飛竜誤誕顛末記

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第三章 将軍様はご乱心!

第23話 戦盤

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バルギーによる鬼の大量オーダーを終えてようやく店を出た頃には、太陽の位置はだいぶ傾いていた。
そろそろ帰る頃合いかな。

「バルギー、他にも買い物はあるか?あっ、俺のものじゃ無くてだぞ!」
「いや、私の買い物は終わりだ。いつかちゃんとお前の採寸をせねばと思っていたから、今日は良い機会だった」
「そ、そっか・・・。なんか沢山買ってもらっちゃって、ありがとうな?俺の買い物ばっかでごめん」
結局、バルギーの買い物も俺のもんだったし。
「いや、久しぶりに楽しい時間を過ごせた。お前と一緒に過ごす時間は、とても気持ちが満たされる」
「俺も今日はすげぇ楽しかった!やっぱりバルギーが一番一緒にいて楽しいし、気も楽だわ」
バルギー相手だと何の気負いもなく自然体でいられるから、一緒に過ごす時間は本当に居心地が良いんだよな。
「そうか、そう言ってもらえると私も嬉しい」
言葉の通り、バルギーの目元にも嬉しそうな皺が寄っている。
「へへへ・・・・。じゃあ、ぶらぶら店でも見ながら帰るかー」
「あぁ、そうだな。そうしよう」
バルギーがこっちだと道を示してくれたので、俺たちは夕日を背に家の方角へと続く道をゆっくりと歩き始めた。


「バルギー、今日は俺のわがまま聞いてくれて本当にありがとうな」
広間で夕食後の茶を飲みながら、俺は改めてバルギーに感謝の気持ちを伝えた。
本当は忙しいだろうに、バルギーは俺のわがままを聞いて外出に付き合ってくれたんだ。
申し訳なさもあるけど、それ以上にバルギーの優しさが嬉しかった。
「私も今日はとても楽しめた。どうだ、少しは気晴らしになったか?」
「勿論!凄い満足した」
バンの所で串焼き全種コンプリート出来たし、新しい店を見つけてエリーの物もいっぱい買った。
少ししか話せなかったけど、ジョルテとの再会というサプライズもあった。
あと、困るほどの量ではあったけどバルギーに服をいっぱい買ってもらって、バルギーの楽しそうな姿も見れた。
誘拐騒動のせいでバルギーは最近ずっとピリピリしてたから、楽しそうな様子を見れたのは俺も嬉しかった。
「そうか、良かった。すまないな、お前を閉じ込めるような状態になってしまっていて。どうしても心配でな」
空になったカップに、バルギーが新たに茶を注いでくれる。
「お前に手を出した愚か者共も間も無く全員捕らえられるだろう。だから、それまでもう少しだけ我慢していてくれ」
「うん、大丈夫。ちゃんと大人しく家にいるよ」
今日でだいぶ気が晴れたからな。
これでしばらくはまた大人しく篭っていられる。
「良い子だ。お前には我慢ばかりさせてしまっているからな・・・なるべく早く元の生活に戻れるよう私も下手人達の捕縛に努める」
約束するように、バルギーが強い眼差しで俺を見つめてきた。
「ありがとう。でも、バルギーもあんまり無理しないでな?バルギーが忙しいの俺のせいだって分かってるけど、最近帰りもずっと遅いだろ?バルギーが体壊さないかの方が俺は心配だからさ」
もともとあまり休みを取らず仕事漬けなバルギーだけど、ここんとこ更に帰りも遅くてずっと働いてる気がする。
いや、仕事を増やした原因は俺なんだけどさ。
でも、バルギーが前回休みを取ったのはいつだったか。
俺が騒動を起こした後は、犯人を捕まえる為にずっと働き通しだし。
騒動の前だって、休みを取ってたのは結構前な気がする。
俺のせいでバルギーが過労で倒れたりなんかしたら、結構へこむぞ。
「私の心配をしてくれるのか。お前は優しいな」
俺の言葉を聞いたバルギーは少し驚いたような顔をしたけど、直ぐに嬉しそうに表情を和らげた。
いや、そこは喜ぶとこじゃ無いから。
「ちゃんと休み取ってな?」
「あぁ、そうだな。下手人を全員捕まえたら休みを取ろう。そうしたら、また一緒に出掛けるか。今度こそ私とお前の2人だけでな」
「いや、駄目でしょ」
「・・駄目なのか?」
バルギーが何故か少しシュンとしたけど、それじゃあ休みにならないじゃないか。
「それだと疲れが取れないじゃん。家でゆっくりしろよ」
「では・・・私が休みの日は、お前も一緒に家で過ごしてくれ」
「うん?俺も一緒?」
犯人捕まったら、俺は外に出る気満々だったんだけど。
「そうだ。確かに最近帰るのが遅かったからな、お前と過ごす時間が減っていただろう?」
あー、確かに。
バルギーは朝早く出て夜遅く帰ってくるから、一緒に過ごす朝食とか夕食の時間は削られてたな。
「だから、休みを取ったのならばケイタと一緒に過ごしたい」
「はー、そう言われると嬉しいな。分かった、じゃぁバルギーが休み取ったら一緒に家でゆっくりしよう。久しぶりに蒸し風呂とか入るか?きっと疲れが取れてスッキリするよ」
最近、バルギーの時間が無くてサウナも入ってなかったからな。
久しぶりにサウナで談笑して、その後は2人でダラダラ過ごすのも良いと思う。
バルギーのダラダラする姿・・・・ふははは、想像出来ねぇな。

