飛竜誤誕顛末記

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第四章 将軍様一局願います!

第37話 一歩踏み出す勇気

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『はぁー・・・本当間抜け』
自分の鈍感さに、マジで溜息が止まらんわ。
なんで気がつかないかなー。
自覚してから振り返ってみれば、まぁ色々と心当たりあるわ。
バルギーに甘やかされていた日々は、気恥ずかしく思いながらも満更では無かったし。
バルギーに抱きしめられて寝たりした時も、最初はマジかと思っていたけど後半はなんやかんやバルギーの体温に安心感を感じていたような気もする。
市場で一緒に買い物をした時には、俺があげたリボンを大切にしている様子に酷く照れたけど、今思えばあれはときめいていたんだな俺。
うわ、はっずー・・・。
少女漫画の主人公かよ。
もう正直、いつからそういう気持ちだったのかは自分でも分からない。
でも、多分けっこう初期の段階からバルギーに対しては心の距離が近かったと思う。
それでも気が付かなかったのは、きっと男に対してそんな気持ちにはならないって無意識に思ってたからだ。
逆にバルギーが女の人だったら、すぐに惚れてるって気付いただろうな。
ってか、俺多分速攻で告ってたわ。
だけどバルギーは男だったから・・・。
言い訳するわけじゃないけれど、だってさ、あんなめっちゃ男らしい人を好きになるとは思わないじゃん?!
これがさ、女の人みたいに綺麗なタイプだったらまだ分かるよ?
美人で、体つきも華奢とかさ。
でもバルギーは違う。
お髭もさもさだし、筋肉むきむきだし、おじさんだし、背だって恐ろしい程デカいし、声だってめっちゃ渋い低音ボイスだし、おじさんだし、おじさんだし。
正直、男らしさしか見つけられない。
もう、男らしさの塊。漢の結晶だよ?
うぅ・・嫌な響きだ。
そんな相手に、恋愛感情を抱いているなんて思うわけないじゃん。
ね?ね?
と、自分に一生懸命言い訳してみる。
そして、意味の無いその言い訳に深い溜息が溢れた。
あー・・・・馬っ鹿。本当に馬っ鹿。
バルギーとの関係にこだわっていた理由、心は要らないという言葉に深く傷ついた理由。
バルギーに心を求めてもらえなかった悲しみの理由。
答えは目の前にあったのに、自分でそこから目を逸らしてたなんて。

