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第四章 将軍様一局願います!
第35話 求める答え
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『げっ!』
思ってもみないイクファの登場に驚いて、思わず声が漏れてしまった。
【げっ、とはなんだ。げっ、とは】
俺の漏らした声に、イクファの尻尾が苛立たしげに地面を打った。
『あ、ごめん。驚いてつい。っていうかいつから居たんだよー。盗み聞きとか良くないと思う』
【いつまで経ってもお前が戻ってこないから、心配して見に来たのだ】
あ、そういえば巣を出てきてから結構経ってるか。
『ごめん』
【まぁ、それは良い。それよりも】
『うん?』
【今の話は本当か?】
『あー・・・・ねー?』
そうだよねー、聞いてたんだよねー。
うーん、気まずいなぁ。
なんとなく誤魔化すように曖昧な返事をして目を逸らせば、イクファがクルルルと悲しげに喉を鳴らした。
【何故話してくれなかったのだ・・・私はそんなに頼りにならぬか?私よりもそんな蛇に相談するとは】
蛇って・・・。
ニギルに対する言い様が少し気になったけど、それよりも露骨に拗ねたような声でしゅんと首を落とされて罪悪感に焦る。
だから、それは違うんだと言おうとしたんだけど、それよりも先にニギルが口を開いた。
【イクファ、弟からの信頼が薄いのではないかぁ?初対面の私に出来る相談ですらしてもらえぬとはねぇ】
それは完全に馬鹿にしたような響きだった。
しかも、首を捻りながら伸ばして顔を逆さまにした状態でイクファの顔を覗き込み、間近で舌をピロピロと出し入れする。
完全に煽っている。
『えぇ・・・』
さっきまでの落ち着きある大人な雰囲気が皆無でびっくりした。
もちろん、そんな煽りをされて黙っているイクファではない。
【やかましいっ!この陰険蛇めっ】
落ち込んでいた気配が一瞬で消え去り、一つ唸ったかと思ったらグワリと躊躇いなく大蛇の胴体に食らいついた。
【ぎゃぁぁーっ!!】
『うへぇっ』
イクファに噛みつかれたニギルが叫びのたうち、乗っていた俺は見事に振り落とされる。
幸いなことに、頑丈な竜体は岩場の上に落とされても大したダメージは受けない。
それよりもニギルとイクファの怪獣バトルに巻き込まれる方が怖いので、俺は素早く2匹から距離をとった。
【いきなり噛み付く馬鹿が何処にいるっ】
食らいつくイクファを、ニギルの長い胴が締め上げる。
【貴様が先に喧嘩をふっかけてきたのだろうがっ】
イクファの鋭い爪がニギルの胴に食い込み、鱗が剥がれていく。
【いたたたっ、おい、この阿呆っ!鱗が剥がれたぞっ】
ニギルが苛立たしげにイクファの角に噛み付く。
【それはこっちもだっ!】
爪に力を込めて、イクファがわざとニギルの鱗を逆立てている。
なんだ。
なんなんだ、この喧嘩は。
【えぇい、この根暗竜めっ。少しは兄に対して敬意を持たないかっ】
あ、ニギルの方がお兄さんなのか。
【何が兄だっ。たかだか200年程度の差。ほぼ同い年だろうが!!】
イクファ、200年は同い年認定か。
【200年程度でも、兄は兄だっ】
あぁ、ニギルにとっても200年はやっぱり対した差じゃないって認識なんだ。
っつーか・・・・。
大人気ねぇぇ~・・・。
『あー・・・・終わった?』
イクファとニギルの取っ組み合いがひと段落した頃、そっと声を掛ければ2匹が静かに頷いた。
【子竜の前で馬鹿馬鹿しい事をしてしまった・・・】
【お前が阿呆な挑発をするからだ・・】
双方、息を切らしながら項垂れている。
気の済むまで相撲をとって、ようやく我にかえったらしい。
『イクファとニギルって・・・仲良いんだね』
