこの世界から離れる事を防ぐ為とグリムは思っていた。
しかし目の前のいばら姫は彼を逃がしてほしいと懇願していた。
「そのままの意味です。シツジという男の人をこの世界から逃がしてほしい」
聞き間違いではなかった。少女はシツジを逃がしてほしいと言っている。
「なぜ君はシツジをこの世界から逃がそうとしている?」
彼女が世界の崩壊を防ぐ手段を持つシツジを逃がそうとしているのか分からなかった。
「私は彼にこの世界と共に運命を終えて欲しくない……私は彼にもっと生きてほしい」
いばら姫は両手を握り締めて思いを告げた。
「君は……転生論を信じていないのか」
「転生論」とは物語が終幕を迎えた世界の人々には次回の世界で新しい生が約束されているというどの世界でも耳にする噂話である。
新しい役割と命を与えられた人間には生前の記憶がないと言われている。実際に前世の記憶をもって生まれてきた人間をグリムは見たことがない。
「私はあまり信じていません……グリムさんは信じているのですか?」
「俺は……」
グリムから振った話題なのに言葉に詰まってしまう。
転生論はあくまで噂であり、実在していない……そう思っていた。
しかし、アーサー王伝説の世界でリオンにそっくりな彼女に出会った。
もしも彼女がシンデレラの世界のリオンが転生した人間だとしたら……
グリムはその可能性を胸に抱き続けていた。
「……分からない」
「そうですよね……確証はない、それが転生論です。だから私はこの世界で彼に命を懸けて欲しくない」
「なぜ君はそこまで彼を思うんだ?」
この世界の物語が完結しなければ「頁」が燃えて焼失する。それは彼女を含めたこの世界の人々全員に当てはまる。つまり彼女は自身の命と世界を引き換えにしてでもシツジという少年を選ぼうとしていた。
「正直に告白すると……私は今の彼が好きです。そして彼と私は互いに惹かれあっています」
少女の口から大人びた台詞が出てくる。惹かれあっているというのは恋しているのだとグリムは理解する。
物語の主役と「白紙の頁」を持った人間の恋。まして主役には将来結ばれる相手があらかじめ世界によって決められている。この恋の結末がどうなるか誰の目にも見えていた。
「当然、私たちが結ばれることは決してありません。もしもこの事実がばれてしまえば父様や国の人々は彼を決して許しはしないでしょう……だから秘密にしてこれまで過ごしてきました」
見た目は15歳にも満たない少女に見えるいばら姫でも叶わぬ恋であることを自覚はしていた。
「15歳になれば私は100年の眠りにつきます。そのタイミングで彼はこの世界から出ていく……そういう誓いを子供の頃に彼とかわしました」
子供の頃、というのは今よりも更に子供の頃なのは彼女の会話から想像がついた。
いばら姫は少しだけ顔を曇らせながら言葉を続ける。
「しかし、少し前に呪いをかけるはずの魔法使いが自ら命を絶ちました……そして事態は一変した」
ここまでの話を聞いてお城に来るまでにシツジから聞いていた内容と一致した。
「……なんとかこの世界を完結出来ないか、他の魔法使いや人々に代役は出来ないか国中総力をかけて模索しましたが、解決策は見つからなかった」
「そこに現れたのがマロリー達というわけか」
いばら姫は首を縦に振る。
「この世界の人々にとって彼女の能力はまさに願ってもいないものでした。父はマロリーさんの能力について人々に公開せず「問題は解決した」とだけ告げました」
「その結果、城の人々はざわついているわけだ」
この世界で起きている一連の流れをグリムは理解する。
「……なぜ俺に「白紙の頁」を持った彼を逃がしてほしいと頼む?」
マロリーの能力についてはまだこの世界の人々には知らされていない。それならば他にいくらでも話せる相手は挙げられた。
「あなたは父と……ローズさんの仲間ではないと思ったからです?」
「すまない、どういう意味だ?」
急に王様とマロリーの仲間である細柄の騎士の名前が出てきたことにグリムは困惑する。
「シツジを「12番目の魔法使い」にする計画は元々彼らによって企てたものなのです」
「そうなのか?」
いばら姫から詳細の説明を受ける。どうやら最初にローズだけが玉座の間で王様といばら姫に対してマロリーの能力について説明をしていたらしい。
そしてローズはマロリーの能力を使ってこの世界にいる「白紙の頁」の人間を「12番目の魔法使い」の代役にする案を出してきた。
