飛竜誤誕顛末記

タクマ タク

文字の大きさ
上 下
145 / 163
第四章 将軍様一局願います!

第35話 求める答え

しおりを挟む
『げっ!』

思ってもみないイクファの登場に驚いて、思わず声が漏れてしまった。
【げっ、とはなんだ。げっ、とは】
俺の漏らした声に、イクファの尻尾が苛立たしげに地面を打った。
『あ、ごめん。驚いてつい。っていうかいつから居たんだよー。盗み聞きとか良くないと思う』
【いつまで経ってもお前が戻ってこないから、心配して見に来たのだ】
あ、そういえば巣を出てきてから結構経ってるか。
『ごめん』
【まぁ、それは良い。それよりも】
『うん?』
【今の話は本当か?】
『あー・・・・ねー?』
そうだよねー、聞いてたんだよねー。
うーん、気まずいなぁ。
なんとなく誤魔化すように曖昧な返事をして目を逸らせば、イクファがクルルルと悲しげに喉を鳴らした。
【何故話してくれなかったのだ・・・私はそんなに頼りにならぬか?私よりもそんな蛇に相談するとは】
蛇って・・・。
ニギルに対する言い様が少し気になったけど、それよりも露骨に拗ねたような声でしゅんと首を落とされて罪悪感に焦る。
だから、それは違うんだと言おうとしたんだけど、それよりも先にニギルが口を開いた。
【イクファ、弟からの信頼が薄いのではないかぁ?初対面の私に出来る相談ですらしてもらえぬとはねぇ】
それは完全に馬鹿にしたような響きだった。
しかも、首を捻りながら伸ばして顔を逆さまにした状態でイクファの顔を覗き込み、間近で舌をピロピロと出し入れする。
完全に煽っている。
『えぇ・・・』
さっきまでの落ち着きある大人な雰囲気が皆無でびっくりした。
もちろん、そんな煽りをされて黙っているイクファではない。
【やかましいっ!この陰険蛇めっ】
落ち込んでいた気配が一瞬で消え去り、一つ唸ったかと思ったらグワリと躊躇いなく大蛇の胴体に食らいついた。
【ぎゃぁぁーっ!!】
『うへぇっ』
イクファに噛みつかれたニギルが叫びのたうち、乗っていた俺は見事に振り落とされる。
幸いなことに、頑丈な竜体は岩場の上に落とされても大したダメージは受けない。
それよりもニギルとイクファの怪獣バトルに巻き込まれる方が怖いので、俺は素早く2匹から距離をとった。
【いきなり噛み付く馬鹿が何処にいるっ】
食らいつくイクファを、ニギルの長い胴が締め上げる。
【貴様が先に喧嘩をふっかけてきたのだろうがっ】
イクファの鋭い爪がニギルの胴に食い込み、鱗が剥がれていく。
【いたたたっ、おい、この阿呆っ!鱗が剥がれたぞっ】
ニギルが苛立たしげにイクファの角に噛み付く。
【それはこっちもだっ!】
爪に力を込めて、イクファがわざとニギルの鱗を逆立てている。
なんだ。
なんなんだ、この喧嘩は。
【えぇい、この根暗竜めっ。少しは兄に対して敬意を持たないかっ】
あ、ニギルの方がお兄さんなのか。
【何が兄だっ。たかだか200年程度の差。ほぼ同い年だろうが!!】
イクファ、200年は同い年認定か。
【200年程度でも、兄は兄だっ】
あぁ、ニギルにとっても200年はやっぱり対した差じゃないって認識なんだ。
っつーか・・・・。
大人気ねぇぇ~・・・。

『あー・・・・終わった?』
イクファとニギルの取っ組み合いがひと段落した頃、そっと声を掛ければ2匹が静かに頷いた。
【子竜の前で馬鹿馬鹿しい事をしてしまった・・・】
【お前が阿呆な挑発をするからだ・・】
双方、息を切らしながら項垂れている。
気の済むまで相撲をとって、ようやく我にかえったらしい。
『イクファとニギルって・・・仲良いんだね』
【ははは・・・そう見えるかい?】
【ケイタ、冗談でも勘弁してくれ・・】
イクファもニギルも疲れたように返事をしたけど、なんやかんや2匹ともちゃんと加減してやり合ってたから、まぁ戯れあいみたいなもんなんだろう。
【すまないねケイタ、大人気ないところを見せてしまったねぇ】
2匹のもとに戻れば、俺を挟んでイクファとニギルが微妙な距離を保って腰を下ろした。
ニギルがどこかバツが悪そうに謝ってくれた。
『2匹とも、いつもこんな感じなの?』
【まぁ、大体ね・・・。イクファは昔から礼儀知らずで生意気で可愛げが無いから、顔を見るとつい苛めたくなるのだよ】
そう言いながら、イクファに向かってニギルがシャーと牙を見せた。
【こいつは昔から、何かと私に突っかかってくるのだ。陰湿で嫌味で本当に性格の悪い蛇だ。ケイタ、こんなやつとは関わってはいかん。性悪が感染る】
イクファも負けじと、ニギルに向かって牙を剥く。
本当に大人気ない。
【そんなもの感染るか馬鹿め、だいたいお前は・・・・・いや、止めよう。これをやっているとキリがない】
しょうもない言い合いを先に切り上げたのはニギルだった。
【それよりも、今はケイタの話だよ】
【あぁ、そうだ。私達の話はどうでも良いのだ】
イクファもハッとしたように俺の方へ顔を向けた。
ようやく話が戻るらしい。