【ははは・・・そう見えるかい?】
【ケイタ、冗談でも勘弁してくれ・・】
イクファもニギルも疲れたように返事をしたけど、なんやかんや2匹ともちゃんと加減してやり合ってたから、まぁ戯れあいみたいなもんなんだろう。
【すまないねケイタ、大人気ないところを見せてしまったねぇ】
2匹のもとに戻れば、俺を挟んでイクファとニギルが微妙な距離を保って腰を下ろした。
ニギルがどこかバツが悪そうに謝ってくれた。
『2匹とも、いつもこんな感じなの?』
【まぁ、大体ね・・・。イクファは昔から礼儀知らずで生意気で可愛げが無いから、顔を見るとつい苛めたくなるのだよ】
そう言いながら、イクファに向かってニギルがシャーと牙を見せた。
【こいつは昔から、何かと私に突っかかってくるのだ。陰湿で嫌味で本当に性格の悪い蛇だ。ケイタ、こんなやつとは関わってはいかん。性悪が感染る】
イクファも負けじと、ニギルに向かって牙を剥く。
本当に大人気ない。
【そんなもの感染るか馬鹿め、だいたいお前は・・・・・いや、止めよう。これをやっているとキリがない】
しょうもない言い合いを先に切り上げたのはニギルだった。
【それよりも、今はケイタの話だよ】
【あぁ、そうだ。私達の話はどうでも良いのだ】
イクファもハッとしたように俺の方へ顔を向けた。
ようやく話が戻るらしい。
【ケイタ、先ほどの話だが】
『うん・・・』
【すまない。私はお前に我慢をさせてしまったのだな】
『え』
イクファは怒るかもしれないと少し身構えたけど、かけられた言葉は思っていたのとは違うものだった。
【私はお前の事がとても大切だ。お前を傷付ける者は許せないし憎い。だから人間の話を聞くと怒りが抑えられない】
そう言うイクファの口調は、話す内容に反して落ち着いている。
【だが私のその怒りが、かえってお前の口を開きにくくしてしまったのだな。すまなかった】
『イクファが謝ることじゃないよ。イクファが俺の事を思って怒ってくれてるのは分かってるから』
【しかし、そのせいでお前に辛い気持ちを抱え続けさせてしまった】
【ケイタよ。イクファはお前さんの事には感情的で強情だが、愚かではないよ】
ニギルがイクファに逆立てられた鱗を撫で整えながら、なんでもないように言う。
【お前さんに話す気があるなら、イクファはちゃんと耳を傾ける。心配しなくて良いよ、大丈夫】
さっきまであんな大喧嘩をしていた癖に、ニギルはイクファに対して認めるべきところはちゃんと認めているらしい。
そういう潔いところは、実に竜らしい。
『・・怒らないか?』
【怒るに決まっているだろう。だが、それは私の怒りであって私の問題だ、ケイタが気にする事ではない。お前はお前の事だけを考えれば良いのだよ】
【ケイタ、自分の感情と他者の感情を一緒くたに考えてはいけないよ。誰かがお前さんの為を思って怒っているのだとしても、それはそやつの感情であってお前さんの気持ちでは無いからね。それに対して遠慮する必要はないし、合わせる必要もない。共感は大切だが同調は無意味だ。そこを間違えてはいけない】
【ニギルの言う通りだ。お前の気持ちはお前のもの、私の気持ちは私のものだ。だから私はこの怒りをお前に押し付けるつもりはない。それを分かって欲しい】
『そっか・・・・なるほど。うん・・・うん、分かった』
2匹の言葉を飲み込み、納得した。
そうか、別に俺はイクファの怒りに遠慮する必要は無いんだ。
イクファもそれを望んでいない。
【ケイタ、お前が嫌でなければ話を聞かせてほしい。気持ちを心の内に隠さないでくれ。隠されてしまえば私には何も分からない。お前が何に苦しんでいるのか、何を必要としているのか。だから、ちゃんと話をしよう】
漆黒の兄竜が俺を真っ直ぐに見つめて言ったその言葉にハッとした。