シツジの事を思ったマロリーはその計画について反対したが、世界を完結させるべきだという王様の正論に何も言い返せなかったらしい。
「物語を完結させなければこの世界の人々は燃えて死んでしまいます。それでも私は彼がこの世界と共に運命を終える選択を望んではいません」
私は彼の事が好きだから、と少女は最後に小さな声で付け足した。
「…………」
グリムは少女にかつての自分の姿が重なって見えた。
大切な人の為にと思い行動した白雪姫の世界は最終的にどうなったのか。最愛の人に何を言われたのか。それは決して忘れることは出来ないグリムの記憶である。
「……せめて魔法使いの代役について、シツジには話したほうがいい」
「それは出来ません!」
いばら姫ははっきりと断言した。
「先ほども言いましたが、彼に真実を告げれば絶対に受け入れてしまう、それではだめです」
彼女の決意は固い事がその言い方から伝わってくる。
グリムは白雪姫の世界で起こした悲劇を踏まえたうえで提案をしたつもりだった。
しかし少女には聞いてもらえそうにはなかった。
その意識はまさにかつてのグリムと同じものだった。
大切な人を守る為の意志を止められることが出来ない。
グリム自身が一番わかっていた。
「……わかった。俺も協力しよう」
「本当ですか!」
いばら姫の表情が明るくなる。
外の世界から来たこの世界にとって「部外者」であるグリムが勝手にシツジに真実を告げるのは違う気がした。グリムは誰にも頼ることが出来ない少女の力になるべきと決意する。
◇◇
シンデレラの世界、赤ずきんの世界、二つの世界でグリムはその世界の誰かの願いを叶えてきた。アーサー王伝説の世界ではサンドリオンの願いを叶えることは出来なかったが、それでも世界の人々の為に崩壊し始めた世界をつなぎとめた。
だからこそ、グリムはこの世界でも彼女の願いを叶えられると無意識のうちに思い上がっていたのかもしれなかった。
この決断が後にこの世界で彼女と決別を迎える事をグリムはまだ知らなかった。
マロリーからは王様の命令によって命令によってシツジや人々に魔法使いの代役になる事を言わないようにしていると聞いていた。その理由はシツジがこの世界から離れる事を防ぐ為とグリムは思っていた。
しかし目の前のいばら姫は彼を逃がしてほしいと懇願していた。
「そのままの意味です。シツジという男の人をこの世界から逃がしてほしい」
聞き間違いではなかった。少女はシツジを逃がしてほしいと言っている。
「なぜ君はシツジをこの世界から逃がそうとしている?」
彼女が世界の崩壊を防ぐ手段を持つシツジを逃がそうとしているのか分からなかった。
「私は彼にこの世界と共に運命を終えて欲しくない……私は彼にもっと生きてほしい」
いばら姫は両手を握り締めて思いを告げた。
「君は……転生論を信じていないのか」
「転生論」とは物語が終幕を迎えた世界の人々には次回の世界で新しい生が約束されているというどの世界でも耳にする噂話である。
新しい役割と命を与えられた人間には生前の記憶がないと言われている。実際に前世の記憶をもって生まれてきた人間をグリムは見たことがない。
「私はあまり信じていません……グリムさんは信じているのですか?」
「俺は……」
グリムから振った話題なのに言葉に詰まってしまう。
転生論はあくまで噂であり、実在していない……そう思っていた。
しかし、アーサー王伝説の世界でリオンにそっくりな彼女に出会った。
もしも彼女がシンデレラの世界のリオンが転生した人間だとしたら……
グリムはその可能性を胸に抱き続けていた。
「……分からない」
「そうですよね……確証はない、それが転生論です。だから私はこの世界で彼に命を懸けて欲しくない」
「なぜ君はそこまで彼を思うんだ?」
この世界の物語が完結しなければ「頁」が燃えて焼失する。それは彼女を含めたこの世界の人々全員に当てはまる。つまり彼女は自身の命と世界を引き換えにしてでもシツジという少年を選ぼうとしていた。
「正直に告白すると……私は今の彼が好きです。そして彼と私は互いに惹かれあっています」
少女の口から大人びた台詞が出てくる。惹かれあっているというのは恋しているのだとグリムは理解する。
物語の主役と「白紙の頁」を持った人間の恋。まして主役には将来結ばれる相手があらかじめ世界によって決められている。この恋の結末がどうなるか誰の目にも見えていた。