【それで?】
『ん?』
【お前さんの中にある答えは見つかったわけだけど、次はどうする?】
『え、つ、次?次ってなに・・』
ニギルの言葉に動揺してしまう。
もう自分の中にある答えは見つかったんだし。
次って言われてもな・・・。
【おや、もう満足してしまったのかい?ケイタは欲が無いんだねぇ】
『欲?だって、もう答えは出たし』
【だがお前さんが知りたい答えはそれだけでは無いんだろう?最初に言っていたじゃないか。求める答えは、自分の中の悲しみの理由、そしてバルギーとやらの考えていること。その人間が何を考え何を思っていたのか。ケイタへの仕打ちの理由が何であったのか。それを知りたいと】
『だけど、それは俺が出せる答えじゃないって言ってたじゃん。実際そうだし』
【うん、そうだね。それはケイタが出せる答えじゃ無い。それは、その人間だけにしか出せない答えだ】
『なら、やっぱりここで終わりだろ?俺に出せない答えなんだから、次は無いよ』
【何故だい?知りたいのならば聞けば良いだろう?】
『・・・・・・へ?』
ニギルに何とも無いように言われて、思わず間の抜けた声が出た。
【答えが欲しいなら、本人に聞きに行けば良いさ】
『聞きにって・・・いや・・・・』
そんな簡単に言われても・・・。
バルギーへの想いを自覚したと言っても、あんな事があったんだ。
今更また会いに行くなんて。
『無理ぃ・・・でしょー・・・』
【なぜ?】
『だって、あんな事があったんだぞ?俺が「教えて♪」って聞いたところで、バルギーが素直に「良いよ♪」って答えてくれるとは思わないだろ?』
【それはお前がそう思っているだけで、実際どうなるかはやってみないと分からないだろう?】
『いやいやいや・・・・・、大体バルギーと直接会うのがそもそも無理だろ。バルギーは俺を捕まえようとしてるんだぞ。会ったら話をする前にまた閉じ込められて前の生活に逆戻りだ』
それで、きっとバルギーはまた俺の話を無視するんだ・・・。
そう思ったら、胸の奥に鋭い痛みが走った。
だけど。
【ははは、そんな心配は不要だよ】
俺の憂鬱をニギルが軽く笑い飛ばした。
『不要じゃないだろ。また、あんな辛い思いをするのは絶対に嫌だ』
【そんな事起こるわけないだろう】
『なんでそう言い切れるんだ』
あまりに軽く言うから、思わずムッとして口が尖ってしまう。
【イクファが許さないからさ。もしその人間がお前さんの話に耳をかさず、また同じ愚行を繰り返そうとしたならば】
【その場で噛み殺してやる】
ニギルの言葉を途中で遮り、イクファが牙を剥き出して唸った。
【誰もお前には手出しさせん】
【ね?安心だろう?】
『えぇ・・・』
噛み殺されるのはちょっと・・・。
【もちろん、ケイタがもう満足したと言うならそれでも良い。お前さん次第さ】
自分の中の答えで満足するか、もう一度バルギーと向き合うか。
それを決めるのはとても勇気が必要な事だ。
【だけどね】
難しい決断に頭を悩ませていれば、ニギルがふと真剣な声になった。
【少しでも悩む気持ちがあるなら会いに行ったほうがいいよ。もう会わなくても全く問題ないと思っているなら構わないけど、ほんの僅かでも迷う気持ちがあるならば心の中に会いたいという思いがあるという事だからね。行かなければきっと、いや、必ず、後悔することになる】

ニギルの瞳孔が俺の瞳の奥を真っ直ぐに見据える。
そして、島の竜として生きる上で忘れてはいけない、とても大切な事を教えてくれた。
【ケイタ、下界の者達は儚い。我々と違ってその生には限りがあるからね。どんなに健康な者であろうとも、頑強な者であろうとも、時が来れば必ず終わる。死んでしまえば2度とお前の疑問には答えてはくれなくなるのだよ】
『死・・・』
【そして私達には時間の限りがない。一度取り戻せない後悔を抱えれば、その苦しみは永遠だ】
ニギルの言葉は少し悲しげで、そしてとても重かった。
【ケイタ、よく考えるんだよ。この先、バルギーという人間にはもう2度と会えない。永遠にだ。それで後悔はしないかい?】
バルギーにもう会えない。
永遠に。
『・・・・っ』
想像して唇が震えた。
それは・・・・駄目だ。
だって“会わない”のと“会えない”のでは全く意味が違う。
この世界からバルギーが居なくなる。
そして、その後も俺は永遠に生きなくてはいけない。
バルギーの居ないこの世界で。
そう思ったら、ゾッとした。
分かっていたはずの事なのに、実際にはそこまで深く考えてなかった。
逃げ出してきた時もこれでもうお別れだと思っていたのに、そこまでの考えは無かった。
ただ逃げ出すのに必死で。
震える唇を噛み締めたら、イクファが俺の顔を横からベロりと舐めてきた。
【・・・・・お前が望むなら、私が連れて行ってやる】
直接会えば、また酷い事をされるかもしれない。
仮に話が出来たとしても、俺が望む答えは返ってこないかもしれない。
俺の心を折ったあの言葉が、やっぱり本当の答えなのかもしれない。
それでも。
このまま直接答えを聞かずに終えたら、きっと後悔する気がする。
バルギーがこの世界から居なくなって2度と会えなくなった時、俺はきっと後悔してしまう。
そんなのは嫌だ。
この先、終わりの無くなってしまった人生で永遠に辛い後悔を抱えるくらいなら。
もう一度。
もう一度だけ。
バルギーと向き合ってみようか。
それで深く傷つく結果になったとしても。
行かずに後悔するよりも、行って後悔する方が絶対に良い。
乱れた心を整えるように、一度目を閉じ深く深呼吸する。
それからゆっくりと瞼を上げる。
『イクファ、ニギル、ありがとう』
2匹のおかげで、やっと俺は進む道を決められた。
道を見つけて、一歩を踏み出す勇気をもらえた。
『俺、後悔はしたくない。だから、もう一度だけバルギーと向き合ってみようかと思う』
とても酷い事があったけど、せっかく自分の気持ちに気付いたんだ。
このまま、モヤモヤした状態で関係を終えたくない。
終わるにしても、もっとちゃんとスッキリとした気持ちで終えたい。
だから、俺はバルギーともう一度だけ話がしたいと思った。
直接会って、ちゃんと話をして、それでもやっぱりバルギーが俺を傷つけてきたのならば。
その時は、クソ野郎とあの素敵な髭面を思いっきりブン殴ってやろう。
それで島に帰ってきて、思いっきり泣いて、それで終わりにしよう。

