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39話 用済み
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「そんなの今すぐにネズミでもネコでも捕まえてくればいいじゃない」
リオンの回答はまるで期待していたものだったかのように魔女は再び笑う。
「残念、もうそんな時間もないのさ」
魔女はそういって閉めていたカーテンを開ける。ここがどこかはわからないが、日の光はなく、オレンジ色に染まった空が時はすでに夕方であることを示していた。
「嘘……私、どれだけの間、意識を失っていたの?」
その光景をみてリオンは愕然とする。それと同時に今宵の舞踏会の事を思い、焦る思いが強くなる。
「あなたとの会話はもういいわ、いいから早くこの縄をほどきなさい」
「嫌さね」
魔女はあっけらかんとした態度でリオンの言葉を否定する。その様子を見てリオンはいらだち、声を荒らげて奮起しようとする、その一瞬だった。
「もう一度言うよ、シンデレラを舞踏会に連れていくための馬を用意することが出来なかった」
今度は冷徹に、それでいて悪意を含むような口調で魔女はリオンの言葉を遮った。
「何を言っているの、そんな事よりも、いいから早くこの縄を……」
そこまで言いかけて魔女の言葉の意図を理解する。その様子を見た魔女は満足そうに歪み切った笑みをしながら一つの提案をしてきた。
「今夜シンデレラを舞踏会につれていくための馬が足りていない。それならお前を馬に変えてしまえばいい、そうだろう?」
即座に断ろうとしたが、口をはさむよりも先に魔女が持っていた杖から光が発せられ、リオンは魔法をかけられてしまう。
「この魔法は今夜シンデレラを舞踏会に導くまで解けないようにしてある。お前は馬としての役割を果たすしかなくなったんだよ」
既に馬の姿に変えられたリオンは言葉を返すことも出来なくなっていた。
「なぜこんなことをしたのか、聞きたそうだね?」
魔女はそう言うと鞭を手に持ち、馬の姿になったリオンめがけて振り下ろした。
「決まっているだろう、お前が、シンデレラの物語を、大きく、乱していたからだよ!!」
言葉を放つ度に馬の姿に変えられたリオンは鞭で全身を叩かれた。
「お前は意地悪なシンデレラの姉を、演じるだけで、よかったんだ、それなのに、本来役割のない町の住人達まで、勝手に役割をもたせて、挙句の果てには、シンデレラをたぶらかした!」
魔女は肩を震わせながら怒り、それでもなお、鞭でリオンをぶつのをやめなかった。
「はぁ……はぁ、これはそんなお前に対する罰さね」
魔女は息を乱しながらも不気味に笑う。
「あたしはこの世界の全部を見ていたからね。あんたが舞踏会に向けて踊りを一生懸命に練習していたことも、町中だけでなくお城の方にまでその華麗な踊りが噂されていたことも全部知っていたのさ」
魔女はリオンを睨みつけながら言葉をぶつける。
「万が一それで王子様の目にお前がとまってしまったら……これ以上、この世界をかき乱して物語に影響がでちまったらたまったもんじゃないからね。あんたをこうして馬にしてやったのさ」
魔女の言っていることは何一つ理解することが出来なかった。
それはつまりこの世界でリオンがやってきた行為の否定であり、意地悪なシンデレラの姉として唯一の晴れ舞台である舞踏会に対する彼女の思いを踏みにじるような内容だった。
「さて、主人公を舞踏会に連れていく為に家に向かおうか」
魔女は不気味に笑いながら鞭で馬になったリオンの肌を激しく叩きつける。馬の声で悲鳴を上げるが、魔女はその手を緩めることはなかった。
「ほら、急がないとあんたのせいでシンデレラが舞踏会に行けなくなっちまうよ、それでもいいのかい?」
なぜこんなことになってしまったのか、リオンは分からなかった。それでも魔女の言ったシンデレラという大切な妹がこのままでは舞踏会に行けなくなるというセリフだけは理解することが出来てしまう。
