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第3章 アーサー王伝説編
95話 誰の願い
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「今考えるべきことは、あいつの願いでもあるこの世界を必ず完結させることだ。偶然、ここには使えそうな助っ人もいるしね」
「俺は助っ人扱いか……」
「褒めているんだよ。君がいるなら出来る事の幅は間違いなく広がりそうだからね」
グリムはため息を吐くとマーリンが笑いながら茶化してくる。
「幸いにも、この世界の物語は終盤に来ている。聖杯探索も終えて、残すところはランスロットとグィネヴィアが不倫をして、後はモードレットが反逆し、傾国を迎えるのみだ」
マーリンは今後の展開についてさらりと述べる。言葉にして聞いてみると改めてアーサー王伝説という物語のこの後の展開はとんでもない内容である。
「問題になるのは二つ、一つ目は物語を進める為に一刻も早くランスロットがグィネヴィアを連れてこの場から離れる事。そしてもう一つはモードレッドがアーサー王のいない間に必ず反旗を翻して、戦争を終える事だ」
「二つ目は物語が進むなら必然的にモードレッドがやるんじゃないのか?」
「うん……そのはずなんだけど、モードレッドの内心がね……」
「内心?」
グリムは歯切れの悪いマーリンに聞き返す。
「彼はいまだにアーサー王という父親と戦う覚悟が無いんだ」
マーリンは困った顔をしながら理由について語る。
「鍛錬を積み続けている彼はすでに本物のアーサー王やそれこそランスロット顔負けの実力を身に着けているんだけど……どうしてもまだ自分の実力に自身が無くて、モードレッド自身が最後の戦いに踏み出せないでいる」
グリムが初めてモードレッドに出会ったときも彼は中庭で他の騎士相手に鍛錬を積んでいた。彼が努力家であることはその姿からもう伺えた。
「彼だけじゃなく、他のだれにとってもアーサー王というのは偉大な存在だからね……その気持ちはわかるよ」
「今の私になら……それこそ彼は簡単に勝ってしまうだろう」
「そこが問題の二つ目なんだ」
マーリンが二本指を立てて話す。グリムはそこでようやく彼が何を問題としているのか理解した。
「今のアーサー王ではモードレッドに勝てない」
マーリンの言葉通りならば今のモードレッドは既に相当な実欲の持ち主である。もしも最後の決戦の時、今のアーサー王である彼女がモードレッドと対峙したなら、負けてしまう可能性が高い。そうなれば物語は正規の流れから外れてしまい、世界は崩壊してしまう。
「モードレッドにわざと負けてもらうように話すのは……」
「「それは無理だ(よ)」」
サンドリオンとマーリンの声が一致する。
「あいつが……アーサー王はこの世界でただ一つだけルールを自ら作った」
「ルール?」
「『戦いにおいては決して手を抜いてはならない』」
グリムの質問にはサンドリオンが口を開いて答えた。
「……けれど、もしもアーサー王が負けたら世界は崩壊してしまうんだろ?それならそんなルール破ったっていいんじゃないか?」
「最初に言った言葉を思い出してごらん?どうしてボクや彼女は物語を完結させようとしているんだい?」
「それは……アーサー王の願い……だから」
「そう、物語を完結させることはあいつの願い。そして戦いにおいて全力を尽くすというのもあいつが作った約束なんだ」
「両方ともアーサー王の意思だから破るわけにはいかないって言うのか?」
その考え方は異常であり、世界の崩壊を防ぐ為ならば約束の一つや二つぐらいは破っても構わないとグリムは思った。
「だからその約束を私達が破るわけにはいかない」
「仮にモードレットが真実を知ってわざと負けるように言われたとしても、彼は約束を優先するだろう」
「もしそれで、モードレットが勝ってこの世界の人々が焼失してしまってもいいのか」
「真剣勝負もアーサー王の願いだからね」
仕方がないと言わんばかりにマーリンはさっくりと話す。サンドリオンの表情を見ると彼女もそれに同意しているようだった。