「蒸し風呂・・・・良いのか?」
俺の提案に、バルギーが何故か少し躊躇い気味に返してきた。
「?何が?」
「いや・・・・お前が怖がるかと思ってな」
「?何に?」
「その・・・あんな事があったのだ・・・男と共に風呂に入るのは恐ろしいだろう?」
「???何で?」
あ。
もしかして、あれか?
バルギーは、俺が男性恐怖症になっているとか思ってるんだろうか。
ないないない。
「そりゃ、あの変態共と一緒に風呂入れって言われたら気持ち悪いから絶対お断りだけど、バルギーはあいつらとは違うし。バルギーが怖い訳ないだろ?」
「そうか」
俺の言葉にバルギーは一言短く返しただけだったけど、安堵したように深く息を吐き出した。
その様子が、どれだけ俺を心配していたかを雄弁に語っている。
だけど、その後は何だか妙にやる気に溢れた表情になった。
「それでは、一日でも早く休みが取れるように頑張らねばな」
「うん。でもあんまり無理はしないようにな?」
「あぁ、大丈夫だ」
よし、バルギーが休みを取った暁には、俺がダラダラした休日の過ごし方というものを教えてやろう。
真面目なバルギーに、自堕落な休日の素晴らしさを教え込んでやるんだ。

「そうだケイタ、今日戦盤の駒を買ってきたであろう?早速やってみないか」
バルギーが俺の前に、今日買ってきた駒の入った木箱を置いた。
そう言えば、遊び方を教えてくれるって言ってたな。
寝るまでにまだ時間もあるし、折角だからやってみたい。
「やりたい!ちょっと待ってろ。今盤を持ってくる」
俺は急いで部屋に戻って、仕舞っていたゲーム盤を引っ張り出してきた。
それを持って、再びバルギーの前に戻る。
置いた盤はチェス盤とほぼ同じ、四角いマス目に交互に入る白と黒の配色。
チェスよりもマス目と駒は多い。
「よし、それではまず駒の説明だ」
バルギーが買ってきた黒い馬竜の駒を並べて、説明してくれる。
それぞれの駒の動きや、敵の駒の取り方。
ざっくり説明を聞けば、駒の動きや数に若干の違いはあれど、ほとんどチェスと同じだった。
これなら直ぐに覚えられそうだわ。
チェスと違って、こっちにはクイーンの代わりに将軍の駒がある。
数は1個だけだけど、これがクイーンに相当するような動きの駒だった。
「へぇ、俺のとこにも似た遊びあったけど、こっちは『クイーン』が無いんだな」
「ほう、似たものがあるのか。くいーんとはどのような駒なのだ」
「えっと、こっちだと何て言うんだろう。王様の奥さん」
「もしや王妃の事か?お前の所には王妃の駒があるのか?」
バルギーは少し不可解そうな表情だ。
「うん、そうそう。強い駒なんだけど、こっちには無いんだな」
「女人は戦場には出ないものだからな。そのような駒があるとは面白い。どのような駒なのだ?」
「んーと、一番強い駒。こっちのだと、将軍の駒に似てる」
「なんとっ。面白い配役だ」
興味津々と言った感じで、バルギーの食いつきが良い。
バルギー、意外とゲーム好きなんだ。
「因みに、一番弱いのは王様。王様は守られる駒だから戦わない。こっちの王様は、一応ちゃんと戦うね」
「ほぉ、実に面白いな。王は弱く、王妃が強いか」
面白そうにバルギーが頷いている。
「お前の所の戦盤も面白そうだ。いつか教えてくれ」
「うん、良いよ。こっちの駒でも代用できそうだから、いつかやってみような。あ、説明中だったのに話が逸れちゃったな。ごめん。説明続けて」
「あぁ」