【少しだけ元気になったかな】
心を決めた俺の表情に、ニギルが良かったと笑む。
『うん、モヤモヤしてたのが少しだけ晴れた』
【それは何より】
【ケイタ。本当は人間なんぞに会わせるのはとても嫌だが、お前のためだ。仕方がないからそいつのところまで連れて行ってやる】
イクファはとっても正直に、嫌々行くのだというのを隠さずに唸った。
『ごめんな、イクファ。嫌な事させて』
【お前は気にしなくていい。まぁ、お前を苦しめた人間がどんな奴かその面を拝めるのだから良しとしよう】
そう言うイクファの表情はどことなく不穏だ。
【いつかは其奴のところへ行くつもりではあったしな。その予定が少し早まっただけだ】
『え、バルギーのとこ行くつもりだったの?なんで?』
【決まっておろう、お前を苦しめた代償を払わせる為だっ】
『・・・代償って、具体的に言うと?』
【四肢を噛みちぎって屠ってやる】
『って、駄目だよっ!』
あぶねー!
イクファ、そんな事考えてたのかよっ。
【大丈夫だケイタ。ちゃんとお前と話をする間は生かしておく】
『・・・で、話が終わったら?』
【四肢を噛みちぎって屠ってやる】
『駄目だつってんだろっ!』
なんでそんな殺す気満々なんだ。
【む、駄目なのか?】
『駄目だよっ!そんな事したら俺本当に怒るからな!』
強く言えば、イクファが少し残念そうに項垂れた。
【むぅ・・・・分かった・・・・お前がそう言うなら仕方がない】
そう言って渋々頷いたイクファだけど、少しだけ考えるような間を開けて、それならばと妥協案を出してきた。
【それならば一噛み。一噛みだけだ。それくらいは良いであろう?】
『何も良くないよねっ!?一噛みで終わっちゃうから!死んじゃうから!』
何、ちょっと味見の一口だけみたいなノリで言ってんだ。
イクファの一噛みなんて、一撃必殺に決まってんじゃん。
話し合いが駄目だったら一発お見舞いしてやろうとか俺も思ってたけど、殺してやるとまでは考えていない。
『イクファ、俺とバルギーの話し合いがどんな結果になっても、絶対に危害は加えないでくれよ。お願いだから』
複雑な気持ちではあるけれど、一応は惚れている相手なんだ。
拝むように手を合わせて懇願すれば、イクファは舌打ちをひとつこぼしてから、すっごくすっごく嫌そうに了承してくれた。
【はぁ、仕方ない・・・・まったく私の弟は優しすぎるな】
手足の一つや二つくらい無くなっても死にやしないのにとぶちぶち不穏な事を呟いているけど、とりあえずは手は出さないという約束は取り付けた。
バルギー、危なかったな。