「アーサー王の願いなら例え世界が滅んでもいいというのか?」
「……もしそれがあいつの願いならね」
マーリンは少し重めの口調でそう言った。
「ボク達にとって、あいつは……アーサー王はかけがえのない存在なんだ。それこそ物語よりも優先してしまう程に…………君はそんな経験はしたことがないのかい?」
「それは…………」
言葉の途中でグリムは一人の女性が思い浮かぶ。生まれ育った白雪姫の世界で最初は主人公を演じていたが、最終的には王妃を演じた最愛の女性の姿だった。
あの時、グリムは物語の完結を無視して彼女のもとへと向かった。
それは大切な人の為ならば世界の完結を二の次にする今のこの世界の現状とあまりにもよく似ていた。
「その様子だと、君にも似たような境遇があったのかな」
グリムの顔を見ていたマーリンは内心を読み取ったかのように話す。
「勿論、この世界を完結させるのもあいつの願いだ。だからこそ、その願いを叶えるためにここで作戦会議をしようと思うんだ」
マーリンは手を叩いて話を切り替えようとする。
「グリムの言葉通りならば灰色の雪が降り始めてから崩壊するまでまだ少しの猶予はあるはずだ。それまでになんとかして今のアーサー王がモードレットに勝つための手段を模索していこう」
「……そうだな」
「……?」
マーリンが視線を扉の方に移す。今は魔法陣を消しているため人が来るはずはなかった。しかし……
「誰かが来る、その兜は被りなおしたほうがいい」
マーリンの言葉を聞いてサンドリオンは鉄兜を慌てて顔に当てはめる。マーリンも姿を人間から蝶々に変えた。
この場所には魔法陣以外移動する手段はないはずだった。それなのに彼は人が来ると言った。一体どういうことかとマーリンに聞くよりも先に勢いよく扉が開かれた。
「アーサー王、失礼します!」
現れたのは円卓の騎士の一人、ガウェインだった。最初ガウェインはグリムを見て一瞬驚いた様子を見せたがすぐに兜で顔を隠したアーサー王のもとに駆け寄り、膝をついて主従の姿勢を取った。
「報告します、ランスロットがグィネヴィア王妃を連れて逃亡しました」
「…………な」
物語はグリム達が想像する以上に急速に展開を進め始めていた。
「俺は助っ人扱いか……」
「褒めているんだよ。君がいるなら出来る事の幅は間違いなく広がりそうだからね」
グリムはため息を吐くとマーリンが笑いながら茶化してくる。
「幸いにも、この世界の物語は終盤に来ている。聖杯探索も終えて、残すところはランスロットとグィネヴィアが不倫をして、後はモードレットが反逆し、傾国を迎えるのみだ」
マーリンは今後の展開についてさらりと述べる。言葉にして聞いてみると改めてアーサー王伝説という物語のこの後の展開はとんでもない内容である。
「問題になるのは二つ、一つ目は物語を進める為に一刻も早くランスロットがグィネヴィアを連れてこの場から離れる事。そしてもう一つはモードレッドがアーサー王のいない間に必ず反旗を翻して、戦争を終える事だ」
「二つ目は物語が進むなら必然的にモードレッドがやるんじゃないのか?」
「うん……そのはずなんだけど、モードレッドの内心がね……」
「内心?」
グリムは歯切れの悪いマーリンに聞き返す。
「彼はいまだにアーサー王という父親と戦う覚悟が無いんだ」
マーリンは困った顔をしながら理由について語る。
「鍛錬を積み続けている彼はすでに本物のアーサー王やそれこそランスロット顔負けの実力を身に着けているんだけど……どうしてもまだ自分の実力に自身が無くて、モードレッド自身が最後の戦いに踏み出せないでいる」
グリムが初めてモードレッドに出会ったときも彼は中庭で他の騎士相手に鍛錬を積んでいた。彼が努力家であることはその姿からもう伺えた。
「彼だけじゃなく、他のだれにとってもアーサー王というのは偉大な存在だからね……その気持ちはわかるよ」
「今の私になら……それこそ彼は簡単に勝ってしまうだろう」
「そこが問題の二つ目なんだ」
マーリンが二本指を立てて話す。グリムはそこでようやく彼が何を問題としているのか理解した。
「今のアーサー王ではモードレッドに勝てない」