バルギーがルールの説明を再開してくれる。
やっぱり殆どチェスと同じような遊びだけど、決定的に違うのが陣地取りの要素もある事だった。
将軍の駒が敵の将校にあたる駒を取った場合、駒を取ったマスが自分の陣地になる。
そうすると、そのマスを通れるのは自分の駒だけで、敵はそこを通れなくなる。
だから将軍の駒でどんどん攻めていけば陣地も増えて、敵は身動きが取れなくなるらしい。
だからと言って、将軍の駒だけで独走すると敵に囲まれてあっという間に将軍の駒は奪われてしまう。
そして、将軍の駒が奪われると、今まで取った陣地は逆に敵側の陣地に変わってしまうから、下手に将軍の駒で陣地を取りまくるのも危ないらしい。
うーん、これは結構戦略が大切なゲームだな。
「どうだ、大体分かったか?駒が多いから一気に覚えるのは大変かもしれないが、やっていけば直ぐに覚えられる」
「うん、そうだな。とりあえずやってみないと分かんないな」
ざっくりとしたルールは分かったけど、駒の動きとかは流石に1回聞いただけじゃ覚えられないから、実際に遊んで覚えていく方が早いだろ。
「では、早速やってみるか。駒の並べ方はこうだ」
バルギーが盤の上に駒を並べ始めたので、それを参考に俺の茸軍団も並べる。
やっば、くそ可愛じゃねぇか。
色んなポーズのカラフルな茸がずらりと並ぶ様は、ある意味壮観だった。
対するバルギーの駒は、重厚感ある黒い馬竜軍団。
駒のテンションのギャップがエグくて、超笑える。
シリアス対ギャグって感じだ。
えー、やっぱこの駒買って正解だったわー。
すげー、好き。

愛嬌いっぱいの茸の駒を愛でつつ、バルギーに教えてもらいながら数局対戦して、取り敢えずの遊び方はマスターした。
「うむ、流石だな。覚えるのが早い。どうだ?楽しめそうか?」
「うん!楽しい!もっとやりたい」
久しぶりのゲームに、つい夢中になってしまった。
これは楽しい。
初心者だから当たり前だけど、全っ然勝てない。
だからこそ、次こそはってついつい止めどころが分からなくなる。
「そうか、良かった。だが、今日は遅いからそろそろ寝よう」
「あ、もうそんな時間か。遅くまで付き合わせてごめんな」
ゲームに熱中していて気がつかなかったけど、いつの間にか結構遅い時間になっていたらしい。
「バルギー、これ楽しいからまた相手してくれたら嬉しいな」
「あぁ、勿論だ。明日も寝る前に一緒にやろう」
「え、本当か?それは、すげぇ嬉しい」
家で一日退屈している俺としては、最高の娯楽だ。

あー、今日は楽しかったな。
久しぶりにバルギーと穏やかな一日が過ごせた気がする。
今日買ってきた荷物の山を抱え、バルギーと一緒に寝室に戻る。
俺の寝室へと続く扉の前で足を止めて、横に並ぶバルギーを見上げた。
「バルギー。今日は本当にありがとうな。俺、すげぇ楽しかった」
「あぁ、私もとても楽しい一日だった。またそのうち一緒に出かけよう」
両手がいっぱいの俺の代わりに、バルギーが寝室の扉を開いてくれる。
「さぁ、もう寝なさい。久しぶりの外出だったから、きっと疲れている筈だ」
子供に言い聞かせるように、バルギーが俺の背中を優しく押す。
「うん、おやすみバルギー。また明日」
「あぁ、おやすみケイタ。良い夢を。また明日」

この日から、バルギーと一緒に過ごす時間の中にゲームの時間という項目が一つ増えた。
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