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第3章 アーサー王伝説編

85話 アーサー王の眠る場所

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『しばらくこの者、グリムを側近として雇うことにした』

 アーサー王を演じている彼女はキャメロットにいる人々にそう伝令した。

 当然多くの人々がその理由について王様に向けて回答を求めたり、反対をする者も多数いたが、最終的にはアーサー王の命令という権力によって人々は了承せざるを得なくなっていた。

「まるで暴君だな」

「この世界の人々を守れるのなら私は何と言われても構わないよ」

 彼女はそう言って目を閉じた。扉によって仕切られた玉座のあるこの場所だけは彼女にとって唯一兜を外せる場所であり、安息の場所になっているらしい。

 それでも急に扉を開けて突っ込んでくる人間がいるのではないかと聞いてみたが、マーリンの魔法でしかこの場所には来ることが出来ず、魔法陣が作動した場合は光が扉から漏れてくるため、それを見て兜をかぶれば間に合うそうだ。

 少し前に行方不明になった外から来た「白紙の頁」所有者がアーサー王に変わっているなんて誰も思いはしないだろう。

 もしもこの事実が明かされてしまえばこの世界はたちまち灰色の雪に包まれて終焉を迎えかねない。

「グリムの顔はマーリンの魔法を通して人々に知ってもらっている。ある程度自由にしていて構わない」

「マーリンは何でもできるんだな……できれば会ってみたいもんだ」

 グリムの持っているシンデレラの世界の魔女の「頁」には姿形を変える魔法しか使うことは出来ない。アーサー王伝説のマーリンという人間に与えられた「頁」の能力の高さには改めて驚かされた。

「マーリンはそもそもこの場にはいない」

「……何?」

 物語の途中、アーサー王がグィネヴィア王妃と結婚した時に湖の乙女と共にキャメロットから離れたらしい。その後乙女によって洞窟に閉じ込められたらしく、今この場所にはいないようだった。

 円卓の騎士のあらすじは他の物語と比較しても非常に長く、グリムも全てを把握しているわけではなかった。

 それは大丈夫なのか、と彼女に聞くと城の中の魔法陣はマーリンが生きていなければ起動しないらしい。また姿は見せなくても蝶々を使って伝令をしたりしているので生きてはいるのだという。そういえばと、この世界に来たばかりの時,グリムはランスロットの肩に止まっていた蝶々を見たことを思い出す。

「…………さて」

 彼女は玉座からゆっくりと立ち上がった。

「どこかへ行くのか?」

「本物のアーサー王の遺体がある場所に向かう」

「……他の人間に見られたらどうする?」

「その為に君がいるんだろ?」

 彼女は片目をとじてグリムに笑いかける。その意図をすぐにグリムは理解する。

「城を出るときだけ適当な姿に変えればいいか?」

「そうだな、給仕の人間にでも変えてくれ」

 グリムは魔女の「頁」を体内に入れると魔法使いの姿になり、彼女に言われた通りにアーサー王の姿をしていた彼女を召使の女性に変えた。

「……これでいいか?」

「上出来だ、では行くとしよう」

 メイドエプロンを軽く揺らしながら彼女は扉を開けて魔法陣に向かう。

 アーサー王を演じている彼女とグリムは本物のアーサー王の亡骸の眠る場所へと向かった。


    ◇◇


「ここは?」

「良い眺めだろ、お気に入りの場所だ」

 城の中庭で2匹の馬を借りたグリムと彼女は町を抜けてしばらく進み、キャメロットを一望できる丘の上に到着する。

「……似ているな」

 その風景はシンデレラの世界でリオンがお気に入りと言っていた場所によく似ていた。

「アーサー王とよく城を抜け出してこの場所で語り合ったものだ」

「王様とそんなことをしていたのか……」

 彼女の言葉を聞く限りではこの世界のもともとのアーサー王も相当な変わり者だった。外の世界から来たリオンを気に入ると城の兵士として雇い入れ、戦地へと共に赴いていたそうだ。

「私も当初は剣の使い方などわからなかったが、今では並みの人間相手には負けないよ」

 元のアーサー王の姿に戻った彼女はそう言いながら女性の人間が持つにしては明らかに不釣り合いな少し大きいサイズ剣を鞘から抜いて見せてきた。

「それが聖剣か」

 彼女は肯定しながら再び剣を鞘に納めた。聖剣エクスカリバーといえばアーサー王伝説における有名な武器であり、アーサーが所持している武器の名称だった。

 白雪姫の世界にある魔法の鏡やシンデレラのガラスの靴のように物語を進行する上で重要な役目を持つアイテムでもある。

「彼が亡くなった際にこの剣と鎧を拝借した」

 彼女はそう言って丘の先に進んだ。しばらくすると木々が生い茂る森に入った。
 それから更に馬を走らせて数十分、開けた場所に着くと彼女は乗っていた馬から降りた。

    ◇

「こっちだ」

 彼女に言われるがまま、グリムも馬から降りて後を追う。少し歩くと水の流れる音が聞こえてきた。

「……ここだ」

「……泉?」

 彼女が足を止める。そこは透き通ったいずみと地面に色とりどりの花が咲くとても幻想的な場所だった。

 彼女は地面が見えないほどに咲き誇っている花をおもむろにかき分け始める。一体何をしているのかと近くで除くと花の下の方から明らかに人工物なものが、具体的に言えば棺桶が姿を現した。

 少しの沈黙の後、彼女はゆっくりと棺を開けた。その中には金髪の男性が目を閉じて入っていた。

の……アーサー王か」

「……誰にも見つかってはいないようだな」

 息を小さくはいた彼女はその場でアーサー王の遺体を見て確認する。

「ここがアヴァロンに向かうための泉なのか?」

「いや、それは別の場所だ。ここもアーサー王に教えてもらった秘密の隠れ家みたいな場所だ」

 彼女は言い終えると両手を棺桶の中で横になっているアーサー王の手に重ねて目を閉じた。

 いまだに詳しくは聞けていないが、彼女の言葉通りならばこの世界のアーサー王は目の前の女性を庇った事で命を落としている。彼女にとってアーサー王という存在の価値は計り知れなかった。
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