飛竜誤誕顛末記

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第四章 将軍様一局願います!

第40話 魔物か人か竜なのか

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何処か間抜けで、しかし悪夢めいたその光景が何時まで続くのかと不安になった頃、ようやく黒い茸が動きを止めた。
それを見て、私は迂闊にも思わず腹の底から安堵のため息を吐いてしまった。
やっと終わった・・・・。
そう思ったのは私だけでは無いようで。
周りの者達も、ゲンナリと疲れたような表情でため息を溢している。
先ほどまでの息苦しい程の緊張感を返してほしい。
「・・・・本当に竜は現れるのですかねぇ」
いつもは飄々として本心が掴めない態度の老将軍ジャハイですら、なんとも言えない疲労感を漂わせている。
「分からぬが。これで現れてくれなければ、ただの茸の不気味な舞の見損というものだ」
とてつもなく、人生において全く意味のない無駄な物を見せられた感がある。
完全に緊張感を失った我々であったが、こちらが完全に油断したその瞬間。
それは起こった。
「むっ」
まずその変化に気付いたのはザイードであった。
その声に、何かが起こったのだと全員が気付き、逸らされかけていた視線が慌てたように再び水面に集中する。
「なんだ?何が起こっている?」
「これは一体・・」
ざわりと困惑の声が広がる。
それもそうであろう。
水面に映る光景に、私も困惑している。
先ほどまで激しく間抜けに踊り狂っていた黒い魔物の体が、何処からともなく現れた黒いモヤに包まれたのだ。
巨大な茸の姿は瞬く間に黒霧に隠れ見えなくなり、一体何が起こっているのかと凝視していれば、突然にその霧が晴れた。
そして、そこに現れたのは先程までいた黒い茸の魔物とは全く違う存在。

そこには、後に私の“運命”となる者が佇んでいた。

「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
誰1人として、言葉を発することが出来なかった。
私も、3将軍も、神官も。
それ程までに、衝撃的な光景だったのだ。
黒い霧が晴れた後、そこに居たのは見事な2本の捻れ角を有する1人の青年であった。
牙細工のような淡い黄色味を帯びた白い肌に漆黒の髪と角。
人間離れしているのはその角だけに留まらず、ほっそりとした手足も闇を固めたような黒色である。
よくよく観察すれば、その肌は月光を反射する艶やかな黒い鱗に覆われており、指先には鋭い鉤爪があった。
そして、今までに見たことのないどこの国の者とも違う不思議な顔立ちは、人間離れした神秘性を秘めていた。
そんな人ならざる者が、黒い茸と入れ替わるように現れた瞬間。
もう1匹の魔物を除いた、周りにいた全ての走り茸達が恐れを成したかのように一斉に森の中へと走り散っていった。
その様子に、神秘的な青年の頭ががくりと落ちる。
これは・・・・まさか意気消沈しているのか?
明らかに茸達が逃げていった事にがっかりした様子であったが、もう1匹の魔物だけは青年を褒め称えるように手を叩いていた。
「ま・・・・魔性でしょうか」
そう言ったのは、強い困惑を滲ませたザイードである。
魔性。
誘い惑わせる者。
美しき人の姿で人間を誘惑し襲う魔物達。
多くの罪を重ね、地獄へ堕ちた人間の成れの果ての姿とも言われている存在だ。
人に似た、人ならざる者は全て魔性である。
姿形だけで言うなら、これも確かに魔性だろう。
しかし、私はどうしてもそうは思えなかった。
何しろ、水面に映る青年の目にはとても強い光が宿っており、確固たる意志を感じさせるものであったから。
魔性ならば、その瞳と表情はもっと虚であるはずだ。
あれらは殆ど意志を持たない、虚無な存在であるから。
だが、今我らの視界に映るこの存在は、そんな虚なものでは無い。
むしろ、真逆だ。
とても強烈な存在感を放っているのだ。
この強い存在感、そしてその神秘性。
それは魔性と言うよりもむしろ、我らが崇める神聖な存在に近いと思った。
「ザイードよ、お前は本当にこれを魔性だと思うのか」
「うぅむ・・・・」
首を振って否定の返事をすれば、ザイード自身も己の発言に懐疑的であったのか反論はしてこなかった。
「陛下、これは・・・まるで・・・まるで・・」
神官はそれ以上を口にするのは畏れ多いとでも言うように、途中で言葉を切ってしまう。
しかし、その後に続く言葉が何かは皆分かっていた。
あの角は、あの爪は、あの鱗は。
まるで。
「まるで、竜ではないか」
意識せず我が口から出た言葉に、全員が静かに頷いた。

