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■第一部 R大学時代の友人「ワトスン君」の回想録より復刻
28.<-Jack the Ripper->
しおりを挟む■28.八つの署名 -The Sign of Eight-
「ひょっとして……”切り裂きジャック-Jack the Ripper-”事件…ッ…!?」
あいり先輩の”言葉”が――研究室の渇いた空気に響き渡ったように俺は感じた。
”切り裂きジャック-Jack the Ripper-”事件――
十九世紀末の英国首都ロンドンにおいて、当時最も悪名高き貧民窟だった”ホワイトチャペル地区”で起きた娼婦連続殺人事件の俗称。新聞社に”切り裂きジャック-Jack the Ripper-”という署名付きの犯行声明文を送りつけ、英国首都ロンドンを恐怖に陥れた”猟奇殺人鬼”による凶悪犯罪事件。一八八八年四月三日から一八九一年二月十三日までの約三年間で、英国ロンドン市街”ホワイトチャペル地区”を中心に十一件の娼婦殺害事件が起きており、ロンドン警視庁は「ホワイトチャペル殺人事件-Whitechapel murders-」と総称して捜査を進めた――が、現代に至るまでその”猟奇殺人鬼”の正体は闇の中であり、世界で最も有名な未解決事件の一つである。
すべての娼婦殺害事件が”同一犯”とは確定しておらず、現代では”殺害した娼婦をバラバラに解剖解体する”特徴的な殺害方法から一八八八年八月末から同年十一月に起きた”売春婦五名の殺害事件”――”カノニカル・ファイブ-Canonical Five-”――のみが、確実に猟奇殺人鬼”切り裂きジャック-Jack the Ripper-”による犯罪事件だと云われている。
「いや、ほらっ、ただの偶然かもしれないけど…ッ…!!
ただ、わたしは今期の論文テーマを――”名探偵ホームズと猟奇殺人鬼ジャック・ザ・リッパーの真相究明”にしてたから、いろいろと調べてたのよね!」
あいり先輩は興奮したようにそう言うと、自身の鞄から”資料ノート”を取り出す。
あいり先輩の中で”何か”気づきがあったらしい。その高揚した表情がそれを物語っている。
俺とめぐみはチラッと視線を合わせると、何か面白いものが聞けるかもしれないと微笑み合う。
そして、あいり先輩が机上に広げた”資料ノート”に視線を落とす――と。あいり先輩が資料ノートの内容に関して説明を始めてくれた…――
◇
「まずは考察を説明するにあたり、前提情報を確認するわよ!
猟奇殺人鬼”切り裂きジャック”が殺人を犯した”売春婦五名の殺害事件”は、一八八八年八月末から同年十一月にかけて連続して起きているわ! そして前述の通り、その時期の名探偵ホームズ達は『四つの署名』事件や『バスカヴィル家の犬』事件の捜査に乗り出していたため――、世間一般的には、名探偵ホームズ達は”切り裂きジャック”事件の捜査にまで手が回らなかった、と言われているの!
果たしてその”見解”は正しいのか否か…――!?
まずは”切り裂きジャック”事件と云われる”売春婦五名の殺害事件”――『カノニカル・ファイブ-Canonical Five-』――関連の出来事を時系列で確認してみたわ!
ちなみに『カノニカル・ファイブ-Canonical Five-』という言葉は、直訳すると『正典の五つ』になるわね。これは全部で十一件の娼婦殺害事件が起きた「ホワイトチャペル殺人事件」において”切り裂きジャック”の犯罪を”聖書の正典”に喩え、その他の模倣犯罪を”外典”や”偽典”と揶揄した表現よ。このあたりも――著者ドイル氏の名前『コナン-Conan-』のアナグラムから、ホームズシリーズ書籍を『聖典-Canon-』と呼称する行動様式と類似性があって……当時の”切り裂きジャック”事件を捜査していた警察本部に”ホームズ自身”か”それに近い人物”が捜査協力していたんじゃないかと思っちゃうわね……。
あっ、話が脱線しちゃったわね。
まずはこれが、”切り裂きジャック”事件に関する”主な出来事”の時系列よ!」
【第一の殺人事件】
一八八八年八月三十一日。被害者:メアリー・アン・ニコルズ。
【第二の殺人事件】
一八八八年九月八日。被害者:アニー・チャップマン。
【犯行声明文”親愛なるボスへ”が届く】
一八八八年九月二十五日の消印が押されていた。九月二十七日に新聞社へ届く。
”切り裂きジャック”と署名。第四事件:エドウッズ殺害に関して言及?(予告)
【第三・第四の殺人事件】
一八八八年九月二十九日から三十日。被害者:エリザベス・ストライドとキャサリン・エドウッズ
【犯行声明文”生意気なジャッキー”が届く】
一八八八年十月一日の消印が押されていた。同日に新聞社へ届く。
「今回はダブルイベント」と記載、前日に起きた第三・第四事件に関して言及?
