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第3章 アーサー王伝説編

93話 不穏

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「灰色の雪だと?」

 言葉を発した後、グリムは慌てて辺りを見回す。
 相変わらずあたりに人は誰もおらず、注目を浴びることはなかった。

「ボクの声は君にしか聞こえないけど、そっちの声は他の人間に聞こえるから気を付けて」

「わかった、すまない。それで……その話は本当なのか?」
 
 声の音量を下げてグリムは蝶に話しかける。

「本当だよ。ついさきほど、蝶々を介してキャメロットに灰色の雪が振り始めたのを観測した」

「見間違いの可能性は?」

「ないかな……あいにくキャメロットに雪が降った事は過去に一度もないし、色も城ではなく、灰色だった」

「そうか……」

 ここまで念入りに聞いてマーリンが言うのであればほぼ間違いないのだろう。

「どうして崩壊の予兆が……?」

 グリムは手を顎に当てて考える。マーリンも言ったように、今宵のパーティーはむしろ人々にアーサー王を信じさせることに成功していたように思えた。

「それも気になるけど、大事なのは原因捜しじゃない。世界の崩壊を防ぐ為の対応策だよ」

 マーリンはいたって冷静に言葉を述べる。彼の言葉を聞いてグリムは確かにと納得する。

「外の世界を渡り歩いている君なら灰色の雪が降り始めてから世界が崩壊するまでのリミットがわかったりしないかな?」

「……状況にもよるが、降り始めてすぐに崩壊することはないはずだ」

「根拠は?」

「俺は崩壊の寸前までを見たことがあるが、世界が崩壊するのは灰色の雪が世界を完全に覆いきってから……降る雪の量が最初と同じままならしばらくは持つはずだ」

「詳しいね、助かるよ」

 マーリンはお礼の言葉をグリムに送る。生まれ育った白雪姫の世界、リオンのいなかったシンデレラの世界、生きることを望んだ聖女の世界とグリムは灰色の雪が降る世界をこれまでに何度も経験していた。

「灰色の雪の降雪量が増える条件はわかるかな?」

「おそらくだが、世界が物語の進行が難しいと判断する度合いによって変わっている」

 白雪姫の世界では白雪姫が王妃の役割をこなし、グリムが王子様の役割を代役することで結果的に降雪量は最初から最後まで変わらなかった。

 リオンのいないシンデレラの世界では舞踏会の夜にガラスの靴が無くなった頃に灰色の雪が降り始め、見つけられなかった翌日にはすさまじい量の雪が降り始めていたのをグリムは覚えている。

 物語のキーパーツであるガラスの靴がなくなり、終幕直前に人々がガラスの靴を見つけられなかったことに対して世界は進行が不可能と判断し、豪雪とも呼べるほどの灰色の雪が降ったのだ。

 まだランスロットはグィネヴィアと駆け落ちを起こしていないし、モードレッドも反旗を翻してはいない。物語が終わるまでには余裕があるはずだ。

「となると……結局は最初のグリムの質問を考えないといけないわけだ」

「どうして世界は進行が不可能と判断したのか……そして何をしたらより不可能と判断されてしまうか……についてだな」

 考えられるのは間違いなくこの世界の主役であるアーサーを別人が演じていることが原因だろう。しかし、本物のアーサー王が死んでから少しの間はサンドリオンが演じていても灰色の雪が降ってはいなかった。

「マーリンがアーサーの正体に気づいたのはいつからだ?」

「違和感を覚えたのは巨人討伐から帰ってきた時からかな」

 念のためにと改めてグリムは尋ねた。マーリンの回答はサンドリオンから聞いた成り代わったタイミングと一致していた。

「それからボクは人に会うことを意図的に避けるようにし始めて、君に出会ってから始めて内心を吐露したわけだけど……」

 外の世界の人間に話すことは世界の崩壊に影響を与えない。
 リオンのいたシンデレラの世界でガラスの靴が一時的になくなった際にも灰色の雪が降らなかったように、崩壊の原因にはならないはずである。

 マーリンがアーサー王の異変に気付いていち早く人々から距離を取ったのは好判断だとグリムは感心する。

「そうなると……マーリン以外の人間がアーサー王の異変に気付いてしまった。そして世界はそれを物語が進行不可な状況ととらえたってことか」

「そうなるね……まだ灰色の雪が降り始めたばかりなのが幸いかな」

「雪が世界を埋め尽くす前に物語を完成させるしか……」

 物語を完成させる。それはつまりサンドリオンがこの世界でアーサー王として死ぬ事を意味することに気がつき、グリムは言葉が途中で止まってしまう。

「……今のアーサー王が誰なのかはボクも検討が付いている。外から来た「白紙の頁」の女性にはあまりにも荷が重すぎる気がするよ」

 彼女、とマーリンは言った。巨人討伐のタイミング以降アーサー王が誰なのか彼もわかっているのは明白だった。

「あいつの意思は本物だ……でなければアーサー王を一人で演じようなんて思わないだろ」

「それはそうだね」

 グリムは自分の言葉で話したように彼女の意思は固かった。その事実はこの世界の人間であれば嬉しいものである。

 しかしグリムはシンデレラの世界で出会ったリオンにうり二つの彼女がこの世界で死ぬ事を受け入れられずにいた。

 外の風に当たって気持ちを整理しようとしていたが、マーリンとの会話によってその不安は募るばかりだった。

「とにかく、明日から一刻も早く物語を進める必要があるね」

「…………」

「ガラスの靴を返す条件として君には今のアーサー王を助けてほしいかな」

「…………」

「どうしたんだい、グリム?」

「あぁ、いや……」

 ガラスの靴を返してもらうためにマーリンの指示に従う。それはこの世界で捕らわれた時から変わらない。ガラスの靴をに返すためにもこの取引を破るわけにはいかない。


 彼女とは一体誰を指すのだろうか……


「……明日からもアーサー王を支える協力はする」

「ありがとう、よろしくね」

 そう言い終えると蝶々はグリムの肩から離れてひらひらと別の場所へと飛んでいった。

 グリムはそれを見届けると一人壁にもたれて大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐きだした。


 ……もしも今アーサーを演じているサンドリオンがリオンだったとしたら?

 グリムはその可能性をぬぐい切れずにいた。

「転生論」というものがある。物語の中で役割を演じ切った者は次の世界の生を約束される。そして何度も繰り返すうちにやがて主人公に生まれ変わり、主役を演じ切ることでその者は楽園へと導かれる。

 楽園は確かに存在する、と赤ずきんの世界で出会ったマロリーが告げた。それならば逆説的に転生論も存在している可能性が高い。

 転生論は信じられているが、誰も証明した者はいない。なぜならば世界に生まれた人は当然前世の記憶がないのだから。

 もしも……もしも人々が転生した時、前世の記憶を失い、容姿はそのまま新しい世界に生まれてくる可能性があるとすれば……

 この世界で出会ったサンドリオンがリオンの生まれ変わりだとしたら……可能性としては低くない。

 ガラスの靴を渡そうとしている人間がこの世界と運命を共にすることを望んでいる。

 それならばグリムはどうすればいいのか…………

 いくら考えてもその場で応えは出てこなかった。


    ◇


 グリムが考える時間もろくに与えられないまま物語は無情にも加速し始める。

 宴会の行われた翌日の朝。ランスロットとグィネヴィア王妃がキャメロットから逃亡した。
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