そんな事があり得るのだろうか。
人のような姿の竜など、見たことも聞いたこともない。
どちらかといえば、魔性だと判断するほうが現実味があるのだろうが、やはりどう見てもそんな下等な存在とは思えない。
しかし、水面の景色を見ていれば、それは残った茸の魔物ととても仲睦まじい様子を見せている。
監視鏡に映る謎多き青年は、茸に逃げられた事が不服だとでも言いたげに不貞腐れたように唇を突き出し、横にいたもう1匹の魔物がその唇を楽しげに摘んで揉んでいる。
この茸も、同じように人の姿になるのだろうか。
これは兄弟か何かなのか。
関係性は分からないが、親密な間柄なのは分かる。
「魔物と共にいるところを見ると、同じくこれも魔物なのではと思うのですが・・・・いやしかし、とても魔性のような曖昧なものには見えないですなぁ・・」
浪将軍が理解の難しい不可解さに、苦しげに呟く。
茸の魔物と戯れ機嫌を直したのか、いつの間にか楽しげな表情になっているそれは、生き生きとしていて本当に人間のようである。
存在全てが謎に包まれているそれに、我々は只々その姿を凝視することしか出来なかった。

皆言葉を失いながら、監視鏡を覗き続けている。
部屋の中は一種の緊張感を帯びた静寂に包まれていた。
しかし、事態は急変する。
暗い夜の森の奥から突然、3匹の地竜と、1匹の小さき飛竜が現れたのだ。
それを見て、私は思わず焦ってしまった。
この神秘的な青年が竜に襲われると思ったからだ。
もし本当にこれが魔物であるのならば、竜は排除すべき敵と見なすはずだ。
正体が分からないままではあるが、この青年が死んでしまうかもしれないと思った瞬間、私はそれがとても惜しい気がした。
しかし、そんな私の心配をよそに、驚いたことに竜達は青年に対しまるで同じ群れの仲間に接するかのような態度をみせた。
それは、横に居るもう1匹の魔物に対してもだった。
「なんとまぁ・・・」
普段は冷静な飛将軍も、先ほどからずっと驚きの表情を隠せないでいる。
それ程までに信じられない光景であったのだ。
竜と魔物が仲良さげに群れるなど。
しかし我らを驚かす事態はそれだけでは終わらなかった。
ありえない光景に目を奪われていた我々は、更に驚愕する事となる。
遂に現れたのだ。
我らが待ち望んでいた神聖な存在が。

竜達が飛び出してきた森の闇の中から、それは静かに静かに姿を現した。
それを見て、全員が息を呑みそのまま呼吸を忘れた。
これが・・・これが、幽霊竜なのか。
我らの前に現れたのは、夜の闇をそのまま固めたかのような漆黒の大きな飛竜であった。
なんと荘厳で美しい。
初めて目にする神島の竜は、私の想像など容易く超える神々しさと美しさであった。
あぁ、これは無理だ。
ずっと心に抱えていた筈の強い決心が簡単に消し飛ばされた。
しかし、それを素直に受け入れられる程に、その竜の存在感は力強く圧倒的であった。
契約どころか、交渉すら無理だ。
この竜には、とても畏れ多くて近寄れない。
万一怒りを買えば、私1人ではなくこの国自体が容易く滅ぼされてしまうであろう。
もはや、生きている内にその姿を目に出来ただけで、奇跡の如き僥倖と言うものである。
「はは、これは無理だな」
思わず気の抜けた笑いをこぼしてしまえば、将軍達もこれは仕方がないと全員納得の苦笑である。
「どうやら我々は神島の竜というものを少し甘く見ておりましたな」
ザイードの弱ったような声に頷く。
「あぁ。これは触れてはならないものだ」
正に神の化身。
地上の竜とは全く違う存在であり、同じもののように考えるのは誤りであった。
神と交渉するなど、不遜極まりない事である。
今まで、この神聖な竜を目撃した者達はよく無事だったものだ。
直接対峙し、命を許されるとは。
それはきっと神の慈悲と言うよりも、歯牙にも掛けられなかったのであろう。

我らを圧倒した幽霊竜は、とても自然な動きで青年に近寄ると親愛を表すように、その小さな顔をひと舐めした。
驚きの連続で飽和状態になった頭では、もはや新たなる驚愕に対応出来なかった。
一体何なのだろうか、この青年は。
魔物なのか、竜なのか。
茸の姿が真の姿なのか、この人のような竜のような姿の方が真なのか。
何故、神聖な竜の慈しみを受けるのか。
信じがたい光景は、我々に解けない謎を投げかけ続けるばかりだ。
そしてその難解な問題に頭を捻り髭を撫でていれば、最後の最後でその謎の塊はとんでもなく大きな衝撃を私達にぶつけてきた。