【ケイタ、先ほどの話だが】
『うん・・・』
【すまない。私はお前に我慢をさせてしまったのだな】
『え』
イクファは怒るかもしれないと少し身構えたけど、かけられた言葉は思っていたのとは違うものだった。
【私はお前の事がとても大切だ。お前を傷付ける者は許せないし憎い。だから人間の話を聞くと怒りが抑えられない】
そう言うイクファの口調は、話す内容に反して落ち着いている。
【だが私のその怒りが、かえってお前の口を開きにくくしてしまったのだな。すまなかった】
『イクファが謝ることじゃないよ。イクファが俺の事を思って怒ってくれてるのは分かってるから』
【しかし、そのせいでお前に辛い気持ちを抱え続けさせてしまった】
【ケイタよ。イクファはお前さんの事には感情的で強情だが、愚かではないよ】
ニギルがイクファに逆立てられた鱗を撫で整えながら、なんでもないように言う。
【お前さんに話す気があるなら、イクファはちゃんと耳を傾ける。心配しなくて良いよ、大丈夫】
さっきまであんな大喧嘩をしていた癖に、ニギルはイクファに対して認めるべきところはちゃんと認めているらしい。
そういう潔いところは、実に竜らしい。
『・・怒らないか?』
【怒るに決まっているだろう。だが、それは私の怒りであって私の問題だ、ケイタが気にする事ではない。お前はお前の事だけを考えれば良いのだよ】
【ケイタ、自分の感情と他者の感情を一緒くたに考えてはいけないよ。誰かがお前さんの為を思って怒っているのだとしても、それはそやつの感情であってお前さんの気持ちでは無いからね。それに対して遠慮する必要はないし、合わせる必要もない。共感は大切だが同調は無意味だ。そこを間違えてはいけない】
【ニギルの言う通りだ。お前の気持ちはお前のもの、私の気持ちは私のものだ。だから私はこの怒りをお前に押し付けるつもりはない。それを分かって欲しい】
『そっか・・・・なるほど。うん・・・うん、分かった』
2匹の言葉を飲み込み、納得した。
そうか、別に俺はイクファの怒りに遠慮する必要は無いんだ。
イクファもそれを望んでいない。
【ケイタ、お前が嫌でなければ話を聞かせてほしい。気持ちを心の内に隠さないでくれ。隠されてしまえば私には何も分からない。お前が何に苦しんでいるのか、何を必要としているのか。だから、ちゃんと話をしよう】
漆黒の兄竜が俺を真っ直ぐに見つめて言ったその言葉にハッとした。
それは俺があの悲しい部屋で言い続けていた言葉だ。
俺が求め続けていた事。
そうだ、忘れていた。
言葉にしなければ何も伝わらないんだ。
俺がイクファやダイル達に対して感じていた後ろめたさや遠慮ですら、伝わらないんだ。
気持ちは言葉にしなければ、相手には伝わらない。
『イクファ・・・・俺の話を聞いてくれるか?』
【あぁ、勿論だ】
俺の言葉に頷いたイクファは、年長者としての寛容さと頼っても良いのだと思わせる安心感があった。

