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■第一部 R大学時代の友人「ワトスン君」の回想録より復刻

30.

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■30.八つの署名 -The Sign of Eight-



「もしも殺人鬼”切り裂きジャック-Jack the Ripper-”の正体が…――”アセルニ・ジョーンズ警部”――だったとしたら…ッ…!?」


 俺の言葉を聞いた瞬間、あいり先輩とめぐみが驚愕に息を飲む。
 そしてハッと我に返ると、自分達が持っている”資料ノート”の中身を慌てて確認し…――静かに頷き返した。

「た、たしかに…っ……」
「ワトスン君の言う通り、殺人鬼”切り裂きジャック-Jack the Ripper-”の正体が…――”アセルニ・ジョーンズ警部”だったとしたら……すべての辻褄がぴったり合うわね…ッ…!!」
 めぐみとあいり先輩と同意を受けて――俺たちは”答え合わせ”を開始する。


 ◇


 まずは――あいり先輩が”考察”してくれた、名探偵ホームズ達の活動履歴と”切り裂きジャック”事件の主な出来事を時系列で並記した二つの表――これが解決のヒントになっている。

 この二つの時系列表、よく見てみると――”切り裂きジャック”事件は九月の上旬・中旬と十月の下旬に、何も行動を起こさなかった一週間余りの――”空白期間”――があるのだ。
 そしてその”切り裂きジャック”事件の”空白期間”は…――ちょうど名探偵ホームズ達が応援を要請したことで”アセルニ・ジョーンズ警部”がロンドン市街を離れていた時期と合致している。

 名探偵ホームズ達が『四つの署名』事件を解決したのは――”七月または九月某日”――。
 そして『バスカヴィル家の犬』事件を解決するために、名探偵ホームズが”レストレイド警部らしき人物”――つまりは”アセルニ・ジョーンズ警部”に対して、首都ロンドンから英国南部ダートムアまで来るように応援要請したのは――”十月十九日”――。

 いずれの時期も”切り裂きジャック”は、…――。

 そうするとあいり先輩が”考察”したように、おそらく名探偵ホームズは『バスカヴィル家の犬』事件を捜査していた時期には――すでに”切り裂きジャック”事件の捜査を開始していた可能性が高いと思われる。
 ひょっとしたら――当時の英国首都ロンドンにて連続発生した十一件の娼婦殺害事件「ホワイトチャペル殺人事件」のうち、同一犯の犯罪とされる”売春婦五名の殺害事件”――『カノニカル・ファイブ-Canonical Five-』――つまりは”切り裂きジャック”の存在を見抜いたのは、ロンドン警視庁スコットランドヤードの捜査本部に協力していた――名探偵ホームズだったのかもしれない。
 当時流行していた――”出版代理人ドイル氏の名前『コナン-Conan-』のアナグラムから、ホームズシリーズ書籍を『聖典-Canon-』と呼称する行動様式”――との類似性を考慮すれば、名探偵ホームズが”切り裂きジャック”事件の捜査に関与していた可能性は誰にも否定できないだろう。


 さて、名探偵ホームズには、特筆すべき抜群の”推理の科学”があるが…――
 今回の”推理”で最も注目すべきは、殺害現場を丹念に調べ上げることで”犯人像”を詳細に推理した実績を数多くもっている点だ。名探偵ホームズは、殺害現場に残された”足跡の歩幅”から犯人の身長や体格・年齢を推理したり、他にも”筆跡や被害者の傷跡”から犯人の利き手を推理したりしている。
 例えば『緋色の研究』事件では、壁に書かれた血文字や足跡の歩幅などから――『殺人犯は男だ。犯人は身長が6フィート以上の壮年の男だ。背丈の割には足が小さい。ごわごわした爪先が角ばった靴を履いていて、トリチノポリの葉巻を吸う。犯人は殺された男と一緒に四輪の辻馬車でここに来た。その馬車を引いていた馬は、蹄鉄の3つが古く、右前足の一つが新しい。殺人犯はまず間違いなく血色のよい顔で、彼の右手の爪は非常に長い』――と”犯人像”を推理しているし、『ボスコム渓谷の惨劇』事件では、足跡や被害者の打撃痕から――『(犯人は)背の高い男だ。左利きで右足を引きずっている。分厚い靴底の狩猟用ブーツを履き、灰色のマントを着て、インドの葉巻を吸い、葉巻のホルダーを使う。ポケットに切れ味の悪いペンナイフを持ち歩いているな』――とやはり”犯人像”を詳細に推理している。

