君の居た夏

君の居た夏

　正人にとってはまさに寝耳に水だった。
　泣き崩れる優子に、慌ててやって来た使用人の貞子が宥め、正人は東京に居る父親の千宗に電話で問い詰めた。
　千宗は直ぐに美久の存在を認めた。
　驚愕した。
　この事を美久は知っていたのだろうか？　正人は頭を抱えて考えた。
　知っていたから、だから小川へ正人に会いに来なかったのだろうか。もしそうなら…。
　正人は胸がギュウッと苦しくなって、今直ぐにでも美久に会いたいと思った。
　この苦しさはまさしく『恋』だ。
　正人は父親の愛人が産んだ、血を分けた妹を愛してしまったのだ。
「正人さん！」 
　玄関を出ようとした時、正人を階段の踊場から理沙が呼んだ。
「お願い行かないで、あなたの婚約者は私なのよ!?」
「理沙さん」
「愛しているの！　行かないで!!」
　泣きながら手摺に縋り、漸く立っている姿に正人は双眸を閉じた。
「すまない…」
　外へ飛び出した正人へ、理沙はへたりと座り込んだ。
　お腹に手を当てて、涙がとめどなく溢れ…。
「酷いわ、あの女が憎い！　どうして私ではないの!?」
　貞子は階段の踊場に居た理沙に気付き、駆け寄った。
「理沙様」
「お腹の子はどうなるの!?」
　貞子は驚愕して、理沙のお腹に触れた。
「貞子さん！　正人さんが、正人さんが…私どうすれば良いの!?」
「落ち着いて下さいまし、理沙様！　腹の子に悪いですからっ理沙様！　誰か！　お医者様を呼んで!!」
　気を失った理沙を、階段から落ちないように、必死に抱き支えていた。


　美久はふと眼が覚めると、何かに導かれるかのように窓を開けた。