「当然、私たちが結ばれることは決してありません。もしもこの事実がばれてしまえば父様や国の人々は彼を決して許しはしないでしょう……だから秘密にしてこれまで過ごしてきました」
見た目は15歳にも満たない少女に見えるいばら姫でも叶わぬ恋であることを自覚はしていた。
「15歳になれば私は100年の眠りにつきます。そのタイミングで彼はこの世界から出ていく……そういう誓いを子供の頃に彼とかわしました」
子供の頃、というのは今よりも更に子供の頃なのは彼女の会話から想像がついた。
いばら姫は少しだけ顔を曇らせながら言葉を続ける。
「しかし、少し前に呪いをかけるはずの魔法使いが自ら命を絶ちました……そして事態は一変した」
ここまでの話を聞いてお城に来るまでにシツジから聞いていた内容と一致した。
「……なんとかこの世界を完結出来ないか、他の魔法使いや人々に代役は出来ないか国中総力をかけて模索しましたが、解決策は見つからなかった」
「そこに現れたのがマロリー達というわけか」
いばら姫は首を縦に振る。
「この世界の人々にとって彼女の能力はまさに願ってもいないものでした。父はマロリーさんの能力について人々に公開せず「問題は解決した」とだけ告げました」
「その結果、城の人々はざわついているわけだ」
この世界で起きている一連の流れをグリムは理解する。
「……なぜ俺に「白紙の頁」を持った彼を逃がしてほしいと頼む?」
マロリーの能力についてはまだこの世界の人々には知らされていない。それならば他にいくらでも話せる相手は挙げられた。
「あなたは父と……ローズさんの仲間ではないと思ったからです?」
「すまない、どういう意味だ?」
急に王様とマロリーの仲間である細柄の騎士の名前が出てきたことにグリムは困惑する。
「シツジを「12番目の魔法使い」にする計画は元々彼らによって企てたものなのです」
「そうなのか?」
いばら姫から詳細の説明を受ける。どうやら最初にローズだけが玉座の間で王様といばら姫に対してマロリーの能力について説明をしていたらしい。
そしてローズはマロリーの能力を使ってこの世界にいる「白紙の頁」の人間を「12番目の魔法使い」の代役にする案を出してきた。
シツジの事を思ったマロリーはその計画について反対したが、世界を完結させるべきだという王様の正論に何も言い返せなかったらしい。
「物語を完結させなければこの世界の人々は燃えて死んでしまいます。それでも私は彼がこの世界と共に運命を終える選択を望んではいません」
私は彼の事が好きだから、と少女は最後に小さな声で付け足した。
「…………」
グリムは少女にかつての自分の姿が重なって見えた。
大切な人の為にと思い行動した白雪姫の世界は最終的にどうなったのか。最愛の人に何を言われたのか。それは決して忘れることは出来ないグリムの記憶である。
「……せめて魔法使いの代役について、シツジには話したほうがいい」
「それは出来ません!」
いばら姫ははっきりと断言した。
「先ほども言いましたが、彼に真実を告げれば絶対に受け入れてしまう、それではだめです」
彼女の決意は固い事がその言い方から伝わってくる。
グリムは白雪姫の世界で起こした悲劇を踏まえたうえで提案をしたつもりだった。
しかし少女には聞いてもらえそうにはなかった。
その意識はまさにかつてのグリムと同じものだった。
大切な人を守る為の意志を止められることが出来ない。
グリム自身が一番わかっていた。
「……わかった。俺も協力しよう」
「本当ですか!」
いばら姫の表情が明るくなる。
外の世界から来たこの世界にとって「部外者」であるグリムが勝手にシツジに真実を告げるのは違う気がした。グリムは誰にも頼ることが出来ない少女の力になるべきと決意する。
◇◇
シンデレラの世界、赤ずきんの世界、二つの世界でグリムはその世界の誰かの願いを叶えてきた。アーサー王伝説の世界ではサンドリオンの願いを叶えることは出来なかったが、それでも世界の人々の為に崩壊し始めた世界をつなぎとめた。
だからこそ、グリムはこの世界でも彼女の願いを叶えられると無意識のうちに思い上がっていたのかもしれなかった。
この決断が後にこの世界で彼女と決別を迎える事をグリムはまだ知らなかった。
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