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闇に咲く華
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「おう、寄り道するなよ?」
教室を出ると滝本と竹塚が居た。律は思わず眼を逸らす。
「あの子は…」
「は?」
竹塚の声に滝本が振り返る。
「彼は、堀井律はどんな子供ですか?」
変に思われなかっただろうかと、竹塚は一瞬ヒヤリとしたが、滝本は別段気にした風でもない様子で、ああ、と云った。
「堀井は総合病院の息子でしてね。確か上のお兄さんが交通事故で、入院しているらしいですよ。堀井律は成績優秀なので、親御さんはいざって時には…いや失礼。こんな事話す事では無かったですね。失礼しました」
竹塚は双眸を見開いた。
「総合病院? まさか堀井総合病院ですか?」
「え? えぇ」
竹塚は右手で口を覆っていた。
「どうかされましたか?」
滝本が竹塚を見た。竹塚は口に当てていた手を自身の腰に添える。
「いえ」
滝本は肩を竦めて歩き出す。竹塚はその後をついて歩いた。
裕福なのに『援助交際』? 竹塚は押し黙った。きっと跡継ぎになるかもしれないプレッシャーから、馬鹿な夜遊びをしていたのか。そう竹塚は見解した。律の後姿を見詰めながら、静かに溜息を零す。律の撮る空が好きだった。青い空、飛行機雲、沈み行く夕日の空と満点の星空。どれも心惹かれる写真を、律はSNSに載せている。
「そう云えばあいつSNS、最近アップしてないな……」
最後に会った日を最後に、律は写真を撮っていないようだ。
「どうされましたか?」
足取りが遅くなり、立ち止まった竹塚に気付いて滝本が振り返る。竹塚がハッとして、何でもありませんと眼を伏せた。
律は院内アナウンスを聞きながら、特別室の前で立ち止まっていた。夕暮れの夏の日差しが窓から差し込み、長い廊下を照らしている。
律は長く伸びた足許の影を見詰めた。
この階は特別室が五部屋在り、他に自由スペースとナースステーションが在る。下の階と違ってこの階は静かだ。堀井総合病院は祖父の代で築き上げた病院で、此処へ来るまでに昨年増築した病棟を見上げながら、律は歩いて来た。
そっとドアを開けると、シューッと呼吸器の音が聞こえる。律はゆっくりと歩み寄り、ベッドの脇に置かれたパイプ椅子を引き寄せて、腰を下ろした。
「暫らく来れなくてごめんね、浩一さん」
小さい頃、里沙が一度だけ小さな律を連れて、堀井家に来た事があった。外の門扉越しではあったが、当時六歳だった律は其処が父親の本妻が住む家だとは知らなかったのだ。
当時は不思議に思っていたのが、月に数回やって来る男が律の父親で、今律の眼に映る見知らぬ青年が『兄』なのだという事だった。
『律、本当ならあなたがこの家の長男になれたのにね?』
ホステスだった里沙は、綺麗な女性で律は里沙が大好きだった。周りの大人が里沙を褒めていたからだ。だが、今の里沙は嫉妬に歪んだ眼で、庭に居る少年を睨み付けていた。
それから暫らくしたある日、律はひとりで近くの公園で遊んでいた帰り、里沙と暮らすマンションの近くで、あの青年がマンションを見上げていたのを見付けた。
『おにいちゃん?』
ピクリと肩を震わせた青年が、律を振り返る。律を見た刹那、青年が律の手を掴んでマンションの裏駐車場へ連れて行った。
『…』
教室を出ると滝本と竹塚が居た。律は思わず眼を逸らす。
「あの子は…」
「は?」
竹塚の声に滝本が振り返る。
「彼は、堀井律はどんな子供ですか?」
変に思われなかっただろうかと、竹塚は一瞬ヒヤリとしたが、滝本は別段気にした風でもない様子で、ああ、と云った。
「堀井は総合病院の息子でしてね。確か上のお兄さんが交通事故で、入院しているらしいですよ。堀井律は成績優秀なので、親御さんはいざって時には…いや失礼。こんな事話す事では無かったですね。失礼しました」
竹塚は双眸を見開いた。
「総合病院? まさか堀井総合病院ですか?」
「え? えぇ」
竹塚は右手で口を覆っていた。
「どうかされましたか?」
滝本が竹塚を見た。竹塚は口に当てていた手を自身の腰に添える。
「いえ」
滝本は肩を竦めて歩き出す。竹塚はその後をついて歩いた。
裕福なのに『援助交際』? 竹塚は押し黙った。きっと跡継ぎになるかもしれないプレッシャーから、馬鹿な夜遊びをしていたのか。そう竹塚は見解した。律の後姿を見詰めながら、静かに溜息を零す。律の撮る空が好きだった。青い空、飛行機雲、沈み行く夕日の空と満点の星空。どれも心惹かれる写真を、律はSNSに載せている。
「そう云えばあいつSNS、最近アップしてないな……」
最後に会った日を最後に、律は写真を撮っていないようだ。
「どうされましたか?」
足取りが遅くなり、立ち止まった竹塚に気付いて滝本が振り返る。竹塚がハッとして、何でもありませんと眼を伏せた。
律は院内アナウンスを聞きながら、特別室の前で立ち止まっていた。夕暮れの夏の日差しが窓から差し込み、長い廊下を照らしている。
律は長く伸びた足許の影を見詰めた。
この階は特別室が五部屋在り、他に自由スペースとナースステーションが在る。下の階と違ってこの階は静かだ。堀井総合病院は祖父の代で築き上げた病院で、此処へ来るまでに昨年増築した病棟を見上げながら、律は歩いて来た。
そっとドアを開けると、シューッと呼吸器の音が聞こえる。律はゆっくりと歩み寄り、ベッドの脇に置かれたパイプ椅子を引き寄せて、腰を下ろした。
「暫らく来れなくてごめんね、浩一さん」
小さい頃、里沙が一度だけ小さな律を連れて、堀井家に来た事があった。外の門扉越しではあったが、当時六歳だった律は其処が父親の本妻が住む家だとは知らなかったのだ。
当時は不思議に思っていたのが、月に数回やって来る男が律の父親で、今律の眼に映る見知らぬ青年が『兄』なのだという事だった。
『律、本当ならあなたがこの家の長男になれたのにね?』
ホステスだった里沙は、綺麗な女性で律は里沙が大好きだった。周りの大人が里沙を褒めていたからだ。だが、今の里沙は嫉妬に歪んだ眼で、庭に居る少年を睨み付けていた。
それから暫らくしたある日、律はひとりで近くの公園で遊んでいた帰り、里沙と暮らすマンションの近くで、あの青年がマンションを見上げていたのを見付けた。
『おにいちゃん?』
ピクリと肩を震わせた青年が、律を振り返る。律を見た刹那、青年が律の手を掴んでマンションの裏駐車場へ連れて行った。
『…』
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