それは俺があの悲しい部屋で言い続けていた言葉だ。
俺が求め続けていた事。
そうだ、忘れていた。
言葉にしなければ何も伝わらないんだ。
俺がイクファやダイル達に対して感じていた後ろめたさや遠慮ですら、伝わらないんだ。
気持ちは言葉にしなければ、相手には伝わらない。
『イクファ・・・・俺の話を聞いてくれるか?』
【あぁ、勿論だ】
俺の言葉に頷いたイクファは、年長者としての寛容さと頼っても良いのだと思わせる安心感があった。
『えっと・・・・それで、何処から話せば良いかな。っていうか、イクファは何処から聞いてた?』
【お前を傷付けた人間、バルギーと言ったか。そやつとの馴れ初めから島に来るまでの出来事は聞いた】
『全部聞いてんじゃん』
思ったよりも早い段階から側に居たんだな。
【そうだな】
『え、じゃぁ、もう話すこと無い・・・・』
【違う。私が聞きたいのは、お前がどうしたいかだ】
『どうしたいか?』
【そうだ。お前がどんな辛い目にあったのかは把握した。その事について耐え難い怒りは覚えるが、それはまぁ私の問題だからどうでも良い。それよりも、お前がこれからどうしたいかが重要だ。同情や慰めが欲しいのでは無いのであろう?お前は答えを知りたいのだろう?】
『・・うん。そう』
【ならば、その答えに行き着くまでの道を一緒に探そう。答えを見つけられるのはお前だけだが、一緒に道を探す事はできる】
【そうだよ。これでも伊達に長生きはしていないからねぇ。私達でも少しくらいの助言はできるものさ】
確かに、イクファ達から見れば俺の生きた時間なんてほんの一瞬。
冗談抜きで生まれたての赤ん坊と同じようなもんだろう。
人生の経験値が比べ物にならない。
きっと俺が見つけられないでいる道も、イクファ達には見えているのかもしれない。
『頼もしいなぁ』
【そう思ってもらえると嬉しいねぇ】
【では、ケイタ。まずはお前の求める“答え”と言うものが具体的に何を示すのかを明確にしよう】
【そうだね。ケイタ、お前の求める答えは何だい?】
『俺の求める答え・・・それは』
自分の心の中に渦巻く解消されない疑問や苦しみを見つめてみる。
色々な気持ちが混ざり合ってて全然整理できないけど、とりあえず思うがまま口に出してみる事にした。
『・・・・なんでバルギーがあんな事をしたのか知りたい。バルギーの考えている事を、気持ちを知りたい。俺はバルギーの心の内を知りたかった。あんなに酷い事されたのに、俺はバルギーの事を未だに理解したいと思ってるんだ。何でだろう。本当は憎むべきなのかもしれないんだけど、憎めないんだ。怒るべきなんだろうけど、そこまで激しく怒れない。とにかく悲しいんだ。怒りよりも悲しみが強い。もう、バルギーとの関係は諦めようと決めたのに、今でも忘れられなくて悲しいんだ。何でこんなに悲しいのか、それが分からないんだ』
一息に吐き出してみれば、本当に全然纏まりが無くて訳が分からない。
だけど、こんなとりとめのない俺の言葉でもイクファ達には何か分かったらしい。
【・・・なるほど】
【これは、だいぶ混乱しているねぇ】
【ケイタ、お前の気持ちは何となく分かった】
イクファが一つため息をこぼして、俺の顔をベロリと舐めた。
【少し整理する必要があるな】
イクファの言葉に困ってしまった。
『整理・・・の仕方が分かんない』
【うむ。そうだな・・・・まずは、お前自身で答えが出せるものと出せないものに分けよう】
『答えが出せるものと、出せないもの?』
【そうだ】
【ケイタ、難しく考える必要はないよ】
【まず、そのバルギーとやらの人間の考えている事、心の内を知りたいというところだ】
『うん。俺が一番知りたい答えだ』
【それはお前が出せる答えではない。悩む意味が無いから、考える必要は無い】