 そんな名探偵ホームズであれば、”売春婦五名の殺害事件カノニカル・ファイブ-Canonical Five-”の殺害現場から――”切り裂きジャックの犯人像”――を推理できた可能性も十分にあるのではないだろうか。

 そしてそう考えると、名探偵ホームズが――”切り裂きジャックの犯人像”――を推理できたのは、”切り裂きジャック”による第一、第二の殺害事件が起きた九月上旬か、新聞社に犯行声明文”親愛なるボスへ”が届いた九月末頃である可能性が高く…――。
 それはちょうど『バスカヴィル家の犬』事件の時に、名探偵ホームズが――”ちょうど今も『英国で最も尊敬される方々―”one of the most revered names in England”―』が『恐喝者―”blackmailer”―』によって名誉を汚されようとしているのです”――と告げた”あの時期”に符合するのだ。


 そして名探偵ホームズは『バスカヴィル家の犬』事件を捜査する中で――”アセルニ・ジョーンズ警部”と再会することになる。これがまったくの偶然なのか、それとも”切り裂きジャック”事件を捜査する中で『四つの署名』事件の時に知り合った”アセルニ・ジョーンズ警部”が捜査線上に浮かんだのか……それは今となっては分からない。
 しかし『バスカヴィル家の犬』事件の時に”アセルニ・ジョーンズ警部”と再会したのであれば……その時に名探偵ホームズが”切り裂きジャック”事件の真相を掴んだ可能性は高いように思える。

 そして事実として、『バスカヴィル家の犬』事件解決から約二週間後の一八八八年十一月九日――”切り裂きジャック”第五の殺人事件を最後に――ぱったりと”切り裂きジャック”事件は起こらなくなるからだ。


 おそらく名探偵ホームズは”切り裂きジャック”事件の真相を掴むまではいったが……犯人逮捕には至れなかった。そして捜査を進める中で、残念ながら”第五の殺人事件”を阻むことはできなかったが――その時ついに名探偵ホームズ達は、連続猟奇殺人”切り裂きジャック”――”アセルニ・ジョーンズ警部”の逮捕に成功した――。


 しかし当時の英国警察は、その事実を――――。
 なぜなら世界中を騒がせた連続猟奇殺人犯”切り裂きジャック”の正体が――”ロンドン警視庁-スコットランドヤード-”の警察官だった――と知れ渡ることになれば、それは英国警察の”信頼”の失墜を意味するからだ。

 こうして当時の”ロンドン警視庁スコットランドヤード”と名探偵ホームズ達は――”切り裂きジャック”事件の真相を秘匿することに決めた。事件の”真相”を知っていたワトソン博士は…――猟奇殺人鬼”切り裂きジャック”こと”アセルニ・ジョーンズ警部”が登場する『バスカヴィル家の犬』事件の公表を見合わせることにした。
 そして十三年後、ようやく『バスカヴィル家の犬』事件の公表を決意したワトソン博士は…――”アセルニ・ジョーンズ警部”の名前だけを”レストレイド警部”に書き換えた。だからこそ――”レストレイド警部”の外見的特徴が、”アセルニ・ジョーンズ警部”のような”屈強な身体つきのブルドック顔”と描写されてしまっていたのだ。

 これが『バスカヴィル家の犬』事件をワトソン博士が”十三年間”も公表しなかった”謎”…――
 その『バスカヴィル家の犬』事件に登場する”レストレイド警部らしき人物”の”謎”…――
 そして”切り裂きジャック”事件おける殺人鬼の”正体”…――その真相である。



  ◇◆ ◇◆◇ ◆◇



「ふふっ、素晴らしいな。いや実に興味深い”推理”だったよ…――」


 それまでの間ずっと…――
 俺たちの”推理”を静かに聞いているだけだった、
 森谷もりや研究室を代理統括する名物助教――”車楽堂しゃらくどうほむら先生”――は、
 うっすら微笑みながら、静かに言葉を告げた。


「君たちであれば資格は充分だろう。
 さあ受け取りたまえ…――私からの”挑戦状”だよ――」


■Next Episode...
■最後の挨拶 -Sherlockian’s Last Bow-

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