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鬼畜オオカミと蜂蜜ハニー
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最後の患者が診察室を出ると、壁掛時計を見上げた。
「若先生お疲れ様です」
看護婦の真木がカルテを受付に戻してから、診察室に顔を出す。
「お疲れ様です。お子さんのお迎え大丈夫ですか? もう十九時ですが」
彼女は子供を保育所に預けていて、毎日送り迎えをしている。
「今日は彼がお迎えをしてくれる事になってるんです」
「彼?」
彼女は頬を染めて頷く。
「近々結婚の予定があって。子供も彼に懐いてるので」
「それはおめでとうございます、良かったですね」
「ありがとうございます。若先生もあんな素敵な女性が居るんですもの。早い内に安心させてあげて下さいね?」
「…は?」
隼人は首を傾げて真木を見る。
「先日いらっしゃいましたよ? とても綺麗な方ですね。手作りのお菓子をお持ちになって。院長先生が嬉しそうでした。女性の方は、宜しくお願いしますとおっしゃって」
では、お疲れ様でしたと、お辞儀をされて慌てて立ち上がる。
ーーー先日? 何の事だ…。
「まさかあずさ先輩…?」
山野井あずさが院内に来たのだろうか。そうとしか思えない。隼人は溜め息をついて、PCの電源を落とした。
勝手口から家に入ると、美味しそうな煮物の匂いがして来た。
「美味そうだ」
「お疲れ様、隼人さん。悪いけど鈴を呼んで来てくれる?」
「了解」
見ればダイニングテーブルに、里桜が焼き魚を載せた皿を並べている処だった。
「あ、隼人さん、鈴が昼から部屋に篭もってるから」
「昼から?」
時計を見れば、帰宅して別れてからかれこれ六~七時間は経っている。隼人は二階へ上がり、鈴の部屋のドアをノックする。返事が無く、隼人はドアノブを握り中へ入った。
「鈴?」
見れば鈴は机に突っ伏して眠っている。広げられたノートには数式がズラリと書かれ、その脇に積み重なったノートが数冊。昔は鈴と里桜の家庭教師を買って出て、鈴は一生懸命に勉強していた。隼人は懐かしい場面を思い出し、華奢な鈴の背中を優しく揺する。
「ご飯だよ鈴」
「…ん…?」
むにゃ、と寝ぼけた様子で顔を上げる。隼人はその頬にキスをした。
「鈴君」
部活の後片付けをする鈴の背後から、晴臣が声を掛けてきた。鈴と剛が驚いていると、晴臣は困った様子で微笑んだ。
「私も此処の卒業生なんだよ。懐かしいな。流石に校舎は新しい物に変わっているけどね」
「そうなんだ?」
剛が云いながら、鈴の持つポールを奪う。
「鈴に何か話でもあるんだろ? 院長先生。鈴、此処は俺に任せて先帰れよ」
「いいの?」
「すまないね、剛くん」
剛は手を振って倉庫へ向かう。晴臣は傍に在ったベンチに腰を下ろした。鈴もその隣に座る。
「どうしたんですか? 母ちゃんに何かあったとか…?」
「いや、薫さんの事は大丈夫心配ない。話をしたいのは他の事なんだ」
晴臣は膝に載せた両手を握り締める。鈴は何となくだが、晴臣が考えている事を覚る。
「隼人の事なんだ」
鈴は静かに耳を傾けた。遠くでサッカー部の声や、野球部の球を打つ音が聴こえる。
「単刀直入に話そう。隼人には結婚相手に相応しいご令嬢が居る」
「…はい」
「彼女の強い希望だ。隼人は私の病院の後継だし、私はその先の後継を望んでいる」
即ち、子を産める女性が隼人の隣に立つのが、親の望みだと晴臣は云う。
「鈴君には隼人が申し訳ない事をしていると思う」
「お父さん…」
