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第2章 赤ずきん編

76話狩人の役割

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   ◇◇◇

 この選択が正しいのかは分からない。細柄な騎士の言葉を借りるのなら出過ぎた真似であり許されざる行為である。

 それでも赤髪の女性の言葉を信じるなら、これはグリムにしか出来ないことだった。

「てめぇ、なぜここにいる?」

 狩人が敵意をむき出しにして声を出す。

「お前は物語に関わる人間ではないはずだ。そんなやつがどうして今日この日に赤ずきんのババアの家の前にいるんだ!」

 荒々しく狩人が言葉を飛ばす。グリムは満月の夜、赤ずきんが祖母の家に入ったのを確認してから家の前で彼が来るのを待ち続けていた。

「答えろ、混色頭の魔法使い!」

「その質問に答える前に一つ俺からも聞きたいことがある」

「あぁ?俺様が今質問しているんだ!」

 狩人はグリムに近づくと胸ぐらをつかんでグリムを睨みつける。相変わらず人の話を聞く素振りは見せなかった。

「なぜこれまでに何度も執拗に赤ずきん達を求めた?」

 グリムは服を掴まれても動じずに狩人の目をまっすぐに見つめた。

「俺様は「狩人」だ、この世界で赤ずきんを救うために必要不可欠な存在だ、そんな俺様ならその対価を貰う権利が当然発生するだろ?」

「必要不可欠、対価、権利か……」

「何がおかしい?」

 グリムの態度が気に食わないのか狩人は胸ぐらをつかんだままグリムを持ち上げた。

 服が伸びてグリムはつるされるような形になった。

「それは考え付いたものか?」

「なに……?」

 狩人の手の力が弱まり、グリムの足は地面に着いた。狩人はグリムの言葉に明らかに動揺しているようだった。

 赤ずきんの母親は以前、狩人はここまで役割を振りかざして横暴な態度を取る事をする人間ではなかったと言っていた。

 それならば、必ず彼が豹変した原因があるはずだった。

 そしてその要因をグリムは想像がついていた。

「あんたを意図的に与えられた役割を果たさせようと促した奴がいるはずだ、違うか?」

「…………」

 狩人は何も答えなかった。

「そいつは、外の世界から来た長身の騎士……ローズじゃないのか?」

 狩人と接触する機会があった人間はそこまで多くはない。その中でもグリムや銀髪の騎士が出会うよりも一足先に狩人に関わった人間が一人だけいた。

 それはマロリーと同行しているもう一人の騎士であるローズと名乗る男だった。

「……そうだ」

 狩人は顔を上げないまま肯定する。

「なぜ狩人としての役割以上のものを求めた。元々あんたはそんな人間じゃないだろ」

 可能ならば赤ずきんの母親が言うような以前の狩人に戻ってほしいとグリムは望んでいた。

 しかし……

「……あ?」

 狩人の眼がグリムに向く。今までみたことがない、獰猛で殺意に満ち溢れた恐ろしい目だった。

 その不気味なまでの視線にグリムは一瞬怯み、言葉を失う。

「お前に何が分かるんだ?」

 狩人が言葉を発しながら距離を詰めてくる。グリムは彼と対面したまま距離を取ろうとするが、後ろ歩きと普通の歩きでは当然速度が異なっている。

 あっという間にグリムの目の前に狩人が立ちはだかった。

「か……ぐっ!」

 グリムが言葉を発するよりも前に狩人はグリムのお腹に強烈な拳をぶつける。咄嗟の攻撃に対応できず、グリムは簡単に吹き飛んだ。

「物語に直接関わらない役割を持ったお前に、一体何が分かる?」

 起き上がるよりも先に今度は狩人が足でグリムの頭を踏みつけてくる。身動きが取れないまま追撃の攻撃を受けたグリムはまともに言葉を発する事ができなかった。

「…………か……ぁ」

「俺に与えられた役割は「狩人」、主人公でもなければ、裕福な暮らしが約束された役割でもない」

 ぐりぐりとグリムの頭を踏みつぶすような勢いで狩人は足の力を強めてくる。

「ただこの世界の人間は俺のことをオオカミを仕留める為だけに存在している人間としか認知していない。毎日森の中、命がけでオオカミと戦っても誰もがそれを当たり前だと思っている」

 狩人は踏み続ける。グリムの頭は地面に沈むように押しつけられていた。

「それが俺の役割だと、毎日我慢して生活していた……そんな時、あの騎士に出会った」

 狩人は踏みつけていた足をゆっくりと離す。グリムはあまりの痛みに言葉を聞くことは出来ても、動くことは出来なかった。

「あの騎士は言った。俺は……俺様はこの世界に必要不可欠な存在だと!「狩人」の役割を持つ人間ならば、村の人々から対価を貰うべきだと、それが「狩人」なら当然の権利だと!」