『えっと・・・・それで、何処から話せば良いかな。っていうか、イクファは何処から聞いてた?』
【お前を傷付けた人間、バルギーと言ったか。そやつとの馴れ初めから島に来るまでの出来事は聞いた】
『全部聞いてんじゃん』
思ったよりも早い段階から側に居たんだな。
【そうだな】
『え、じゃぁ、もう話すこと無い・・・・』
【違う。私が聞きたいのは、お前がどうしたいかだ】
『どうしたいか?』
【そうだ。お前がどんな辛い目にあったのかは把握した。その事について耐え難い怒りは覚えるが、それはまぁ私の問題だからどうでも良い。それよりも、お前がこれからどうしたいかが重要だ。同情や慰めが欲しいのでは無いのであろう?お前は答えを知りたいのだろう?】
『・・うん。そう』
【ならば、その答えに行き着くまでの道を一緒に探そう。答えを見つけられるのはお前だけだが、一緒に道を探す事はできる】
【そうだよ。これでも伊達に長生きはしていないからねぇ。私達でも少しくらいの助言はできるものさ】
確かに、イクファ達から見れば俺の生きた時間なんてほんの一瞬。
冗談抜きで生まれたての赤ん坊と同じようなもんだろう。
人生の経験値が比べ物にならない。
きっと俺が見つけられないでいる道も、イクファ達には見えているのかもしれない。
『頼もしいなぁ』
【そう思ってもらえると嬉しいねぇ】
【では、ケイタ。まずはお前の求める“答え”と言うものが具体的に何を示すのかを明確にしよう】
【そうだね。ケイタ、お前の求める答えは何だい?】
『俺の求める答え・・・それは』
自分の心の中に渦巻く解消されない疑問や苦しみを見つめてみる。
色々な気持ちが混ざり合ってて全然整理できないけど、とりあえず思うがまま口に出してみる事にした。
『・・・・なんでバルギーがあんな事をしたのか知りたい。バルギーの考えている事を、気持ちを知りたい。俺はバルギーの心の内を知りたかった。あんなに酷い事されたのに、俺はバルギーの事を未だに理解したいと思ってるんだ。何でだろう。本当は憎むべきなのかもしれないんだけど、憎めないんだ。怒るべきなんだろうけど、そこまで激しく怒れない。とにかく悲しいんだ。怒りよりも悲しみが強い。もう、バルギーとの関係は諦めようと決めたのに、今でも忘れられなくて悲しいんだ。何でこんなに悲しいのか、それが分からないんだ』
一息に吐き出してみれば、本当に全然纏まりが無くて訳が分からない。
だけど、こんなとりとめのない俺の言葉でもイクファ達には何か分かったらしい。
【・・・なるほど】
【これは、だいぶ混乱しているねぇ】
【ケイタ、お前の気持ちは何となく分かった】
イクファが一つため息をこぼして、俺の顔をベロリと舐めた。
【少し整理する必要があるな】

イクファの言葉に困ってしまった。
『整理・・・の仕方が分かんない』
【うむ。そうだな・・・・まずは、お前自身で答えが出せるものと出せないものに分けよう】
『答えが出せるものと、出せないもの?』
【そうだ】
【ケイタ、難しく考える必要はないよ】
【まず、そのバルギーとやらの人間の考えている事、心の内を知りたいというところだ】
『うん。俺が一番知りたい答えだ』
【それはお前が出せる答えではない。悩む意味が無いから、考える必要は無い】
『えぇ・・・』
それが重要なとこなのにぃ・・。
【ケイタ、お前以外の者が考える事は、当たり前だがお前には分からない事だ。そやつの考えはそやつにしか分からない。お前がどう考えても、お前の中からは答えは出てこない】
【そうだよケイタ。いくらお前さんが考えたところで、それは“想像”にしか過ぎない。それで例え答えだと思うものに辿り着いたとしても、それは結局ケイタが答えだと想像したものに辿り着いただけで、本当の答えじゃないからねぇ】
『なるほど、そりゃそうだ』
【だから、その答えはここでいくら考えても出てこないものだ】
【では、お前さんが出せる答えは何か。これはもう分かるね?】
俺が分かるのは、俺の気持ちだけ。
『何でこんなに悲しいか?』
【そうだ】
【それは、ケイタの心の中に答えがあるはずだよ】
よく出来ましたと言う感じで2匹に頷かれ、俺は自分の混乱する心の中をもう一度覗き直してみる事にした。
相変わらず何も分からない事に違いは無いけれども、バルギーの心の内が分からないと言う苦しみはイクファ達のお陰でとりあえず横に置いておく事ができた。
答えを見つけるべき問題が絞られれば、散り散りになっていた思考もまとまってくる。
答えの見つからない濃霧の中、漸く向かうべき方向だけは分かった気がした。
【さぁ、ケイタ。一緒に考えよう。お前の悲しみの原因は何なのか】
しおりを挟む
ご感想への返信停止中です。
感想 386

あなたにおすすめの小説

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!

ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。 「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」 なんだか義兄の様子がおかしいのですが…? このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ! ファンタジーラブコメBLです。 平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります♡ 【登場人物】 攻→ヴィルヘルム 完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが… 受→レイナード 和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜のたまにシリアス ・話の流れが遅い

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

【完結】国に売られた僕は変態皇帝に育てられ寵妃になった

cyan
BL
陛下が町娘に手を出して生まれたのが僕。後宮で虐げられて生活していた僕は、とうとう他国に売られることになった。 一途なシオンと、皇帝のお話。 ※どんどん変態度が増すので苦手な方はお気を付けください。

普通の男の子がヤンデレや変態に愛されるだけの短編集、はじめました。

山田ハメ太郎
BL
タイトル通りです。 お話ごとに章分けしており、ひとつの章が大体1万文字以下のショート詰め合わせです。 サクッと読めますので、お好きなお話からどうぞ。

処理中です...