上 下
13 / 161

13話 買い物

しおりを挟む
「それじゃ、いきましょか」

 時間通りに来たリオンと共に町の中を歩く。他に用もなかったグリムは昨夜彼女に言われた通りに今日は買い物に付き合うことにした。

「今朝あの子を講習場に連れて行ったら講師が腰を抜かしていたわ」

「そりゃそうだ……」

 いきなり一般の住民の家にこの世界の主人公が来て、しかも踊りを教えてほしいと言われたらそうなるだろうとグリムはあきれて声も出なかった。

    ◇

「着いたわ」

 リオンに連れられて歩くこと数分、大きな看板に衣類の絵が描かれたお店の前に到着する。

「ここは仕立て屋か?」

 リオンはそうよ、と肯定するとドアを開ける。後に続くようにグリムも店内に入った。

「やぁ、いらっしゃい」

 店主がグリムとリオンを迎え入れる。店内を見渡すと荘厳なドレスがマネキンたちに着飾られていた。

「頼んだドレスはできているかしら?」

 リオンが店主に話しかける。店主は相変わらず人使いが荒いなぁと言いながら部屋の奥から一着のドレスを持ってきた。

「ここの店主は服屋という役割なのか?」

 気になったグリムは受け取ったドレスを真剣な目で確認しているリオンに聞く。

「ダンス講習の人と同じで別に服屋でもなんでもなかったわ。ただ服をこしらえるのがほかの人よりも上手だったから、どうせなら舞踏会の衣装を作ってもらいたいと思っただけよ」

「おかげで俺もいっぱしの仕立て屋さ」

 店主は不満ではなく満足げに息を吐いた。その様子は前日に出会ったダンスレッスンの講師と同じものだった。

「さっそく着替えてみるわ……言っておくけど覗いたらぶっ殺すわよ」

 そう言うとリオンは衣服やの奥の部屋に入っていった。

「彼女のおかげで何人もの人たちが生きがいを持つことが出来た」

 ふくよかな体系をゆらしながら男性の店主がリオンを待つグリムに話しかけてくる。

「その話はもうすでに別の人から聞いたよ」

 店主はそうかい、とリオンが他者に役割を与えている行為を知っているかのような反応を示す。
 一体何人の人間に彼女は関わっているのかとグリムは改めて彼女に感心する。

「君は「白紙の頁」を持った人間かい?」

 正確には違うが、いちいちすべての人間に説明するのも面倒なため、無言で肯定したような態度をとる。

「役割を与えてくれる彼女に君も何か役割をもらったらどうだい?」

 店主の冗談とも本気とも言えない提案にグリムは肩をすかして笑う。

「ねぇ、グリムどうかしら?」

 着替えを終えてドレスに身を包んだリオンが颯爽と奥の部屋から現れる。

「てっきりもっとド派手なドレスを着るのかと思ったよ」

 リオンが来ているドレスはいくつかのバラの花の刺繡が入った大人びた赤色のドレスだった。

「あなた私の印象どう思っているのよ」

「人使いの荒いおせっかい」

「……もしかしなくても馬鹿にしてる?」

「さあな」

 グリムがそう言うとリオンは下唇を軽く突き出してむっとする。からかわれていることが気に食わないようだった。

「このドレス気に入ったわ。さすが私の見込んだ仕立て屋ね」

「それはどうも、俺も舞踏会に参加する女性のドレスを作ることが出来てうれしいよ」

「また舞踏会の開催日が決まったら服を取りに来るわ、それまではここで保管お願いね」

 ついでに舞踏会に参加する娘たち全員に腕のいい仕立て屋がいることを紹介するわ、とリオンが言うと店主は連日徹夜で仕立てかなと冗談を言って嬉しそうに笑った。

「じゃあまた着替えるわ、グリムはそこで待っていなさい」

 着替えに戻ってから今度は5分ほどで元の格好になって戻ってきた。

「次は隣の家のアクセサリー屋にいくわよ」

「まさか次の人間もお前が?」

「なによ、ただ手先が器用な人だったから装飾品を作ってみたらと提案しただけよ」

 グリムは彼女が町の人全員の役割を決めているのではないかと思えてしまう。

 今日何度ついたかわからないため息を吐きかけたが、リオンの嬉しそうな笑顔を見て呑み込むと彼女と共に次のお店に入っていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...