シャーロキアンの事件簿

書記係K君

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■第一部 R大学時代の友人「ワトスン君」の回想録より復刻

21.<-Alec MacDonald->

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■21.八つの署名 -The Sign of Eight-



「それでは続きまして、次に紹介するのが””と直接対峙したことのある若き優秀な警官――”アレック・マクドナルド警部”――です!」



 ◆◇◆

【6】アレック・マクドナルド警部<-Alec MacDonald->

◆『恐怖の谷』に登場する。
 本作の『恐怖の谷-The Valley of Fear-』事件の黒幕には、名探偵ホームズの宿敵――”モリアーティ教授”――が暗躍していたと推理されており、マクドナルド警部は”ホームズシリーズ”において”モリアーティ教授”と直接会ったことのある数少ない人物である。

◆ワトソン博士は『恐怖の谷』にて、謎の暗号文を解読していたホームズ達のもとに来訪した”マクドナルド警部”について「彼はまだ若かったが、警察の仲間には信頼され、担当した幾つかの事件で目覚ましい活躍をしていた。背の高いがっちりした骨太の体格からは、彼が並み外れて強靭な肉体の持ち主であることを思わせ、彼の大きな頭蓋骨と、ふさふさした眉毛の下できらりと光る奥まった瞳には、鋭い知能の冴えを感じさせた。彼は物静かで明晰、気難しい性格で、アバディーンなまりの強い男だった」と語っている。ちなみに”アバディーン”とは英国スコットランド北東部にある都市名であり、この”アバディーン訛り”とは”スコットランド訛り”の一種である。

◆名探偵ホームズと”マクドナルド警部”は、良好な人間関係を築けていた模様。
 ワトソン博士曰く「ホームズは既にこれまで二度、彼が事件を解決する手助けをしてきたが、ホームズ自身は、問題を解く知的な喜び以外に報酬を求めなかった。そのため、アマチュアの探偵屋であるホームズに対して、このスコットランド男は非常に深い親愛と尊敬を抱き、困難に直面した際には素直にホームズへ相談して、その胸の内を明かした。平凡な人間は自分より優れた人間を理解できないが、才能ある人間はすぐに天才を認識するものだ。そしてマクドナルド警部には充分な警察官としての才能があり、その才能と経験において既にヨーロッパで並ぶ者のない”人物”――つまりは名探偵ホームズ――に、助けを求めるのは恥ではないと認識する事ができていた。ホームズは親交を結ぶたちではなかったが、このスコットランド人の大男には寛大であり、彼の姿を見ると笑顔で迎えた」との事で、ふたりの信頼関係がうかがえる。

◆ワトソン博士の記述によると「この事件は一八八〇年代後半の早い時期に起きたもので、アレック・マクドナルド警部が国民的名声を獲得した現在よりずっと以前のことだった」との事で、『恐怖の谷』が雑誌掲載された一九一四年頃には、マクドナルド警部が大成している事がわかる。

 ◆◇◆


「あらっ、この話はよく覚えてるわ!」
 ノートに書かれた”マクドナルド警部”に関する内容の中から――『恐怖の谷-The Valley of Fear-』――という単語を読み取ると、あいり先輩が興奮したように語り出す。

「たしか『恐怖の谷』事件の冒頭は、ホームズ達のもとに”大物犯罪者”の部下ポーロックから、犯罪計画を告発する暗号文が届くのよね。だけど、次に届いた手紙では――”『』にバレそうだから忘れてくれ”――と言われちゃうの!」

「それでっ、その手紙を読んだホームズ達が言うんですよねっ!――”あの連中が『』と言えば、ひとりしかいない”――”ああ、モリアーティ教授か”――」

「そうそう! この会話って、人気小説『ハリー・ポッター』に登場する闇の魔法使い”ヴォルデモート卿”が魔法世界で呼ばれている異名――””――みたいで、すっごくカッコイイわよね!」
 あいり先輩の興奮に引っ張られ、めぐみも一緒になってキャイキャイ騒ぎ出す。やれやれ……まあ実際カッコイイよな!

