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幕間Ⅱ -悪女は微笑む-
#045.隣国姫の嫁入り <上>
しおりを挟むミッドガルド王国――≪王都ガルディア≫――
その中央には荘厳華麗な白亜尖塔の≪王城≫が聳え建ち、その周囲には”巨鬼の進撃にすら耐え得る”と云われる堅牢絶壁な”四重の城壁”と、王都住民が暮らす”三層の市街地”が築かれる――その威容は、まさに人類最大の”城塞都市”と云えよう――。
――”第一王子殿下、御婚約…万歳…ッ!!”――
――”フィオナ姫、御婚約…万歳…ッ!!”――
そして今、≪王都≫の正面門から≪王城≫へと”四重の城壁”と”三層の市街地”を貫くように敷かれた”中央街道”を――王都住民の熱狂的な歓声と、歓迎の紙吹雪が華やかに埋め尽くしていた。
そんな大観衆が街道沿いを埋め尽くす中、感謝の意を示すように御手を振りながら”中央街道”を行進するのは――王国の友好隣国≪砂漠国モレク≫を象徴する”砂漠狼”に騎乗した従騎士隊と、神輿車に乗った≪隣国姫君フィオナ≫であった――。
◆◇◆
◆幕間Ⅱ後篇 -隣国姫の嫁入り-◆
◆◇◆
(むう、国賓を迎える見事な活況ぶりだな……。かつて≪第八王子≫のボウズは”街の活気は国力の顕れ”とか言っておったが……やれやれ、さすがは”中つ国”……彼我の国力差はここまで拡がっておるか……)
”砂漠狼”に騎乗した従騎士隊長は、街道沿いを埋め尽くす大観衆に向けて挙手敬礼にて感謝の意を示しながら――心の中で小さく嘆息した。
(三年前、我が国の領土にあの伝承級魔獣――【赤き魔竜】――さえ復活せねばな。祖国復興の道のりは些か遠きに過ぎる。まあ…その”魔竜退治”のおかげで、姫様は≪第八王子≫のボウズに出逢えたわけだが……)
従騎士隊長の”男”はそう思い沈みながら――”砂漠狼”の手綱をギリリッと握り締めた。
その”男”――齢五十路の”壮年”ながらギラリと鋭い眼光、砂毛色の髪には”狐耳”がヤサグレ立ち、浅黒い荒肌は筋骨隆々に膨れる”偉丈夫”ぶり――。
三年前、伝説の勇者≪第八王子≫とその仲間達――≪女騎士≫や≪聖女≫や≪女賢者≫らと共に”徒党”を組み、≪砂漠国モレク≫で暴れ回っていた伝承級魔獣――【赤き魔竜】を見事に退治してみせた”砂漠の英雄”――
彼こそは”妖狐九尾”の血が混じると謂われる【狐獣人族】の末裔にして≪砂漠国モレク≫の将軍、今世ただ三人のみ在位する”剣聖”として大陸最強と冠される男――≪砂狐剣聖ロンメル≫――である。
(おい≪第八王子≫のボウズ……お前が失踪したと噂されてから既に四ヶ月だぞ。お前ほどの男が、たまたま道端で出くわした魔獣にやられるなぞ……俺には到底信じられん)
≪砂狐剣聖≫将軍は小さく唸りながら、すぐ傍らを行進している神輿車――その台座に腰掛け、王都住民の大観衆に御手を振って微笑む≪隣国姫君≫をチラリと見遣った。
≪砂漠国モレク≫現国王の愛娘――≪隣国姫君≫――
艶やかな褐色肌に紫丁香花の様な淡い色彩に輝く美髪、絹布織りの民族衣装をふわりと身に纏う御姿は”踊り子”の様に扇情的でありながら貞淑高貴な彼女の気品を漲らせている。
≪第八王子≫と同じ齢十八歳にして”砂漠国の宝石”と賞される絶世の美少女――だが、その美しい微笑みが”憂い”に陰っているのを≪砂狐剣聖≫は見逃さなかった。
(おいッボウズ、生きているならさっさと顔を出しやがれ。このままだと姫様は……あの≪第一王子≫と結婚しちまうぞ…ッ…)
≪砂漠国モレク≫――