彼女が舞踏会に行けなくなる……それだけは阻止しなければいけない。そう思ったリオンは魔女に言われるがまま、馬の姿で自分達の家に向かって歩き始めた。
(わからない……どうしてこうなってしまったの……)
彼女の声にならない叫びは誰にも届くことはなかった。
◇◇◇
「何か言いたげな目だね、当ててやろうかい?」
魔女はわざとらしく質問をするが、リオンは何も言葉を発さない。
「シンデレラの姉が舞踏会に参加しなくて物語が破綻しないかってところだろう?」
魔女は挑発的にリオンに話しかけるがリオンはそれでも言葉を発しなかった。
大丈夫さ、と一言つげて魔女は加えて言葉を続ける。
「意地悪なシンデレラの義母ともう一人の意地悪なシンデレラの姉が既に舞踏会にいるだろう、つまりお前が舞踏会に参加しなくても物語に影響は出ないのさ」
魔女はリオンに指をさしながら宣言する。実際に今シンデレラの物語の中で意地悪なシンデレラの姉が一人、舞踏会に参加していなくても世界が崩壊する予兆の灰色の雪は空から降っていなかった。
「お前の役割は終わったんだよ。物語の中でもうお前は用済みなのさ!」
大声で魔女は笑う。
意地悪なシンデレラの姉など所詮はその程度の存在だった。
今日この日の為に向けて努力を続けていた「意地悪なシンデレラの姉」の一人が舞踏会に行かなくとも世界に支障をきたさない。
リオンなどいてもいなくても変わらない存在である。残酷な現実を世界と目の前で笑っている魔女に突きつけられた。
リオンは両手で自身の体を抱きかかえるようにしながら全身を震わせていた。
こんな事になるとは想像もしていなかった。一体自身が何をしたというのか、世界に与えられた役割を、意地悪なシンデレラの姉という、決して報われない役割の中で懸命に生きてきたというのに、なぜ、なぜ、なぜ……
答えはどこにもなかった。この世界で舞踏会の当日、暗闇に呑まれた森の中、助けてくれる人間など誰もいるはずがなかった。
「……確かにその通りだな」
その時、森の茂みの奥から聞き覚えのある男性の声が聞こえてくる。
「あ……」
リオンは口を開く。しかし言葉はうまく出てこなかった。
二人の前に現れたのは外の世界からやってきた「頁」を持たない人間だった。
リオンの回答はまるで期待していたものだったかのように魔女は再び笑う。
「残念、もうそんな時間もないのさ」
魔女はそういって閉めていたカーテンを開ける。ここがどこかはわからないが、日の光はなく、オレンジ色に染まった空が時はすでに夕方であることを示していた。
「嘘……私、どれだけの間、意識を失っていたの?」
その光景をみてリオンは愕然とする。それと同時に今宵の舞踏会の事を思い、焦る思いが強くなる。
「あなたとの会話はもういいわ、いいから早くこの縄をほどきなさい」
「嫌さね」
魔女はあっけらかんとした態度でリオンの言葉を否定する。その様子を見てリオンはいらだち、声を荒らげて奮起しようとする、その一瞬だった。
「もう一度言うよ、シンデレラを舞踏会に連れていくための馬を用意することが出来なかった」
今度は冷徹に、それでいて悪意を含むような口調で魔女はリオンの言葉を遮った。
「何を言っているの、そんな事よりも、いいから早くこの縄を……」
そこまで言いかけて魔女の言葉の意図を理解する。その様子を見た魔女は満足そうに歪み切った笑みをしながら一つの提案をしてきた。
「今夜シンデレラを舞踏会につれていくための馬が足りていない。それならお前を馬に変えてしまえばいい、そうだろう?」
即座に断ろうとしたが、口をはさむよりも先に魔女が持っていた杖から光が発せられ、リオンは魔法をかけられてしまう。
「この魔法は今夜シンデレラを舞踏会に導くまで解けないようにしてある。お前は馬としての役割を果たすしかなくなったんだよ」
既に馬の姿に変えられたリオンは言葉を返すことも出来なくなっていた。
「なぜこんなことをしたのか、聞きたそうだね?」
魔女はそう言うと鞭を手に持ち、馬の姿になったリオンめがけて振り下ろした。
「決まっているだろう、お前が、シンデレラの物語を、大きく、乱していたからだよ!!」
言葉を放つ度に馬の姿に変えられたリオンは鞭で全身を叩かれた。