 狩人の男は両手を天に仰ぎながら演説をするように話す。その光景をグリムは見覚えがあった。

「ま……じょ……」

 それはシンデレラの世界でリオンの邪魔をした魔法使いの姿によく似ていた。そのしぐさが重なることが偶然とはとても思えなかった。

「だから、俺様は狩人の権利として赤ずきんの母親を俺様のものにしようとした、それなのに……」

 再び狩人はグリムに視線をおろす。今度は動くことのできないグリムの背中に足を振り下ろした。

「…………がっ!」

「なぜか、いつも邪魔が入った、俺様が赤ずきんの家に行くと必ずな」

 ぐりぐりと痛めつけるように足に体重をかけられる。グリムは息をすることさえできなくなってしまう。

「そして仕方がなく、相手を赤ずきんに変えようとしたら……今度はあのくそガキだ!」

 狩人が怒りで声が震えていた。くそガキというのはウルのことで間違いなかった。

「今思えば、半分はお前の仕業だった、そうだろ?」

 足を上げてすぐに振り下ろす。メキメキとグリムの骨がなる音が聞こえた。

「お前さえいなければ、俺様はこの世界であの母親と……くそ、くそ、くそが!」

 何度も踏みつけられる。数回にわたる攻撃の後、ようやく振り下ろす足は止まった。

「お前を殺したら、物語が進まなくなるもんな」

 狩人はふーふーと息を乱しながらも笑いながらそう話す。

「約束しろ、俺様がオオカミを殺したその後は俺様の行動に一切手を出さないとな」

「その考えは……変わらないのか」

「変わるわけがないだろ!」

 狩人ははっきりと断言した。

 その言葉を聞いてグリムは覚悟を決めた。

「……もしも、いや……」

「……あ?」

 もしも狩人ともっと会話をしていたのなら、もしも狩人の行為に対して人々が感謝していたら、感謝が狩人に伝わっていたのなら……長身の騎士の言葉に飲み込まれることなく、この世界はもっと平和に物語が進んだかもしれない。

 それは幻想であり、叶わなかった夢である。

 今のグリムにできる事、それは過去を嘆くことではない。この世界で主人公の母親と交わした約束と主人公の思いを叶える事だと、そう決意をしてグリムは傷だらけの体で立ち上がった。

「なんだ、まだ何か用があんのか?」

 きしむ体を無理やり動かして狩人のもとへゆっくりと歩み寄る。

「あんた……言ったよな、この世界の結末は幸せに暮らして終えると……」

 頭を強く踏まれたせいかまっすぐ歩くことさえまともに出来なかった。

 その情けない歩きを滑稽におもったのか、狩人はグリムが近づくことに対して一切の警戒をしなかった。

「あぁ、だから俺様と赤ずきんの親子でこの後は世界が完結するまでは幸せに……あ?」

 狩人が話し終えるよりも先にグリムは倒れるように狩人の胸元に近づく。

「……悪いが、その願いは叶わない」

「何を言って……」

 狩人の言葉が再び途中で止まる。正確には止められた。

「な……なにを……」

 狩人は一瞬白目をむき、全身を震わせた。

「…………」

 グリムは無言のまま狩人の胸元を右手で貫いた。

 そして即座に彼の体内から1枚の「頁」を取り出した。

「てめぇ……それはまさか」

 震えた指で狩人はグリムが手にした「頁」を指さす。

「…痛くはねぇ、血もでてねぇ、だがお前、それはまさか!」

 狩人が敵意をむき出し、グリムにナイフを突き刺そうとする。しかし……

「あ……あぁ……」

 グリムの顔にナイフが届く手前で狩人の動きがぴたりと止まる。彼の身に着けていたものを含めた全ての色素が消え失せて真っ白になっていく。

「……これはに与えられたはずの「頁」だよ」

 グリムは灰になって風に流されていく狩人の残骸を見つめながらそうつぶやいた。

 満月は気が付けば沈み始めていた。もう数時間後には夜が終わり、朝がやってくる。

「……さて」

 グリムは平衡感覚をようやく取り戻し始めた体を休めることなく、これから狩人がやるべきだったはずの役割を果たすために自身の体に狩人の「頁」を当てはめた。

 光に包まれると全身を獣の皮で作られたマントで覆われた姿に変わった。

「物語を……始めよう」

 誰もいなくなった場所で一人、グリムはそうつぶやいた。
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