【それで、その人間は何処にいるのだ?私はお前を何処に連れて行けば良いのだ?】
不満そうな雰囲気を残しつつも、イクファが行き先を訪ねてきた。
『あ、えっとね。行き先は中央大陸のシラーブって国』
そう答えたら、イクファもニギルも困ったように首を傾げた。
【それでは分からんぞケイタ】
『え』
【中央大陸と言うのは、この世界で一番大きい大陸の事か?】
【ケイタがここに来た時期を考えれば、多分そうだろうねぇ】
【ケイタ、中央大陸は何となく分かるが、シラーブとやらは何処か分からん。人間の縄張りがどうなっているか等、私達は知らないからな】
『あ、そうか』
そりゃそうだ。
どうしよう。
そうなると、俺もちゃんとした位置は分からない。
世界地図もセフ先生の授業で見た事あるけど、装飾的なやつであんまり正確なやつじゃないし、正直あんまり覚えてもいない。
俺が覚えているのは住んでいた王都のほんの一部の地図だけだ。
『あーっと・・・とりあえず俺がこの島に来た時に下にあった人間の街なんだけど・・・』
【冬の終わり頃だね】
『あっ、白い大きなお城がある』
【城と言うと、人間の長の棲家だな】
『お、よく知ってんねイクファ』
【下から来る竜達から聞いたことがある。人間と契約している飛竜は人間の事に詳しいからな】
【城と言うのがどんなものかよく分からないけど、大きいなら近くなれば島からも見えるんじゃないかい?】
『あー、見えるかも。・・・・見えるかなぁ』
【・・・・・・それか、アント達に聞けば分かるか】
『あっ!その手があったな。確かにアント達なら場所分かるかも』
【それならば、明日あやつらに聞いてみよう。今日はもう寝てしまっているからな】
『うん、そうだな』
良かった。
ちゃんとシラーブには戻れそうだ。

【とは言え、お前がここに来た時期を考えれば目的の場所に近づくのはまだ先だな】
『そっか・・・あとどれくらい?』
【月の満ち欠けを3~4回繰り返した辺りか】
3ヶ月か4ヶ月くらいって感じか。
・・・・・それまでに戦争が始まらないと良いんだけど。
【ケイタ、それまでにちゃんと飛竜の姿になれるようにしておきなさい。でなければ、下には連れていかんぞ。約束は約束だからな】
あ、その約束の方が優先されるのね。
まぁ、約束は約束だもんな。
『分かった、頑張る』
【よし、では明日の狩りもある。今日はこれくらいで終わりにしよう。そろそろ巣に戻るぞ】
『うん』
イクファが腰を上げれば、ニギルも同じように巻いていたとぐろを解いた。
『ニギル』
【うん?】
『今日は本当にありがとう。話を聞いてもらって気持ちが凄く楽になったし、色々と整理がついた』
今日会ったばっかりなのに、初対面にしてはかなりディープな相談事に付き合わせてしまった。
ニギルって、なんだか話を聞いてもらいたくなるような安心感があるんだよな。
飄々とした雰囲気だけど、イクファとは違う種類の不思議な頼り甲斐を感じる。
【また何か困った事があれば、いつでも相談に乗るよ】
【ケイタがお前を頼る事なんぞ金輪際無いわ!ケイタ、これから相談事は全て私にしなさい!】
【うるさいぞ根暗竜。相談と言うのは強要するものではない。そんなだからケイタの口を重くするのだ】
【黙れ陰険蛇】
おいおい、なんでいきなり罵り合い始めるんだ。
せっかく良い感じに話が終わりそうだったのに、イクファとニギルがまた何やら怪獣バトルを始めそうな雰囲気を出し始める。
『ほら、イクファ!巣に戻ろうぜ!俺すごい眠くなってきちゃったからさっ』
慌てて2匹の間に入って話題を逸らせば、イクファの意識はすぐに俺に向いた。
【あぁ、そうだな。あまり遅くまで起きていると成長に悪い。早く戻ってしっかり睡眠を取りなさい】
『うんうん、そうだね。じゃぁニギル、またな。おやすみ』
【あぁ、おやすみ】
ニギルに手を振れば、それを真似するようにニギルが尻尾の先をガラガラ蛇みたいに揺らした。

紫色の月明かりの下、兄竜2匹の導きで俺はようやく自分の想いに気づく事ができた。
そして、一歩を踏み出す勇気をもらった。
後悔しない為に。

バルギー。
もう一度だけ話をしようぜ。
もう一度だけ。
な、頼むよバルギー。
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