「――でも、初めて『恐怖の谷』を読んだ時はビックリしたわ!」
「そうですよねっ、名探偵ホームズが死闘の末に『最後の事件-The Final Problem-』でやっと倒したと思っていた――犯罪界の頭脳”モリアーティ教授”――がまた出てくるんですもんっ」

 文句を垂れるふたりを見て、俺は思わず苦笑してしまう。
「まあ、たしかに”ホームズシリーズ”は――”作品の掲載順”と”物語の時系列”――が前後することも多いから、初めて読む時は戸惑うよな」

「えっと、たしか一八九一年の出来事である『最後の事件』が雑誌掲載されたのは一八九三年で……。そして、一八八〇年代後半の出来事である『恐怖の谷』が雑誌掲載されたのは一九一四年なんですよね、ワトスン先輩?」
 めぐみがノートを確認しながら聞いてくる。うん正解。

「つまり物語の時系列としては――『恐怖の谷』事件の数年後に『最後の事件』が起きてるわけだ。でも、この話はここからが面白くってな? もしも時系列が前述の通りであれば――ワトソン博士が『最後の事件』の時に”モリアーティ教授のことを初めて聞いた”と述べているのはおかしくなるんだ。そこで、世界中のシャーロキアンたちは――『最後の事件』と『恐怖の谷』に登場する”モリアーティ教授”は別人説とか、そもそも”モリアーティ教授”は実在せず、犯罪組織のボスが継承する称号名だとか――面白い解釈をいっぱい打ち出してるんだ。どれも実に興味深い考察ばかりだぞ?」

「へぇ~”モリアーティ教授”の複数人説や称号名説なんて、とっても面白そうね!」
「さすが名探偵ホームズの宿敵”モリアーティ教授”は、考察も盛り上がりますねぇー」
 俺の話を聞いて、あいり先輩とめぐみがお菓子を食べながらワイワイと盛り上がる。


「ちなみに――犯罪界の頭脳にしてロンドンに巣食う悪党一味の統領である”モリアーティ教授”について、もし本当に名探偵ホームズがワトソン博士に語った通り『ロンドンで起きる悪事の半分と、ほぼ全ての迷宮入り事件が彼の手によるもの』だとしたら――と、シャーロキアン界隈では言われているな」

「わっ、それ何だか怖くてドキドキしますね…っ…!?」
「それは面白いわね! ちなみにワトスン君は、どんな事件が”モリアーティ教授の案件”だと思うのかしら?」

「俺は――先ほど出てきた『赤毛連盟』事件が怪しいと思ってます。この事件の真相は、贋金作りや文書偽造を得意とする”ジョン・クレイ”とその仲間”アーチー”による二人組の銀行強盗計画だ。が、ロンドン金融街に約三十メートルもの地下トンネルを掘削するには、土木工学の専門知識が必要だと思うし。主な移動手段が”馬車”の時代に、たった二人で強奪した大量の”ナポレオン金貨”をどうやって秘密裏に輸送するつもりだったのか……。これら犯罪計画にかかる資金は、贋金作りを得意とする”ジョン・クレイ”には容易だったかもしれないが……それにしても”人手”が少なすぎると思うんだ。そして”ジョン・クレイ”に関して、ピーター・ジョーンズ警部が述べた『-he is at the head of his profession,-』という台詞が”その道のプロだ”という意味ではなく――”犯罪組織の中心人物だ”――という意味合いだったとしたら?」

「それって、大掛かりな銀行強盗計画を練った『赤毛連盟』事件の背後には――”モリアーティ教授”の犯罪組織がいたかもしれないって事ですかっ!?」
「それすごく面白いわ! やるじゃないワトスン君!」

 俺の考察を聞いて、あいり先輩とめぐみが興奮したように感想を述べてくる。
 実はこの考察、俺が中学生の時に考えたものなのだが――世の中は広いもので、同じような考察をした”研究家シャーロキアン”がおり、しかもその考察がグラナダ・テレビ製作のドラマ『シャーロック・ホームズの冒険』に採用されている。物語の最後に、事件の黒幕として”モリアーティ教授”が姿を見せる――これを初めて観た時はビックリしたものだ。以上、余談である。