『えぇ・・・』
それが重要なとこなのにぃ・・。
【ケイタ、お前以外の者が考える事は、当たり前だがお前には分からない事だ。そやつの考えはそやつにしか分からない。お前がどう考えても、お前の中からは答えは出てこない】
【そうだよケイタ。いくらお前さんが考えたところで、それは“想像”にしか過ぎない。それで例え答えだと思うものに辿り着いたとしても、それは結局ケイタが答えだと想像したものに辿り着いただけで、本当の答えじゃないからねぇ】
『なるほど、そりゃそうだ』
【だから、その答えはここでいくら考えても出てこないものだ】
【では、お前さんが出せる答えは何か。これはもう分かるね?】
俺が分かるのは、俺の気持ちだけ。
『何でこんなに悲しいか?』
【そうだ】
【それは、ケイタの心の中に答えがあるはずだよ】
よく出来ましたと言う感じで2匹に頷かれ、俺は自分の混乱する心の中をもう一度覗き直してみる事にした。
相変わらず何も分からない事に違いは無いけれども、バルギーの心の内が分からないと言う苦しみはイクファ達のお陰でとりあえず横に置いておく事ができた。
答えを見つけるべき問題が絞られれば、散り散りになっていた思考もまとまってくる。
答えの見つからない濃霧の中、漸く向かうべき方向だけは分かった気がした。
【さぁ、ケイタ。一緒に考えよう。お前の悲しみの原因は何なのか】
思ってもみないイクファの登場に驚いて、思わず声が漏れてしまった。
【げっ、とはなんだ。げっ、とは】
俺の漏らした声に、イクファの尻尾が苛立たしげに地面を打った。
『あ、ごめん。驚いてつい。っていうかいつから居たんだよー。盗み聞きとか良くないと思う』
【いつまで経ってもお前が戻ってこないから、心配して見に来たのだ】
あ、そういえば巣を出てきてから結構経ってるか。
『ごめん』
【まぁ、それは良い。それよりも】
『うん?』
【今の話は本当か?】
『あー・・・・ねー?』
そうだよねー、聞いてたんだよねー。
うーん、気まずいなぁ。
なんとなく誤魔化すように曖昧な返事をして目を逸らせば、イクファがクルルルと悲しげに喉を鳴らした。
【何故話してくれなかったのだ・・・私はそんなに頼りにならぬか?私よりもそんな蛇に相談するとは】
蛇って・・・。
ニギルに対する言い様が少し気になったけど、それよりも露骨に拗ねたような声でしゅんと首を落とされて罪悪感に焦る。
だから、それは違うんだと言おうとしたんだけど、それよりも先にニギルが口を開いた。
【イクファ、弟からの信頼が薄いのではないかぁ?初対面の私に出来る相談ですらしてもらえぬとはねぇ】
それは完全に馬鹿にしたような響きだった。
しかも、首を捻りながら伸ばして顔を逆さまにした状態でイクファの顔を覗き込み、間近で舌をピロピロと出し入れする。
完全に煽っている。
『えぇ・・・』
さっきまでの落ち着きある大人な雰囲気が皆無でびっくりした。
もちろん、そんな煽りをされて黙っているイクファではない。
【やかましいっ!この陰険蛇めっ】
落ち込んでいた気配が一瞬で消え去り、一つ唸ったかと思ったらグワリと躊躇いなく大蛇の胴体に食らいついた。
【ぎゃぁぁーっ!!】
『うへぇっ』
イクファに噛みつかれたニギルが叫びのたうち、乗っていた俺は見事に振り落とされる。
幸いなことに、頑丈な竜体は岩場の上に落とされても大したダメージは受けない。
それよりもニギルとイクファの怪獣バトルに巻き込まれる方が怖いので、俺は素早く2匹から距離をとった。
【いきなり噛み付く馬鹿が何処にいるっ】
食らいつくイクファを、ニギルの長い胴が締め上げる。
【貴様が先に喧嘩をふっかけてきたのだろうがっ】
イクファの鋭い爪がニギルの胴に食い込み、鱗が剥がれていく。