【犯行声明文”地獄より”が届く】
一八八八年十月十六日、ホワイトチャペル自警団長宅に”小包”が届く。
第四事件:エドウッズの臓器?が封入されていた。手紙の筆跡が異なり捏造説あり。
【第五の殺人事件】
一八八八年十一月九日。被害者:メアリー・ジェーン・ケリー。
”切り裂きジャック”による最後の事件? 以降ぱったりと殺害事件が止まる。
「次に確認するのが、同じ時期の名探偵ホームズ達の活動履歴よ!
めぐみちゃんが前述した通り、まず『四つの署名』事件の発生年月に関しては――”一八八八年の七月七日、または同年の九月某日”――という説が有力視されているわね!
そして次に『バスカヴィル家の犬』事件の時系列――これはちょっと複雑よ!
まず『バスカヴィル家の犬』事件では、犯人を油断させるために、名探偵ホームズが「ロンドンで脅迫事件を追っている」とわざと告げて、依頼主やワトソン博士達とは別行動を取っているの。実際には、名探偵ホームズも”バスカヴィル館”がある英国南部ダートムアに赴き、単独で潜伏捜査をしていたわけだけど……。ワトソン博士と別行動だったから潜伏期間中の描写はほぼゼロ、おかげで名探偵ホームズ側の詳細な行動履歴はまったく追えない状況なのよねぇ……。まあとりあえず、分かっている範囲の時系列がこれよ!」
■九月末頃?
・事件の依頼が来る。
・依頼主が「今週末」に”バスカヴィル館”へ行くと発言。
・ホームズが「ロンドンで脅迫事件を追っている」と別行動を宣言。
■十月二日頃?
・ワトソン博士の単独行動開始日。
・ホームズがロンドンの鉄道駅にてワトソン達を見送る。ホームズのダートムア潜伏は後日?
・ワトソン博士が”バスカヴィル館”に到着する
・三日前に囚人が脱獄した話を聞く。
■十月十三日の手紙
・囚人脱走から二週間が経過。
■十月十五日の手紙
・ワトソン博士が「岩山で男の人影」を目撃する。
この人影の正体は、潜伏捜査中のホームズ。
■十月十八日夜
・ワトソン博士がホームズと合流する。
・脱獄囚が魔犬に襲われる。
■十月十九日
・早朝、ホームズが応援要請の電報を打ち、すぐに返信がくる。
・夕方五時の列車で”レストレイド警部”が到着。
・この夜に事件解決。
「ここで気になるのは――九月末頃、名探偵ホームズが『バスカヴィル家の犬』事件にて別行動を宣言した時の”台詞”についてよ!
『バスカヴィル家の犬』事件の犯人から脅迫を受けていた依頼主ヘンリー卿は、ホームズ達に英国南部ダートムア”バスカヴィル館”への同行をお願いするの。だけど、ここで名探偵ホームズは――”わたしは手広く探偵業をやっているので、いろんな方面から絶え間なく相談依頼がやって来るのです。なので、わたしがロンドンを無期限で留守にすることは難しいことをご理解いただきたい。ちょうど今も『英国で最も尊敬される方々―”one of the most revered names in England”―』が、『恐喝者―”blackmailer”―』によって名誉を汚されようとしているのです”――と告げて、同行を拒否しているのよ!
そしてこの先の事件の展開を読めば……この時の台詞は、名探偵ホームズが犯人を油断させて潜伏捜査するための”小芝居”だったと、読者には感じられるはずだわ。でもね、もしこの時の名探偵ホームズの”台詞”が、本当のことを言っていたとしたら……どうかしら?
もしも名探偵ホームズが言っていた『英国で最も尊敬される方々―”one of the most revered names in England”―』が――”ロンドン警視庁-スコットランドヤード-”のことを示しているとしたら?
もしも名探偵ホームズが言っていた『恐喝者―”blackmailer”―』が――英国警察に犯行声明文を突きつけて、英国市民を恐怖に陥れていた――”あの猟奇殺人鬼”――のことを示しているとしたら?」
◇◆ ◇◆◇ ◆◇
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