マーリンの言葉通りならば今のモードレッドは既に相当な実欲の持ち主である。もしも最後の決戦の時、今のアーサー王である彼女がモードレッドと対峙したなら、負けてしまう可能性が高い。そうなれば物語は正規の流れから外れてしまい、世界は崩壊してしまう。
「モードレッドにわざと負けてもらうように話すのは……」
「「それは無理だ(よ)」」
サンドリオンとマーリンの声が一致する。
「あいつが……アーサー王はこの世界でただ一つだけルールを自ら作った」
「ルール?」
「『戦いにおいては決して手を抜いてはならない』」
グリムの質問にはサンドリオンが口を開いて答えた。
「……けれど、もしもアーサー王が負けたら世界は崩壊してしまうんだろ?それならそんなルール破ったっていいんじゃないか?」
「最初に言った言葉を思い出してごらん?どうしてボクや彼女は物語を完結させようとしているんだい?」
「それは……アーサー王の願い……だから」
「そう、物語を完結させることはあいつの願い。そして戦いにおいて全力を尽くすというのもあいつが作った約束なんだ」
「両方ともアーサー王の意思だから破るわけにはいかないって言うのか?」
その考え方は異常であり、世界の崩壊を防ぐ為ならば約束の一つや二つぐらいは破っても構わないとグリムは思った。
「だからその約束を私達が破るわけにはいかない」
「仮にモードレットが真実を知ってわざと負けるように言われたとしても、彼は約束を優先するだろう」
「もしそれで、モードレットが勝ってこの世界の人々が焼失してしまってもいいのか」
「真剣勝負もアーサー王の願いだからね」
仕方がないと言わんばかりにマーリンはさっくりと話す。サンドリオンの表情を見ると彼女もそれに同意しているようだった。
「アーサー王の願いなら例え世界が滅んでもいいというのか?」
「……もしそれがあいつの願いならね」
マーリンは少し重めの口調でそう言った。
「ボク達にとって、あいつは……アーサー王はかけがえのない存在なんだ。それこそ物語よりも優先してしまう程に…………君はそんな経験はしたことがないのかい?」
「それは…………」
言葉の途中でグリムは一人の女性が思い浮かぶ。生まれ育った白雪姫の世界で最初は主人公を演じていたが、最終的には王妃を演じた最愛の女性の姿だった。
あの時、グリムは物語の完結を無視して彼女のもとへと向かった。
それは大切な人の為ならば世界の完結を二の次にする今のこの世界の現状とあまりにもよく似ていた。
「その様子だと、君にも似たような境遇があったのかな」
グリムの顔を見ていたマーリンは内心を読み取ったかのように話す。
「勿論、この世界を完結させるのもあいつの願いだ。だからこそ、その願いを叶えるためにここで作戦会議をしようと思うんだ」
マーリンは手を叩いて話を切り替えようとする。
「グリムの言葉通りならば灰色の雪が降り始めてから崩壊するまでまだ少しの猶予はあるはずだ。それまでになんとかして今のアーサー王がモードレットに勝つための手段を模索していこう」
「……そうだな」
「……?」
マーリンが視線を扉の方に移す。今は魔法陣を消しているため人が来るはずはなかった。しかし……
「誰かが来る、その兜は被りなおしたほうがいい」
マーリンの言葉を聞いてサンドリオンは鉄兜を慌てて顔に当てはめる。マーリンも姿を人間から蝶々に変えた。
この場所には魔法陣以外移動する手段はないはずだった。それなのに彼は人が来ると言った。一体どういうことかとマーリンに聞くよりも先に勢いよく扉が開かれた。
「アーサー王、失礼します!」
現れたのは円卓の騎士の一人、ガウェインだった。最初ガウェインはグリムを見て一瞬驚いた様子を見せたがすぐに兜で顔を隠したアーサー王のもとに駆け寄り、膝をついて主従の姿勢を取った。
「報告します、ランスロットがグィネヴィア王妃を連れて逃亡しました」
「…………な」
物語はグリム達が想像する以上に急速に展開を進め始めていた。
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