リリオ

蓮見ぴよ子

文字の大きさ
上 下
12 / 19
始まりの小さな花 / 全10話

09 さまよっていた日々のこと

しおりを挟む
 その日から歌うことをやめた。
 歌えるような気分じゃなかった。

 それでも公園には通い続けたけど。

 心のどこかで期待していたのかもしれない。
 友梨ちゃんが来てくれるんじゃないかって。
 そんな可能性に俺は縋ってたんだ。

 あれから、どれくらい経ったんだろう。
 日にちなんて数えてないから覚えていない。

 ある日、友梨ちゃんの友だち『だった』子にその後の話を聞いた。
 記憶を失ったこと以外の問題はなかったけど記憶が戻ることを期待してはいけないということ。
 記憶が戻るか、戻らないかの可能性の話なんかじゃなくて、それがあの子にとっては負担になるから。

 皆は自分のことを知ってるのに自分は皆のことが分からない。友だちだけじゃない。自分の家族のことでさえも。

 それがあの子にとって、どれだけ辛いことだったか。
 あの子の周囲の人たちにとって、どれだけ辛いことだったか。

 そんな状態だったから自分のことを知らない人が多い土地の方が生きていきやすいんじゃないかってことで、引っ越し先を誰にも告げることなく友梨ちゃん一家は引っ越していった。

 それからの俺は自暴自棄もいいとこで。

 それまではサボりながらも行ってた学校に全く行かなくなった。
 バンドの練習にも顔を出さなくなって呆れたドラマーがバンドを抜けていった。

 そいつを責めることなんて俺にはできない。
 本当は俺が責められるべきなんだから。

 バンドのことも、友梨ちゃんのことも。
 俺が責められるべきなんだから。

 俺は友梨ちゃんから全ての記憶を奪って、家族からも、友だちからも、あの子を奪ってしまった。

 そんな俺がなにかを楽しむなんて、できるはずがなかった。
 なにかに一生懸命になるなんて、できるはずがなかった。

 それから半年近くもの間、俺は自分を責める以外のことができなかった。
 あの公園にも行けなくなって、ぼーっと街をさまよい歩く日々。

 そんな日常の中で、ふと、橋の上で立ち止まった。
 そのまま引き寄せられるかのように川に――飛び込んだ。

 あの時、どうしてそんなことをしたのか。
 今になっても分からない。

 気がついたら水の中。
 死のうとしたわけじゃない。
 死にたいとは思ってなかった。
 でもこのまま死んでもいいかとは思った。

 だけど。

 薄れてく意識の中で聞こえたんだ。

 それは俺の願いだったのか。
 俺を救ったあの子の言葉。

『お兄ちゃんの歌、好きだよ』

 やっぱり死にたくない。

 そう思った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

思い込み激しめな友人の恋愛相談を、仕方なく聞いていただけのはずだった

たけむら
BL
「思い込み激しめな友人の恋愛相談を、仕方なく聞いていただけのはずだった」 大学の同期・仁島くんのことが好きになってしまった、と友人・佐倉から世紀の大暴露を押し付けられた名和 正人(なわ まさと)は、その後も幾度となく呼び出されては、恋愛相談をされている。あまりのしつこさに、八つ当たりだと分かっていながらも、友人が好きになってしまったというお相手への怒りが次第に募っていく正人だったが…?

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

さよならの合図は、

15
BL
君の声。

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした

雨宮里玖
BL
《あらすじ》 昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。 その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。 その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。 早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。 乃木(18)普通の高校三年生。 波田野(17)早坂の友人。 蓑島(17)早坂の友人。 石井(18)乃木の友人。

家族になろうか

わこ
BL
金持ち若社長に可愛がられる少年の話。 かつて自サイトに載せていたお話です。 表紙画像はぱくたそ様(www.pakutaso.com)よりお借りしています。

処理中です...