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第2章 赤ずきん編

63話 攫われた赤ずきん

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「赤ずきん、どこにいる?」

 森の中、グリムは走りながら赤ずきんを呼ぶ。

「よせ、オオカミ達がよってくる」

 その声を制したのはマロリーのお供である銀髪の騎士だった。

 外の世界から来た二人ではオオカミと遭遇した際に襲われかねないと騎士は判断したのだと辺りを警戒する様子からグリムは察する。

「くそ、声を出さずに……こんな広い森の中少女一人を探せるのか?」

 森の中に入るにあたってマロリーの代わりにこの騎士と共に赤ずきん探しを始めていた。

「お嬢達から話は聞いている」

 赤ずきんの母親の話では子供たちが森の中で遊んでいると狩人が現れた。そして赤ずきんをどこかへ連れ去ったらしく、子供のうち一人がそれを知らせに村まで戻ってきたらしい。

「こっちだ」

 騎士は迷わずに走り続ける。その視線の先を見ると騎士は視線を足元に向けていた。子供たちとは異なる大きな足跡を頼りに狩人を追っていたらしい。

「あそこか」

 薄暗い森の中に一件の小屋が見えてくる。赤ずきんの祖母の家がある場所とは異なり、日の光は一切当たらず、随分と古びたぼろぼろの小屋がぽつんと存在していた。

「待て」

 先を走っていた騎士がドアの目の前で急に足を止めて道を遮る。

「どうした、一刻も早く赤ずきんを助けないと……」

「……殺気だ」

 騎士が言うのと同時に扉は向こう側から勢いよく開かれる。それと同時に中から現れた狩人が手に持っていたナイフを勢いよく振り下ろしてきた。

 ガキンと鈍い音が鳴る。騎士が籠手の部分で狩人のナイフを受け止めた音だった。

「なんだよ……てめぇらか」

 狩人は舌打ちをしながら騎士にぶつけた刃を引き下げる。

「赤ずきんはどこだ」

「この小屋の中だ」

 狩人はそう言って小屋の中を親指で指さす。小屋の中は狩人の体で隠れてみることが出来なかった。

「赤ずきん……」

「おっと、それ以上踏み込むなよ」

 彼女の名前を呼んで小屋に入ろうとするグリムを狩人がナイフを突き刺して遮る。

「狩人が赤ずきんを拉致するなんて、いったいどういうつもりだ?」

「拉致だぁ?」

 グリムの問いに対して狩人はわざとらしくこだまする。

「勘違いしてるのはお前の方だ混色頭、俺は赤ずきんを保護してあげてるんだぜぇ?」

「何?」

 狩人は下品な笑い声で話す。

「物語は進まない、それなのにになる赤ずきんを守る為に俺様はこの場所に赤ずきんをかくまってあげたんだ、何か問題はあるか?」

「……それは」

 赤ずきん達を守る為に行っていた行為によって逆に彼女に迷惑をかけてしまったとグリムは言葉に詰まってしまう。

「ちょうどいい、お前らついでに赤ずきんの母親もここに連れて来いよ、一緒に俺様が守ってやるぜ」

 歪んだ笑みで狩人は騎士とグリムに命令する。狩人の命令に従ってもしもこの場所に赤ずきんの母親を連れてきてしまったらどうなるか……想像するまでもなかった。

「それはできない」

「あぁ?!」

 グリムの発言に狩人は大声をあげて切れた反応を示す。

「混色頭さんよぉ……今のお前と俺の立場分かってんのか?」

「お前はこの世界じゃただのだ、対して俺様は狩人、この世界で必要不可欠な重要な役割を与えられた、いわばなのさ」

「だからといって俺や村の人々がお前の言いなりになる必要はないはずだ」

「そんなこと言っていいのか?」

 そう言って狩人は手に持っていたナイフをゆっくりとかかげ始めた。

 グリムは戦闘になるのかと一瞬身構えるが、そうではなかった。狩人は振り上げたナイフを自身の首元に近づけた。

「俺様がここで死ねば、、そしたら赤ずきんも、その母親も燃えてなくなるんだ、それでも俺様の言うことが聞けないのか?」

「な……」

 言葉が出なかった。自身に与えられた役割をこうも私利私欲の為に使う人間にグリムは今まで出会ったことがなかった。狩人の態度に絶句してしまう。

「もう一度言う、赤ずきんの母親をここに連れて来い、さもなくば……」

「く……」

「……俺が行こう」

 騎士が向きを変えてきた道を戻り始める。

「そうだ、それでいいんだ」

「ま、待てよ」

 騎士を止めようと肩を掴む。

「ここにあの子の母親を連れてきたらどうなるかわかってるのか?」

「物語を完結させるのが優先だ」

 騎士はグリムの手を振りほどいて森の中へと消えていった。

「さてと……」

 狩人は騎士が戻ったのを確認すると小屋の中へと入っていく。

「……な」

 小屋の中には赤ずきんが古びたベッドの上に両手両足を縄で縛られた状態で放置されていた。

「その子の縄をほどけ」

「おっと、小屋の中に一歩でも入ったら、どうなるか……わかるよな」

 ナイフを舌でなめながら狩人は忠告する。

「当然、怪しい動きをするのもだめだからなぁ」

 グリムが魔女の姿になることも出来なくなってしまった。

「さてと......主菜の前に、まずは前菜をいただくとするかぁ」

 狩人の最低な発言とともにその手が赤ずきんに迫った。

「やめ……」

 やめろと叫ぼうとしたその直前、バキバキと大きな音を立てて小屋が崩れ始めた。

「…………は?」

 直後、小屋の壁を勢いよく破壊した一人の少年が、そのまま呆然となった狩人を蹴り飛ばした。