「さて、ちょっと脱線しちゃったけど……その”モリアーティ教授”と直接面会したのが、この”マクドナルド警部”ってわけね?」
「はいっそうです!」
 あいり先輩の問い掛けに、めぐみが元気よく答える。頬っぺたに菓子カスついてんぞ……。

「ホームズが事件の裏側に””がいると伝えると、マクドナルド警部が微笑みながら言うんですっ――」


   ◇◆ ◇◆◇ ◆◇

 マクドナルド警部はにっこり微笑んだが、目をしばたたかせると、私(ワトソン博士)の方をチラッと見た。

「実を言いますとね、ホームズさん。われわれ『ロンドン警視庁スコットランドヤード犯罪捜査部-C.I.D.-』では、あなたは”この教授”に少しばかり入れあげ過ぎていると思ってます。わたし自身も、この件について少し調べてみたのですが。あの教授は学識も才能も兼ね備えた、非常に立派な人物と見受けられました」

 <略>

「あなたのご意見をうかがった後、わたしは”教授”と直接会ってみました。その時の話題は”日蝕”でしたが、わたしが理解できずにいると、反射鏡付きランタンと地球儀をもちいて、あっという間に理解しやすく説明していただけました。ついでに一冊の本も貸して下さいました――まあ正直に申せば、アバディーンで良い教育を受けたはずのわたしですら、その本は難解でしたが。
 あの”教授”は、白髪混じりの痩せた顔で、まるで威厳ある牧師様のようでした――話し方なんか特にね。別れ際、私の肩にあの”教授”が手をかけてくれた時は、まるで冷たく世知辛い社会へ旅立つ息子へ、神の祝福を祈る聖職者のようでした」

 <シャーロック・ホームズ第四長編『恐怖の谷-The Valley of Fear-』より>

   ◇◆ ◇◆◇ ◆◇


「あらあらっ、マクドナルド警部はすっかり”モリアーティ教授”に丸め込まれちゃってるわね!」
 めぐみの説明を聞いて、あいり先輩が愉快そうに微笑む。

「でもっこの”エピソード”って冷静に考えるとコワいですよね……。だって、あれだけ事件解決に貢献してきた”名探偵ホームズ”の意見であっても……”スコットランヤード”が信じてくれないんですよっ?」

 めぐみの言葉に、俺は頷き返す。
「たしかに――。それだけ”モリアーティ教授”の社会的信用と地位が高く、それゆえに犯罪が蔓延はびこるのを”名探偵ホームズ”ですら止められない状況……。これこそ”モリアーティ教授”の恐ろしさを物語る、代表的な”エピソード”だな」

 ちなみに――
 この後、名探偵ホームズが質問を重ねることで――モリアーティ教授の研究室に一枚の”絵画”が飾られていたことを、マクドナルド警部に思い出させる。そして、その絵画は四千ポンドを超える高価なもので、且つ”信頼すべき資料”によると――モリアーティ教授の給料が年七百ポンドであることを、マクドナルド警部に話して聞かせる。
 そこでようやく、マクドナルド警部は「モリアーティ教授には莫大な収入があり、そしてそれは非合法な手法でもって”闇の世界”から稼ぎ出している?」と気づくのだ。

 社会的地位のある”犯罪界のナポレオン”こと”モリアーティ教授”――
 警察を説得するのがいかに困難で、”あの教授”を逮捕するのがいかに死闘であるかを物語る”名エピソード”であり――その名場面に居合わせた重要人物こそ、この”アレック・マクドナルド警部”なわけだ。そう考えると、一回しか登場しない”ちょい役”でありながら、世間から見た”モリアーティ教授”のあり方を語る上で、マクドナルド警部は非常に重要な”役どころ”を果たしたのだと言えよう――。

 俺がそんなことを考えていると、めぐみは机上のノートをぱらりと次頁へめくった。


「ではっ、次に紹介するのが、新聞記者に悩まされる若い警部さん――”マッキノン警部”――です!」


   ◇◆ ◇◆◇ ◆◇

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