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27話 消えたガラスの靴

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「号外、号外!」

 町中にチラシが配られ、声が響き渡る。チラシには大きく「舞踏会開催」という文字が書かれていた。

「いよいよ舞踏会が開かれるよ!開催は二日後だ!」

 町中が舞踏会の話題で持ち切りだった。

 グリムは昨日リオンと交わした約束を守るためにシンデレラの家の外まで訪れていた。

「……遅いな」

 家の中からリオンが出てくる気配は一向になかった。
 グリムは窓から家の中をのぞいてリオンがいないか確認する。

「今朝は一切仕事していないなんてどういうことだい!!」

 義母はそう言いながら手にしていたはたきでシンデレラの頭を叩いた。

 今まで以上にシンデレラに対する仕打ちはエスカレートしていた。

「……?」

 昨日までと異なるのはリオンの手助けがなくなっていた。

 ……というよりも今日はリオンがいなかった。

「……どういうことだ?」

 グリムはその風景を見て疑問に思う。リオンがいないこともそうだが、はたから見て明らかにシンデレラの様子がおかしかった。もともと大人しい彼女だが、今の彼女は目の前の意地悪な義母ともう1人の姉ではな他の何かに怯えているように感じた。

「さぁ、舞踏会に来ていくためのドレスでも選びに行こうかしらね。シンデレラは家の掃除よ、埃一つ残すんじゃないわよ」

 もう何度も聞き飽きたようなセリフを言い捨ててシンデレラの継母と姉は外へと出ていく。

 義母やもう一人の姉と顔を合わせる理由もない為、グリムは家の陰へと隠れた。

 姉たちが見えなくなると再びシンデレラの家の扉が開き、掃除をするように言われたはずのシンデレラが出てきた。義母たちに言われた約束を破ってまで外に出た彼女にグリムは違和感を持つ。

 シンデレラは家の中にいた時と同じように不安そうに顔を青ざめて辺りをきょろきょろと見渡していた。

「どうしたんだ」

 シンデレラに話しかけようと近づく。シンデレラはおどおどしながらグリムの目の前に来ると、震えるようにか細い声で何かをつぶやき始めた。

「その……あの……わたし、わたし……」

「落ち着くんだ」

「私……どうしたら……どうしたら」

 グリムの言葉は目の前のシンデレラに届いていなかった。

「大丈夫だから……」

 グリムがシンデレラの肩に触れた瞬間、びくっと体が反射し全身を震わせる。目元には涙を浮かべ始めた。

「ごめんなさい……ごめんなさい」

 言葉どころか今目の前にいるグリムに気づいているのかも怪しかった。何かにおびえて動揺している。まずはこの状態を解かないと話も出来ないとグリムは判断する。

 小さく息を吐くとはっきりと彼女の耳に通るように、落ち着いたトーンで彼女の名前を呼んだ。

「シンデレラ」

「は、はい……あれ、グリムさん?」

 ようやく声が届いたらしく、顔を上げてこちら側を見る。グリムがいることを認識したのか先ほどまでのうつろな目から正気を取り戻していた。

「落ち着いて、まずはゆっくり深呼吸」

「あ……はい」

 グリムの言葉に従ってゆっくりと呼吸を整える。

「そんなに慌てて一体どうしたんだ?」

 ゆっくりとシンデレラに質問する。シンデレラは震える声で絞り出すように言葉を発する。

「目が覚めたら……な、無くなっていたのです」

「無くなった?」


「が、ガラスの靴が無くなったのです!」


    ◇

 シンデレラの物語において外せないキーアイテム。

 それは間違いなく舞踏会へと導き、王子様との運命を結ぶガラスの靴だろう。

 この世界の物語ではシンデレラの靴は魔女が用意するものではなく、本当の母親から譲り受けた形見の品であり、初めから彼女の手元にあった。ガラスの靴の代替は当然存在しない。

 そのガラスの靴が、舞踏会の開かれる二日前になくなってしまったとシンデレラは告げた。

「き、昨日の夜までは確かに戸棚にありました。でも朝目が覚めたらなくなっていて……」

 シンデレラは少しずつ落ち着きを取り戻しながら言葉を紡ぐ。

「……まず最重要確認だ。ガラスの靴が無くなった事を知っているのは俺とシンデレラの二人だけで間違いないな?」

「は、はい。このことを誰にも言っていません」

 シンデレラはグリムの問いに答える。

 数日前にグリムから別のシンデレラの世界の崩壊を耳にしていたせいもあってつい先ほどまで一人で抱え込んでパニックになっていたわけだ。
 結果としてシンデレラはむやみにその事実を周りに言うことはしていなかった。

「それなら物語がすぐに崩壊することは無いはずだ」

 世界の崩壊を予兆する灰色の雪は降ってはいない。グリムの言葉を聞いてほっとシンデレラは一瞬だけ胸をなでおろす。

「昨日あれから家の外に出たか?」

「出ていません」

「見間違えただけでガラスの靴がまだ家の中にある可能性は?」

「ない……と思います。朝目が覚めて部屋中を探しましたが、見つかりませんでした」

「そうか」

 グリムは状況を整理する。彼女の話を聞く限りではガラスの靴は家の中で消失したことでほぼ間違いはない。他の村人の家ならば分からないが、シンデレラの家に自由に出入り可能な人間は限られる。もし靴を盗んだ者がいるのならば自然と犯人は絞られる。

「ひとまずシンデレラ、君は家に戻るんだ」

「そ、そんな、でも……」

 シンデレラの言葉を遮るようにグリムは話す。

「物語は本格的に始まろうとしている。継母の言いつけを守らずに町の中を歩く君の姿を住人たちが見たら……危険なのは君自身なんだ」

「あ……」

 このままではシンデレラが物語に反した行動をしていると世界に判断されて燃えかねない。それだけは避けなければいけない。

 シンデレラはグリムが言いたいことを理解したようだった。

「で、でも私どうすれば……」

「もう一度家の中を探すんだ」

「え?」

「例えば……意地悪な継母と姉たちがシンデレラの大切にしていたガラスの靴を家のどこかに隠してしまったとしたら?」

「な……なるほど」

 可能性としてなくはない話だった。意地悪をしたというのであれば物語に反する行為ではなく、意地悪な継母たちが燃える理由にもならない。それでいてこの世界の物語が普通に進行していることにも辻褄が合う。

「で、でもお母様達が家の外にガラスの靴を隠してしまったとしたら?」

 あり得ない話ではないとグリムも考える。シンデレラの継母達は与えられた役割として意地悪をしている反面、与えられた役割に対して恨みを持ってシンデレラに接していた。

 自分が主人公ではない役割を演じる事に我慢ができずにガラスの靴を持ち出した。それこそ以前訪れたシンデレラの世界のような結末になりうる状態でもあった。

「俺が今から継母達を追いかける」

 もし仮にガラスの靴を持っていたとしたら俺が取り戻してくる、とグリムは説明する。

「あ、ありがとうございます」

 シンデレラは深くお辞儀をすると家の中に戻っていった。


 リオンの手助けをするだけのつもりだったグリムはまさか物語に深く関わることになるとは思ってもいなかった。
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