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第一章 -村娘凌辱篇-
#002.豚頭鬼には死を
しおりを挟む俺の肉体が【豚頭鬼-オーク-】に変異してから、早くも1ヶ月が経過した――
幸運にもと言うべきか、不運にもと言うべきか、俺は”人間としての理性”を失う事なく、まだ生きていた。
『いっその事、理性を失ってしまえば楽になれるかもしれないけどな……』
俺は溜め息まじりに、豚鼻を鳴らして『ブヒブヒ』と独りごちる。
……いや仕方ないんだって、人間とオークでは声帯の構造が違うんだもの。俺には加護≪異世界言語・全≫があるから、人間語もオーク語も理解できるはずなのに、現状だと人間語を喋る事が出来ないんだよ……。
くそぅ、今の俺は残念ながら外見的には完全に【豚頭鬼】だ。中身が人間である事を証明しようにも、意思疎通の要である”会話”が出来ない。まさかモンスターを相手に筆談してくれる者も居ないだろう。つまりこの【豚頭鬼】の肉体のままでは、俺が切望する”人間社会への復帰”も絶望的という事だ……こん畜生め。
いや、今はそれよりも…――
『くそっ! レベルカンスト状態のまま、能力値だけが初期値化されるとか、マジで無理ゲーだろう!?』
俺は自身の【魂の黙示録】を閲覧しながら再び豚鼻を鳴らす。
◆
【氏名】クリストファン=カーディナル
【種族】オーク<階級C:族長>【性別】♂ 【年齢】18歳
【魂の位階】Lv100(MAX)
【神の加護】≪異世界言語・全≫ ≪経験値倍増≫ ≪帝王の器≫ ≪魅了≫
【能力値】耐久値:D+ 筋力値:E 敏捷値:G
器用値:F+ 魔導値:H 幸運値:H+
【種族特性】≪怪力≫ ≪集団統率≫
【職業】-消失-
【職業特技】-消失-
◆
俺がまだ人間の≪冒険者≫だった頃――
モンスターを狩りまくった俺は、女神様から貰った加護≪経験値倍増≫の効果もあって経験値を荒稼ぎした。そして、自身の【魂の位階】をさっさと最大値Lv100まで成長させ、【能力値】及び【職業特技】も最大限まで強化させていた。
ところが俺の種族が【豚頭鬼】に変異すると――人間の【種族特性】である≪職業制度≫が消失してしまった。当然ながらこれまで俺が習得&覚醒強化してきた【職業特技】も全て諸共にだ。ひ弱な人間が異世界の魔獣共と渡り合えてきた最大の理由にして、”全種族最強”と謳われる人間の【種族特性】を失ってしまったのだ!
しかも俺の肉体が【豚頭鬼】に変異した事で、筋力値や敏捷値といった【能力値】も全てオーク並みの初期値に下がってしまった。折角、俺が人類最強の≪勇者≫として全能力値S++まで強化してきたのに……うんツライ。
だが何よりも一番深刻な問題は――俺の【魂の位階】が最大値Lv100のままだったという事だ!
これがどうして問題かと言うと――通常だと、経験値をある基準値まで獲得する事で【魂の位階】が上昇=それに引っ張られる様にして【能力値】及び【種族特性】が強化されるからだ。
つまり現時点で【魂の位階】が上限値Lv100に到達した状態になっている俺は……今後ずっと【能力値】及び【種族特性】を強化する事が出来ないという事になるのだ。これは非常にマズイ!!
『この凶悪な魔獣がウジャウジャいる”剣と魔法の異世界”を……実質Lv1の能力値のまま、異世界最弱の【豚頭鬼】として生き抜かなきゃいけないのかよ……』
俺は思わず『ブヒィ~』と溜め息を漏らす。
ちなみに”異世界最弱”の代名詞と言えば【小鬼-ゴブリン-】を思い浮かべがちだが……事実は少し異なる。確かに【小鬼】の個体能力値は【豚頭鬼】よりも貧弱だが、奴らは組織行動を取る上に狡賢いため、実は結構厄介なモンスターなのだ。
それに比べて【豚頭鬼】は少しばかり膂力はあっても知能が低く、動きも鈍重であるため実は狩りやすい。新米冒険者にも”ゴブリンよりオークを狙え”と教えるぐらいだ。ついでに”オーク肉”は文字通り豚肉風味で美味しい。ゴブリンと違って可食部も多いため、冒険者のみならず他の肉食魔獣からも好んで狙われる。高い繁殖能力ゆえに頭数も多いので、異世界における”食物連鎖”では断トツの最底辺に位置する――それが【豚頭鬼】なのだ。ああ、哀れなオークに幸あれ……って今の俺だよ。
◆◇◆
ではこの1ヶ月間、このミッドガルド王国西域に広がる通称”魔の森”にて俺はどう生き抜いてきたかと言うと――第一王子の罠に嵌められた後すぐに、とあるオーク族の集落に運良く拾われたのだ。
実は今この時も、その集落で暮らす二十匹程のオーク達と一緒にいる。今日はオーク達と森で川魚を釣り、俺は木陰でまったり食休み中だ。ブヒィ。
ちなみにオーク達に魚釣りを教えたのは俺である。他にもいろいろと教えていたら……いつの間にやら、俺はこの集落のオーク族長<階級C>になっていた。
俺が【オーク族長】になって最初の命令――それは”人間を襲うな”だった。
第一王子への復讐心はいまだ燃え滾っているが、だからと言って無関係の人間を手にかけたくはない。ただの自己満足かもしれないが、そう思えるうちは”人間”でいられる気がするのだ……。
◆
そもそも【豚頭鬼-オーク-】とは何か――?