「ぐぼぉ!?」

 狩人はそのまま反対側の小屋の壁に当たり、そのまま外まで吹き飛ばされた。

 狩人同様に啞然となっていたグリムは気を取り直して突如現れた少年の方を向いた。

「ウル……だったか」

 少年は以前崖から落ちそうな赤ずきんを助けた少年だった。

「…………」

 少年は無言のまま狩人が足元に落としたナイフを使ってベッドに縛られていた赤ずきんの縄を斬った。

「……けがはないか」

「もう、おそいわよ」

 赤ずきんはウルに文句を言いながら軽く胸元を叩く。よくよく見ると赤ずきんは目元に涙を浮かべながら震えていた。怒っているように見えて本当は怯えていたのだ。

 年端もいかない少女が中年の男に監禁されて、辱めを受けようとしていた。怖がるのも無理もないとグリムは思う。

「…………」

 ウルは無言のまま彼女を軽く抱きしめる。赤ずきんを見る少年の目は優しかったが、彼女を抱いたまますぐに目つきを変えて視線をあげた。

「いってぇなああああ!」

 崩れた小屋の破片を払いのけて狩人が立ち上がる。

「てめぇ……俺が誰だかわかっているのか?」

 狩人は蹴られた頬に手を当てながらウルに叫ぶ。

「…………お前が誰かは関係ない」

「なにぃ?」

「赤ずきんに危害を加える奴、誰であろうと許さない」

 犬歯を向きだしながらウルは言い放った。言葉だけ見ればまるでお姫様を守る王子のような展開だった。

「ふざけるな……ふざけるなよ」

 激昂した狩人はウルの言葉を聞くと手元にあったボウガンを二人に向けた。

「なっ……」

 グリムが止める間もなく狩人はそのまま引き金をひいた。射出された矢は一直線に二人目掛けて飛んでいく。その速度にグリムは反応することは出来なかった。

 グリムはただ二人に直撃してしまうのを見ている事しかできなかった……しかし

 向かってきた弓矢をウルは片手を盾にしてわずかに軌道をずらした。騎士とは違い、生身で受けたウルの腕からは血しぶきが飛びちる。

「少しだけ、待ってろ」

 赤ずきんにそう言ったウルは彼女を抱いていた片手を離すと爆発的な脚力で狩人の目の前まで距離を詰める。

「……ぐああああああ」

 そのまま少年は狩人の腕に勢い良く嚙みついた。狩人は悲鳴を上げてその場に倒れこみ、手にしていたボウガンを地面に落とす。

「離せ……クソガキ、俺の腕が……狩人の腕にこんなことをして許されると思っているのか?」

 狩人の声がみるみる悲痛な色に変わっていく。少年の噛みつきはグリムから見ていてまるで獣のように荒々しく、このままでは狩人の腕は食いちぎられてしまうのではないかとおもえるほどだった。

「だめよ、ウル!」

 意外にも少年の攻撃をやめさせようと声を上げたのは他の誰でもない赤ずきんだった。

「私は大丈夫だから!」

 赤ずきんがそう叫ぶとウルは噛むのをやめて立ち上がる。

「ひ、ひぃいい」

 狩人は傷を負った手を庇いながら一目散にこの場から逃げ出していった。


「あなた、また大けがしてるじゃない」

 赤ずきんがウルの腕を見て心配する。先ほど彼女からは死角で狩人の攻撃を受けた箇所はみえていないようだった。

 グリムも近づいて少年の腕を見るが、表面の皮膚はさけて中の肉も少し見えている。軽傷とは決して呼べない状態だった。

「痛くない……大丈夫だ」

 少年はそう言った。実際彼は汗の一つも出ておらず、呼吸も乱してはいなかった。

 赤ずきんと殆ど年齢が変わらない見た目の少年が嘘をついて強がっているにしてはあまりにも平然としていた。もしも痛いのを我慢しているのならば異常なまでの演技力だった。

「グリム……さん、この子を村に送ってくれ」

 ウルはグリムの方を向いて話しかけてくる。

「ウルも一緒に、村でお母さんに傷の手当てを受けましょうよ」

 赤ずきんが心配そうにウルに提案をするが少年は首を横に振った。

「今日は……絶対にだめだ」

 ウルはそう言って一人で森の中へと歩き始めた。

「ま、待ってウル」

 呼び止めようとする赤ずきんの声が届く前に少年は森の暗闇の中に消えていった。

「どこに行ったのウル」

「待ってくれ、赤ずきん」

 グリムは森の中へウルを探しに行こうとする赤ずきんの手を掴んで止める。

「君の安否を村にいるお母さんに伝えたほうがいい」

 重傷のままのウルを放っておくわけにはいかない気持ちもわかるが、それよりも赤ずきんが無事であることを村へ知らせる事の方が先決だとグリムは判断する。

「離して、ウルが……」

「このままだとあの騎士が君のお母さんを無理やりここに連れて来てしまう」

 グリムの言葉を聞いて赤ずきんは力を緩めた。
 騎士はまだ赤ずきんが助かった事を知らない。
 彼は物語が完結するならば多少の無理は通す人間であるとグリムはここ数日の彼の印象からそう認識していた。まずはその二次災害を防ぐべきである。

「わかった、お家に帰る」

 赤ずきんはそう言うとフードを深くかぶり直して村の方角へと歩き始めた。赤いフードに覆われていた為、彼女の顔を確認することは出来なかったが、その足並みからウルという少年を探しにいけない事が気がかりであることは見てとれた。

 赤ずきんはオオカミに襲われないという言葉を信じるならグリムがウルを探しに行けばいいかもしれない。

 しかしその少年から赤ずきんを任された身としてグリムは彼女を村まで送り届けることを優先した。
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