【いたたたっ、おい、この阿呆っ!鱗が剥がれたぞっ】
ニギルが苛立たしげにイクファの角に噛み付く。
【それはこっちもだっ!】
爪に力を込めて、イクファがわざとニギルの鱗を逆立てている。
なんだ。
なんなんだ、この喧嘩は。
【えぇい、この根暗竜めっ。少しは兄に対して敬意を持たないかっ】
あ、ニギルの方がお兄さんなのか。
【何が兄だっ。たかだか200年程度の差。ほぼ同い年だろうが!!】
イクファ、200年は同い年認定か。
【200年程度でも、兄は兄だっ】
あぁ、ニギルにとっても200年はやっぱり対した差じゃないって認識なんだ。
っつーか・・・・。
大人気ねぇぇ~・・・。
『あー・・・・終わった?』
イクファとニギルの取っ組み合いがひと段落した頃、そっと声を掛ければ2匹が静かに頷いた。
【子竜の前で馬鹿馬鹿しい事をしてしまった・・・】
【お前が阿呆な挑発をするからだ・・】
双方、息を切らしながら項垂れている。
気の済むまで相撲をとって、ようやく我にかえったらしい。
『イクファとニギルって・・・仲良いんだね』
【ははは・・・そう見えるかい?】
【ケイタ、冗談でも勘弁してくれ・・】
イクファもニギルも疲れたように返事をしたけど、なんやかんや2匹ともちゃんと加減してやり合ってたから、まぁ戯れあいみたいなもんなんだろう。
【すまないねケイタ、大人気ないところを見せてしまったねぇ】
2匹のもとに戻れば、俺を挟んでイクファとニギルが微妙な距離を保って腰を下ろした。
ニギルがどこかバツが悪そうに謝ってくれた。
『2匹とも、いつもこんな感じなの?』
【まぁ、大体ね・・・。イクファは昔から礼儀知らずで生意気で可愛げが無いから、顔を見るとつい苛めたくなるのだよ】
そう言いながら、イクファに向かってニギルがシャーと牙を見せた。
【こいつは昔から、何かと私に突っかかってくるのだ。陰湿で嫌味で本当に性格の悪い蛇だ。ケイタ、こんなやつとは関わってはいかん。性悪が感染る】
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【そんなもの感染るか馬鹿め、だいたいお前は・・・・・いや、止めよう。これをやっているとキリがない】
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【それよりも、今はケイタの話だよ】
【あぁ、そうだ。私達の話はどうでも良いのだ】
イクファもハッとしたように俺の方へ顔を向けた。
ようやく話が戻るらしい。
【ケイタ、先ほどの話だが】
『うん・・・』
【すまない。私はお前に我慢をさせてしまったのだな】
『え』
イクファは怒るかもしれないと少し身構えたけど、かけられた言葉は思っていたのとは違うものだった。
【私はお前の事がとても大切だ。お前を傷付ける者は許せないし憎い。だから人間の話を聞くと怒りが抑えられない】
そう言うイクファの口調は、話す内容に反して落ち着いている。
【だが私のその怒りが、かえってお前の口を開きにくくしてしまったのだな。すまなかった】
『イクファが謝ることじゃないよ。イクファが俺の事を思って怒ってくれてるのは分かってるから』
【しかし、そのせいでお前に辛い気持ちを抱え続けさせてしまった】
【ケイタよ。イクファはお前さんの事には感情的で強情だが、愚かではないよ】
ニギルがイクファに逆立てられた鱗を撫で整えながら、なんでもないように言う。
【お前さんに話す気があるなら、イクファはちゃんと耳を傾ける。心配しなくて良いよ、大丈夫】
さっきまであんな大喧嘩をしていた癖に、ニギルはイクファに対して認めるべきところはちゃんと認めているらしい。
そういう潔いところは、実に竜らしい。
『・・怒らないか?』