「お前は意地悪なシンデレラの姉を、演じるだけで、よかったんだ、それなのに、本来役割のない町の住人達まで、勝手に役割をもたせて、挙句の果てには、シンデレラをたぶらかした!」
魔女は肩を震わせながら怒り、それでもなお、鞭でリオンをぶつのをやめなかった。
「はぁ……はぁ、これはそんなお前に対する罰さね」
魔女は息を乱しながらも不気味に笑う。
「あたしはこの世界の全部を見ていたからね。あんたが舞踏会に向けて踊りを一生懸命に練習していたことも、町中だけでなくお城の方にまでその華麗な踊りが噂されていたことも全部知っていたのさ」
魔女はリオンを睨みつけながら言葉をぶつける。
「万が一それで王子様の目にお前がとまってしまったら……これ以上、この世界をかき乱して物語に影響がでちまったらたまったもんじゃないからね。あんたをこうして馬にしてやったのさ」
魔女の言っていることは何一つ理解することが出来なかった。
それはつまりこの世界でリオンがやってきた行為の否定であり、意地悪なシンデレラの姉として唯一の晴れ舞台である舞踏会に対する彼女の思いを踏みにじるような内容だった。
「さて、主人公を舞踏会に連れていく為に家に向かおうか」
魔女は不気味に笑いながら鞭で馬になったリオンの肌を激しく叩きつける。馬の声で悲鳴を上げるが、魔女はその手を緩めることはなかった。
「ほら、急がないとあんたのせいでシンデレラが舞踏会に行けなくなっちまうよ、それでもいいのかい?」
なぜこんなことになってしまったのか、リオンは分からなかった。それでも魔女の言ったシンデレラという大切な妹がこのままでは舞踏会に行けなくなるというセリフだけは理解することが出来てしまう。
彼女が舞踏会に行けなくなる……それだけは阻止しなければいけない。そう思ったリオンは魔女に言われるがまま、馬の姿で自分達の家に向かって歩き始めた。
(わからない……どうしてこうなってしまったの……)
彼女の声にならない叫びは誰にも届くことはなかった。
◇◇◇
「何か言いたげな目だね、当ててやろうかい?」
魔女はわざとらしく質問をするが、リオンは何も言葉を発さない。
「シンデレラの姉が舞踏会に参加しなくて物語が破綻しないかってところだろう?」
魔女は挑発的にリオンに話しかけるがリオンはそれでも言葉を発しなかった。
大丈夫さ、と一言つげて魔女は加えて言葉を続ける。
「意地悪なシンデレラの義母ともう一人の意地悪なシンデレラの姉が既に舞踏会にいるだろう、つまりお前が舞踏会に参加しなくても物語に影響は出ないのさ」
魔女はリオンに指をさしながら宣言する。実際に今シンデレラの物語の中で意地悪なシンデレラの姉が一人、舞踏会に参加していなくても世界が崩壊する予兆の灰色の雪は空から降っていなかった。
「お前の役割は終わったんだよ。物語の中でもうお前は用済みなのさ!」
大声で魔女は笑う。
意地悪なシンデレラの姉など所詮はその程度の存在だった。
今日この日の為に向けて努力を続けていた「意地悪なシンデレラの姉」の一人が舞踏会に行かなくとも世界に支障をきたさない。
リオンなどいてもいなくても変わらない存在である。残酷な現実を世界と目の前で笑っている魔女に突きつけられた。
リオンは両手で自身の体を抱きかかえるようにしながら全身を震わせていた。
こんな事になるとは想像もしていなかった。一体自身が何をしたというのか、世界に与えられた役割を、意地悪なシンデレラの姉という、決して報われない役割の中で懸命に生きてきたというのに、なぜ、なぜ、なぜ……
答えはどこにもなかった。この世界で舞踏会の当日、暗闇に呑まれた森の中、助けてくれる人間など誰もいるはずがなかった。
「……確かにその通りだな」
その時、森の茂みの奥から聞き覚えのある男性の声が聞こえてくる。
「あ……」
リオンは口を開く。しかし言葉はうまく出てこなかった。
二人の前に現れたのは外の世界からやってきた「頁」を持たない人間だった。
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