竜達と戯れていた青年が、おもむろに両の手を握り締め力を込めるように気張るような仕草をした。
何をするつもりなのかと動向を見守っていれば、再びあの黒い霧が辺りに漂い青年の姿をあっという間に覆い隠してしまった。
そして、その霧が晴れれば、今度はそこに小さき漆黒の飛龍が現れたのだ。
こんなに驚かされ続けるのは、生まれて初めてだ。
次から次へと目を疑うような事象が起こる。
新たに現れた小さな飛竜は、大きさが異なるだけでそれ以外は幽霊竜と全く同じ姿であった。
茸の魔物から魔性のような青年の姿へ、そして今度は神々しい飛竜へと変化したそれは、全くもって正体不明な存在であった。
しかし、幽霊竜はその小さな飛竜をとても可愛がるように何度も舐め回している。
もしこれがただの魔物であったなら、竜がこのような親密な態度を取るはずはない。
姿を好きに変えられる生き物がこの世に存在するなどとても信じられなかったが、幽霊竜や他の竜達の態度を見るに、おそらくこれは私達が知らない竜の一種なのではないだろうか。
分からない。
何も分からない。
しかし、何故であろうか。
この驚きの塊はとても私の心を惹きつけた。
もし、本当にこれが竜であるのならば。
欲しいと思った。

魔物の姿の時の、滑稽に踊り狂う様を見たからだろうか。
それとも、青年の姿をした時の生き生きとした表情を見たからだろうか。
この小さな飛竜には、幽霊竜を見た時のような威圧的な神々しさよりも、何か愛嬌の様なものを感じてしまう。
人に近い姿に、親しみを感じてしまっているのだろうか。
魔物なのか、竜なのか。
竜であるならば、地上の竜なのか、幽霊竜と同じ神島の竜なのか。
謎は多く全くの未知の存在であるが、もし竜であるならば。
この奇妙な愛らしさを持つ飛竜を、私の竜にしたいという欲求が腹の底から湧き上がった。

そんな不思議な飛竜であったが、姿を消すのはあっという間であった。
小さな黒竜が幽霊竜の体をよじ登り始め、鋭い爪を大きな鱗に引っ掛け張りつく。
するとそれに倣うように、他の竜や茸も同じように大きな黒竜の体を登り好き好きに張り付き始める。
しかしそんな竜達の行動を、幽霊竜は全く気にする様子はない。
それどころか、全員が己の体に張り付いたのを確認するような仕草を見せた後、翼を大きく広げた。
そして、その力強い翼を一振りした瞬間、飛び去る姿も見せずに、小さき竜と魔物を纏わりつかせたまま漆黒の体は闇に溶けるように消えてしまった。
正に幽霊竜。
一瞬で、跡形もなく全ては幻であったのかと思わせるような消え方だった。

驚きに固まる私達に、抱えきれないほどの謎を残して竜達は消えた。
監視鏡は、ただ夜の森を映すだけだ。
それをしばらく呆然と眺めていたが、いち早く意識を取り戻したのはジャハイだった。
「一体、今のは何だったのでしょうか」
それに答えられる者は、ここには居ない。
「ふむ・・・少なくとも我々の知識の範囲外の存在であるのは確かであろうな」
「幽霊竜の姿を捉える事が出来たのは僥倖ではありましたが、まさかあんな不思議な存在も一緒に見れるとは」
伝説の竜の姿をこの目に焼き付けた時に感じた感動は、間違いなく人生に一生残るであろう衝撃であった。
しかし、あの姿をコロコロと変える不思議な存在もまた、同じくらいの衝撃を私達に与えた。
「陛下、一つだけ姿を固めることが出来ました」
魔性の様な魅力を持った青年のなんとも柔和な表情を思い出していたら、神官が一つの貝をこちらに差し出してきた。
「おぉ、成功したか」
差し出された貝に張られた水はまるで時が止まっているかの様に一切波打つこともなく、溢れることも無い。
それを受け取り指先で水面に触れれば、水は硬く固まり水晶化していた。
そして、水が固まったのと同じ様に。
水面に映る景色もまた、動くこともなく、消えることもなく、その瞬間を切り取ったかのように固まっていた。
宝玉のような貝に閉じ込められたのは、角を生やした青年の姿。
「幽霊竜の姿も残したかったのですが、他は上手く固められませんでした。申し訳ございません」
「いや、まだ完全には安定していない新しい魔法具だ。これだけでも残せたのは上出来。よくやった」
水面に映る不思議な顔立ちを指先でなぞる。
お前の正体は一体何なのか。
「今日見たものは余す事なく記録し、引き続き幽霊竜の生態について研究を進めよ」
「はっ」
「そして、あの魔性の様な存在。あれの正体が何なのかも研究せよ。幽霊竜との関連性も気になる」

さて、全く予想もしていなかった面白い展開だ。
幽霊竜との契約は諦めた方が良さそうだが、そうなるともう一つの不思議が気になって仕方がない。
正体は分からないが、是非竜であってほしいと思った。
そして、私の竜としてあれを迎えてみたい。
美しい黒を宿す、人のような竜。

「引き続き森の監視は続けよ」
まだしばらくは、神島は我が国の上に留まっている。
あの不思議な群れが再度姿を表す可能性は高い。
それは、この森かもしれないし、他の森かもしれない。
今回の件で、監視鏡の有用性は実証された。
これならば他の森に出現したとしても、予測された森であれば直ぐに見つけられるだろう。

掌に収まる青年の姿を改めて眺めていれば、無意識のうちに自分の口角が上がったのが分かった。
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