異世界大陸の南域に広がる≪悠久の砂漠≫を古来より統治する王政国家――元来”砂漠国家”という地政学面から自然資源に乏しく、傭兵輸出産業にて大陸覇権を掌握してきた”軍事国家”だ。かつては大陸盟主の超大国であったが、数百年の歴史下に幾度となく”伝承級魔獣”の襲撃に遭い、近世ではその国威に陰りが見えていた。
そして三年前の【赤き魔竜】襲撃事件により、領土領民の過半を失う大損害を被った≪砂漠国モレク≫は――今や大陸盟主の座を”中つ国”に譲り、その救難支援を受けねば国政もままならぬ危機的状況にあった。
(俺はてっきり…お前が姫様と結婚するものと思っていた。国王もお前の才覚を御認めになり…我が国の”後継者”として”婿取り”をも御考えだったのだ。そして何より…姫様は…お前のことを誠に好いていたんだぞ…ッ)
此度の婚約締結と相成った≪第一王子≫と≪隣国姫君≫による”結納の儀”も――≪砂漠国モレク≫に暮らす国民の貧困救済を思えばの”苦渋の決断”である。
(確かに≪第一王子≫の若造は、政治手腕に優れる為政者だが……”黒い噂”も絶えんしな。此度の救難支援を天秤に掛けさせる”婚約申出”と云い…気に喰わん輩だ…ッ)
≪砂狐剣聖≫将軍はギシリと歯噛みすると――”砂漠狼”の騎乗鞍に座したまま、遙か高く城塞壁に囲まれた蒼穹の空を見上げた。
(ああ神よ…俺は初めてお前に祈る。姫様が”嫁入り”される前に……あのクソ生意気な≪第八王子≫のボウズに、姫様を攫いに来させてくれ……ッ!!)
◆◇◆
≪隣国姫君≫御入国の行進から三日後――
両王家の儀礼に則り”結納の儀”が無事に執り行われ、ついに≪第一王子≫と≪隣国姫君≫による”御婚約の契り”は締結された。
尚、正式な”御成婚の儀”に関しては≪第一王子≫殿下の”王太子”就任儀式を終えてから――という結びに相成る。
これは両国王が、現在失踪中の≪第八王子≫帰還を待ち望んでの”時間稼ぎ”である事は明白であり――この締結事項が≪第一王子≫の機嫌を損ねたのは言うまでもない。
(――にも関わらず、あの≪第一王子≫の若造は……毎夜の度に”婚前の夜伽”を姫様に求める不埒ぶり…ッ、ここが”中つ国”宮中でなければ、とっくに斬り捨てるところだ…ッ)
≪砂狐剣聖≫将軍は苛立ちを隠せぬまま、ズカズカと≪王城≫の廊下を足蹴に歩き進む。
(ぬう……”嫁入り道具”と称する我ら傭兵団を、よもや堂々と≪王城≫内殿に招き入れる豪胆さ。ここ数日間で出逢った者達…――竜の血族と伝承される”中つ国”の現国王≪ユーサーフェンドラゴン≫陛下や、二十年前に出没した【巨鬼王】と”巨鬼”の軍勢を駆逐した人族の大英雄≪王国騎士団長≫殿などは、噂に違わぬ傑物であったが……その後継者が”あれ”では、両国の未来は嘆かわしいものぞ…ッ)
苛立ちに冠を曲げた≪砂狐剣聖≫将軍は、そのまま城内を荒々しく踏み歩くと――ようやく”目的地”に到着する。
(むう…いかんな、気を鎮めねば。この場所で何か問題を起こせば……両国間で戦争に為りかねん)
≪砂狐剣聖≫将軍は呼気を整えると……ミッドガルド王国の”王族子女”らが暮らす≪王城≫最奥の白亜尖塔――≪奥塔≫――その正門扉を守衛する”竜灰色”の軍服を着た女親衛隊に”用向き”を伝えた。
「我は貴国友好にある≪砂漠国モレク≫は将軍≪砂狐剣聖≫と申す。御覧の通り武具なしの”無手”である。本日は、貴国王が御正室――第一王妃≪エリザバートリィ≫陛下より――茶会の御誘いを賜りて参上した。御目通りを願いたい」
◆◇◆
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