【怒るに決まっているだろう。だが、それは私の怒りであって私の問題だ、ケイタが気にする事ではない。お前はお前の事だけを考えれば良いのだよ】
【ケイタ、自分の感情と他者の感情を一緒くたに考えてはいけないよ。誰かがお前さんの為を思って怒っているのだとしても、それはそやつの感情であってお前さんの気持ちでは無いからね。それに対して遠慮する必要はないし、合わせる必要もない。共感は大切だが同調は無意味だ。そこを間違えてはいけない】
【ニギルの言う通りだ。お前の気持ちはお前のもの、私の気持ちは私のものだ。だから私はこの怒りをお前に押し付けるつもりはない。それを分かって欲しい】
『そっか・・・・なるほど。うん・・・うん、分かった』
2匹の言葉を飲み込み、納得した。
そうか、別に俺はイクファの怒りに遠慮する必要は無いんだ。
イクファもそれを望んでいない。
【ケイタ、お前が嫌でなければ話を聞かせてほしい。気持ちを心の内に隠さないでくれ。隠されてしまえば私には何も分からない。お前が何に苦しんでいるのか、何を必要としているのか。だから、ちゃんと話をしよう】
漆黒の兄竜が俺を真っ直ぐに見つめて言ったその言葉にハッとした。
それは俺があの悲しい部屋で言い続けていた言葉だ。
俺が求め続けていた事。
そうだ、忘れていた。
言葉にしなければ何も伝わらないんだ。
俺がイクファやダイル達に対して感じていた後ろめたさや遠慮ですら、伝わらないんだ。
気持ちは言葉にしなければ、相手には伝わらない。
『イクファ・・・・俺の話を聞いてくれるか?』
【あぁ、勿論だ】
俺の言葉に頷いたイクファは、年長者としての寛容さと頼っても良いのだと思わせる安心感があった。
『えっと・・・・それで、何処から話せば良いかな。っていうか、イクファは何処から聞いてた?』
【お前を傷付けた人間、バルギーと言ったか。そやつとの馴れ初めから島に来るまでの出来事は聞いた】
『全部聞いてんじゃん』
思ったよりも早い段階から側に居たんだな。
【そうだな】
『え、じゃぁ、もう話すこと無い・・・・』
【違う。私が聞きたいのは、お前がどうしたいかだ】
『どうしたいか?』
【そうだ。お前がどんな辛い目にあったのかは把握した。その事について耐え難い怒りは覚えるが、それはまぁ私の問題だからどうでも良い。それよりも、お前がこれからどうしたいかが重要だ。同情や慰めが欲しいのでは無いのであろう?お前は答えを知りたいのだろう?】
『・・うん。そう』
【ならば、その答えに行き着くまでの道を一緒に探そう。答えを見つけられるのはお前だけだが、一緒に道を探す事はできる】
【そうだよ。これでも伊達に長生きはしていないからねぇ。私達でも少しくらいの助言はできるものさ】
確かに、イクファ達から見れば俺の生きた時間なんてほんの一瞬。
冗談抜きで生まれたての赤ん坊と同じようなもんだろう。
人生の経験値が比べ物にならない。
きっと俺が見つけられないでいる道も、イクファ達には見えているのかもしれない。
『頼もしいなぁ』
【そう思ってもらえると嬉しいねぇ】
【では、ケイタ。まずはお前の求める“答え”と言うものが具体的に何を示すのかを明確にしよう】
【そうだね。ケイタ、お前の求める答えは何だい?】
『俺の求める答え・・・それは』
自分の心の中に渦巻く解消されない疑問や苦しみを見つめてみる。
色々な気持ちが混ざり合ってて全然整理できないけど、とりあえず思うがまま口に出してみる事にした。
『・・・・なんでバルギーがあんな事をしたのか知りたい。バルギーの考えている事を、気持ちを知りたい。俺はバルギーの心の内を知りたかった。あんなに酷い事されたのに、俺はバルギーの事を未だに理解したいと思ってるんだ。何でだろう。本当は憎むべきなのかもしれないんだけど、憎めないんだ。怒るべきなんだろうけど、そこまで激しく怒れない。とにかく悲しいんだ。怒りよりも悲しみが強い。もう、バルギーとの関係は諦めようと決めたのに、今でも忘れられなくて悲しいんだ。何でこんなに悲しいのか、それが分からないんだ』