「酷な事を君に願う私を許して欲しい。こんな話を切り出しても…それでも君にお父さんと呼んで貰える事に、私は感謝しているんだ。鈴君、頼む…隼人の事は」
「若先生お疲れ様です」
看護婦の真木がカルテを受付に戻してから、診察室に顔を出す。
「お疲れ様です。お子さんのお迎え大丈夫ですか? もう十九時ですが」
彼女は子供を保育所に預けていて、毎日送り迎えをしている。
「今日は彼がお迎えをしてくれる事になってるんです」
「彼?」
彼女は頬を染めて頷く。
「近々結婚の予定があって。子供も彼に懐いてるので」
「それはおめでとうございます、良かったですね」
「ありがとうございます。若先生もあんな素敵な女性が居るんですもの。早い内に安心させてあげて下さいね?」
「…は?」
隼人は首を傾げて真木を見る。
「先日いらっしゃいましたよ? とても綺麗な方ですね。手作りのお菓子をお持ちになって。院長先生が嬉しそうでした。女性の方は、宜しくお願いしますとおっしゃって」
では、お疲れ様でしたと、お辞儀をされて慌てて立ち上がる。
ーーー先日? 何の事だ…。
「まさかあずさ先輩…?」
山野井あずさが院内に来たのだろうか。そうとしか思えない。隼人は溜め息をついて、PCの電源を落とした。
勝手口から家に入ると、美味しそうな煮物の匂いがして来た。
「美味そうだ」
「お疲れ様、隼人さん。悪いけど鈴を呼んで来てくれる?」
「了解」
見ればダイニングテーブルに、里桜が焼き魚を載せた皿を並べている処だった。
「あ、隼人さん、鈴が昼から部屋に篭もってるから」
「昼から?」
時計を見れば、帰宅して別れてからかれこれ六~七時間は経っている。隼人は二階へ上がり、鈴の部屋のドアをノックする。返事が無く、隼人はドアノブを握り中へ入った。
「鈴?」
見れば鈴は机に突っ伏して眠っている。広げられたノートには数式がズラリと書かれ、その脇に積み重なったノートが数冊。昔は鈴と里桜の家庭教師を買って出て、鈴は一生懸命に勉強していた。隼人は懐かしい場面を思い出し、華奢な鈴の背中を優しく揺する。
「ご飯だよ鈴」
「…ん…?」
むにゃ、と寝ぼけた様子で顔を上げる。隼人はその頬にキスをした。
「鈴君」
部活の後片付けをする鈴の背後から、晴臣が声を掛けてきた。鈴と剛が驚いていると、晴臣は困った様子で微笑んだ。
「私も此処の卒業生なんだよ。懐かしいな。流石に校舎は新しい物に変わっているけどね」
「そうなんだ?」
剛が云いながら、鈴の持つポールを奪う。
「鈴に何か話でもあるんだろ? 院長先生。鈴、此処は俺に任せて先帰れよ」
「いいの?」
「すまないね、剛くん」
剛は手を振って倉庫へ向かう。晴臣は傍に在ったベンチに腰を下ろした。鈴もその隣に座る。
「どうしたんですか? 母ちゃんに何かあったとか…?」
「いや、薫さんの事は大丈夫心配ない。話をしたいのは他の事なんだ」
晴臣は膝に載せた両手を握り締める。鈴は何となくだが、晴臣が考えている事を覚る。
「隼人の事なんだ」
鈴は静かに耳を傾けた。遠くでサッカー部の声や、野球部の球を打つ音が聴こえる。
「単刀直入に話そう。隼人には結婚相手に相応しいご令嬢が居る」
「…はい」
「彼女の強い希望だ。隼人は私の病院の後継だし、私はその先の後継を望んでいる」
即ち、子を産める女性が隼人の隣に立つのが、親の望みだと晴臣は云う。
「鈴君には隼人が申し訳ない事をしていると思う」
「お父さん…」
「酷な事を君に願う私を許して欲しい。こんな話を切り出しても…それでも君にお父さんと呼んで貰える事に、私は感謝しているんだ。鈴君、頼む…隼人の事は」
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