闇に咲く華

吉良龍美

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闇に咲く華

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『隠れん坊をしましょう』
 ーーーお母さん。
 小さな律が、ドアの向こう側での大人達の云い争いに恐怖を感じ、そのままベッドの下でジッとしていた。だが、暫くして母親の悲鳴に驚き、ベッドの下から這い出ると窓から外を見た。外は雨で、知らない女性と、以前公園で出逢った青年が居て、井戸に何かを落とす音が聞こえて…。


 フッと律は眼を覚ますと、朝の日差しに瞬きをして部屋を見渡した。
「…ここ何処?」
 ぼんやりとしながら、今しがた見た夢を思い出す。竹塚が、ここに井戸が在った筈だと云った場所に、夢の仲では存在していた。
 律が思い出した母親は、優しく暖かくて決して子供を捨てるような人ではなかったと思う。学校のPTAだって仕事をしながらも、率先して出ていたのを思い出した。窓から外を見ると、竹塚がレオンに餌を与えている処だった。
「でも、僕はお母さんに捨てられたんだよな……」
 コツンと窓に額を押し当てて、律は小さな溜め息を零した。


「お、起きたな。おはよう」
 着替えを済ませた律の許に、竹塚がノックをしてドアを開ける。
「おはよう先生。僕すっかり寝入っちゃったね」
「ああ。爆睡だった」
 云われて頬が熱くなる。自分がどれだけ子供なんだか。今更恥ずかしくなった。
「処で朝飯用意出来たから顔を洗え。リビングで待ってるから」
「え」
 竹塚が去ると、律は壁掛け時計を見る。
「げっ! 朝飯って時間じゃないじゃん」
 時計は十一時を指していた。急いで先日教えられた洗面所へ行き、リビングへ向かう。竹塚はソファーで新聞を読んでいた。レオンがおはようと律の足許に身体を擦り寄せる。
「おはようレオン」
 テーブルには皿に載せたサンドイッチが、ラップされている。
「母さんが律の分作ってるからそれを食え」
 律が席に着くと、ラップを外してサンドイッチを口にした。レタスとハムのサンドイッチや、卵サンドも在る。
「美味しい!」
 竹塚が眼を細めて微笑んだ。
「美味いか?」
「うん!」
 竹塚は立ち上がって冷蔵庫から麦茶を取り出すと、グラスに注いで律の前に差し出した。
「ありがとう」
 律は麦茶を飲んでホッとする。
「おばさんは?」
「ついさっき友人と映画に出掛けた。それを食べたら出ようか」
「……うん」
 またあの冷たい現実が待っている。夢のような時間は終わりだ。律は最後の一口を頬張った。
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