一息に吐き出してみれば、本当に全然纏まりが無くて訳が分からない。
だけど、こんなとりとめのない俺の言葉でもイクファ達には何か分かったらしい。
【・・・なるほど】
【これは、だいぶ混乱しているねぇ】
【ケイタ、お前の気持ちは何となく分かった】
イクファが一つため息をこぼして、俺の顔をベロリと舐めた。
【少し整理する必要があるな】
イクファの言葉に困ってしまった。
『整理・・・の仕方が分かんない』
【うむ。そうだな・・・・まずは、お前自身で答えが出せるものと出せないものに分けよう】
『答えが出せるものと、出せないもの?』
【そうだ】
【ケイタ、難しく考える必要はないよ】
【まず、そのバルギーとやらの人間の考えている事、心の内を知りたいというところだ】
『うん。俺が一番知りたい答えだ』
【それはお前が出せる答えではない。悩む意味が無いから、考える必要は無い】
『えぇ・・・』
それが重要なとこなのにぃ・・。
【ケイタ、お前以外の者が考える事は、当たり前だがお前には分からない事だ。そやつの考えはそやつにしか分からない。お前がどう考えても、お前の中からは答えは出てこない】
【そうだよケイタ。いくらお前さんが考えたところで、それは“想像”にしか過ぎない。それで例え答えだと思うものに辿り着いたとしても、それは結局ケイタが答えだと想像したものに辿り着いただけで、本当の答えじゃないからねぇ】
『なるほど、そりゃそうだ』
【だから、その答えはここでいくら考えても出てこないものだ】
【では、お前さんが出せる答えは何か。これはもう分かるね?】
俺が分かるのは、俺の気持ちだけ。
『何でこんなに悲しいか?』
【そうだ】
【それは、ケイタの心の中に答えがあるはずだよ】
よく出来ましたと言う感じで2匹に頷かれ、俺は自分の混乱する心の中をもう一度覗き直してみる事にした。
相変わらず何も分からない事に違いは無いけれども、バルギーの心の内が分からないと言う苦しみはイクファ達のお陰でとりあえず横に置いておく事ができた。
答えを見つけるべき問題が絞られれば、散り散りになっていた思考もまとまってくる。
答えの見つからない濃霧の中、漸く向かうべき方向だけは分かった気がした。
【さぁ、ケイタ。一緒に考えよう。お前の悲しみの原因は何なのか】
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五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8
六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11
七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18
3点スキルと食事転生。食いしん坊の幸福論。〜飯作るために、貰ったスキル、完全に戦闘狂向き〜
西園寺若葉
ファンタジー
伯爵家の当主と側室の子であるリアムは転生者である。
転生した時に、目立たないから大丈夫と貰ったスキルが、転生して直後、ひょんなことから1番知られてはいけない人にバレてしまう。
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- ゲス要素があります。
- この話はフィクションです。
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