ピンク色の分厚い皮膚、異様に発達した筋肉、でっぷり肥えた腹、鋭い猪牙に突き出た豚鼻……うむ、そのまんま豚の化け物である。そこまで知性こそ無いが、人間の様に手足を扱える二足歩行型の生物であり、魔獣分類学では”亜人型モンスター”に類別される。
さて、この異世界には、獣耳&尻尾の生えた【獣人族-テリアン-】や手のひらサイズの【妖精族-フェアリー-】といった”亜人種”も多く存在する。それなのになぜ、ゴブリンやオーク等だけが”亜人型モンスター”と蔑称され、”人類の天敵”として忌み嫌われるのか――それには明確に理由がある。
亜人型モンスターには”雌”がいないのだ。
ゴブリンやオーク族は、その全てが”雄”で構成される。
ではどうやって繁殖するかと言えば――他の人間種族の”女”を攫い、犯し、孕ませる事で子孫を作るのだ。この時に孕まされる女性は通称”孕み袋”と云われ、その悲惨な凌辱後に産まれる子は、必ず”父寄り”の種族になるというおぞましい末路が待っている。そりゃあ”亜人型モンスター”が忌み嫌われるわけだ……。
ちなみに神学者曰く――人類を喰い物にするくせに人類の雌がいなければ繁殖もできない”亜人型モンスター”は支離滅裂な種族であり、これは神が人間に与えた”試練=滅ぼすべき害悪である”と説く。
『オークに生きる権利は無い、か……』
俺は暗澹とした気持ちを払いたくて『ブヒィー』と深呼吸する。
◆
ふとその時、俺は先日の出来事――森の中で【魔狼-ダイアウルフ-】に襲われていた村娘の少女を助けた事を思い出す。あの村娘ともやっぱり言葉は通じなかった。だが、それでも命を救い、村まで送り届けた俺に対して、あの村娘は何度も頭を下げて感謝していた。
そうだよ。確かにあの時、俺はあの村娘と”交流”できたんだよ……。
そうだよ。見た目は【豚頭鬼】でも俺は人間なんだ、きっと希望はあるはずだ!
よしっ、それならまずは……この”異世界”を絶対に生き抜いてやる!
俺の【魂の位階】が上限値Lv100に到達した状態になっているのは確かに困りものだ。しかし、最初はただのオーク<階級E>だった俺が、オーク族内で頭角を現すやオーク族長<階級C>に階級昇格し、≪集団統率≫という新しい【種族特性】を会得する事もできた。
つまり【種族】の階級昇格は【魂の位階】の成長に縛られず、しかも階級昇格すれば【種族特性】を強化できる事が分かった。これなら【魂の位階】が上限値Lv100に到達した俺でも強くなれるはずだ!
それに【豚頭鬼】の上位階級である【オーク将軍】や【オーク英雄】は知性も高く、人間語を理解できると聞いた事がある。ひょっとしたら対話も可能になるかもしれない!
『よしよし、何だかイケる気がして――』
そう俺が言いかけた瞬間――俺の眼前にいた仲間の頭が、血しぶきを撒き散らしながら爆散した。
◆◇◆
『な、何だぁ、何が起きたんだぁぁ!?』
『死んじまった、頭が爆発して死んじまったぁ!?』
『に、逃げろぉぉ!!?』
近くにいた同じ集落仲間のオーク達が、次々と叫びながら恐慌状態に陥る。
(今のは間違いなく、風属性魔法を纏わせた弓矢の狙撃だ。という事は、まさか――!?)
俺は狙撃手がいると思われる方角をジッと睨み探る――すると、森の木陰の中にかなりの人影が潜んでいる事が確認できる。くそっ最悪だ。もしも狙撃手の正体があの種族であれば、今の”一矢”は風を測るための弾着観測射撃だったはず……!!
『全員、物陰に隠れろ!!』
俺がオーク達に命令したその瞬間――風属性魔法の付与された弓矢が豪雨の様に降り注ぎ、オーク達の体躯を次々と爆散させていく!!
くそっ、樹木が鬱蒼と生い茂る視界不良の”魔の森”で、これ程の精密射撃を誇るのは――!?
俺は身を隠していた木陰から少し顔を覗かせると、遠くの木陰から弓矢を番えて斉射狙撃する者達を視認する。民族衣装を想わす狩猟服を身に纏い、その顔は輝く金髪に白磁の肌がとても美しい――そしてやはり目立つのは、そのピンッと長い耳であろう。
『あぁもう最悪だ。やはり【耳長族-エルフ-】だったか……!!』
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