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天使は甘いキスが好き
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警察から、遺体の手に握られた鎖にぶら下がった指輪を見せられたが、受け取る気にもならず。処分して貰うように頼んだ。恵には新しい指輪をプレゼントすればいい。
俊彦は恵をどう思ったのか。
「恵に恋をしたのか」
死人に口なしとは云うが、その言葉通り俊彦の心は不明のまま、龍之介の胸に終われた。
桃の花が咲き、漸く春の息吹を感じ始めた頃、鈴は鞄に生徒会の書類を入れ、腕時計を確認して椅子から立ち上がった。三年生は大学受験を控えていたので、年明けとともに生徒会を引退した。鈴は推薦で生徒会長に就任している。新学期の生徒会の仕事を控えたメンバーは、書類作成に一段落してホッとしていた。
「書類に不備が無いか確認したら先生に提出して、大丈夫ならコピーをとろう。皆お疲れ様」
「お疲れ様です」
各々で帰り支度を始める。
「細川、この後皆でカラオケ行こうって話してんだけど、どうする?」
副会長の宮前が、帰り支度を終わらせた鈴に声を掛ける。
「ごめん、この後美術部に行くから、一ノ瀬と上村で行って来てくれないか」
会計の一ノ瀬が残念そうな顔で見る。
「会長絵のコンクール近いって、そういえば云ってたものね」
「そうなのか?」
上村が鈴の隣にやって来る。上村は書記で、これから出来上がった書類を生徒会顧問に眼を通して貰いに、職員室へ行く所だった。書類は新入生入学式での、生徒会挨拶と学校方針についての書類だ。それを渡したら四人でカラオケに行こうと思っていたのだ。
「美術部の山田先生が、県の大会に出してみないかって」
鈴は照れ臭そうにはにかんで云う。
「この間大臣賞取ったものね」
「確か『天使の微笑み』だっけ?」
宮前が訊く。鈴は双眸を細めて頷いた。
「従弟のお母さんを描いたんだ。生前に頼まれてね」
「…亡くなったの?」
「去年の暮れに。子供達が寂しがらないようにって。今は自営業の喫茶店に飾って貰ってるけど」
「あぁ、確かやたら元気な子だろ? 可愛い子で。バレンタインに男子の半分から送られて、逃げ回ってた」
「居たわねそういえば。廊下走り回って教頭に怒られてた子」
「でも結局全部お持ち帰りで、おばあちゃん頭抱えてたけどね。あ、時間だから。また来週」
「おう」
「またね」
鈴が鞄を手に生徒会室を後にする。
「そんじゃ俺らだけで行くか」
「すまん、俺も用事だ」
「え? 上村君も?」
「なんだよ付き合い悪いな上村」
「何云ってんだ。気を使ってんだよ。お前らだけ行け。いちゃつかれたらたまらん」
一ノ瀬が紅くなって黙る。
「そうなのか? 悪いな」
照れて宮前が頭を掻く。上村は二人を残して出て行った。廊下には鈴の姿は無い。上村は先程鈴の荷物から吸引器を盗み取り、にやりと笑った。
喘息を患っている鈴は吸引器を必ず持ち歩いていた。中には喘息で死ぬ患者も居るので、命を繋げると云っても良い物だと、理解していた上村は階段を下って行った。
「遅くなりました」
美術室の扉を開けると、生徒達がステンドグラスの作成に取り掛かっている処だった。
「生徒会お疲れ様」
部長の朝倉が神経質そうな顔で、メガネの縁に手をやる。
「山田先生は?」
「先生はさっきまで居たんだけど、用事が出来て帰ったよ」
「ふうん」
鈴は窓辺に在るイーゼルへ歩み寄った。それにはキャンパスが載せてあり、ほこり避けに白い布が掛けてある。そっと布を外すと描き掛けの絵が姿を現した。野球部のピッチャーを描いたのだが、そのモデルは今年キャプテンを務める平片の投げる姿を描いた。
「よく描けてるよね、それ」
傍に居た女生徒が声を掛ける。鈴は生徒に微笑んでイーゼルの前に置いた椅子に腰を下ろした。
俊彦は恵をどう思ったのか。
「恵に恋をしたのか」
死人に口なしとは云うが、その言葉通り俊彦の心は不明のまま、龍之介の胸に終われた。
桃の花が咲き、漸く春の息吹を感じ始めた頃、鈴は鞄に生徒会の書類を入れ、腕時計を確認して椅子から立ち上がった。三年生は大学受験を控えていたので、年明けとともに生徒会を引退した。鈴は推薦で生徒会長に就任している。新学期の生徒会の仕事を控えたメンバーは、書類作成に一段落してホッとしていた。
「書類に不備が無いか確認したら先生に提出して、大丈夫ならコピーをとろう。皆お疲れ様」
「お疲れ様です」
各々で帰り支度を始める。
「細川、この後皆でカラオケ行こうって話してんだけど、どうする?」
副会長の宮前が、帰り支度を終わらせた鈴に声を掛ける。
「ごめん、この後美術部に行くから、一ノ瀬と上村で行って来てくれないか」
会計の一ノ瀬が残念そうな顔で見る。
「会長絵のコンクール近いって、そういえば云ってたものね」
「そうなのか?」
上村が鈴の隣にやって来る。上村は書記で、これから出来上がった書類を生徒会顧問に眼を通して貰いに、職員室へ行く所だった。書類は新入生入学式での、生徒会挨拶と学校方針についての書類だ。それを渡したら四人でカラオケに行こうと思っていたのだ。
「美術部の山田先生が、県の大会に出してみないかって」
鈴は照れ臭そうにはにかんで云う。
「この間大臣賞取ったものね」
「確か『天使の微笑み』だっけ?」
宮前が訊く。鈴は双眸を細めて頷いた。
「従弟のお母さんを描いたんだ。生前に頼まれてね」
「…亡くなったの?」
「去年の暮れに。子供達が寂しがらないようにって。今は自営業の喫茶店に飾って貰ってるけど」
「あぁ、確かやたら元気な子だろ? 可愛い子で。バレンタインに男子の半分から送られて、逃げ回ってた」
「居たわねそういえば。廊下走り回って教頭に怒られてた子」
「でも結局全部お持ち帰りで、おばあちゃん頭抱えてたけどね。あ、時間だから。また来週」
「おう」
「またね」
鈴が鞄を手に生徒会室を後にする。
「そんじゃ俺らだけで行くか」
「すまん、俺も用事だ」
「え? 上村君も?」
「なんだよ付き合い悪いな上村」
「何云ってんだ。気を使ってんだよ。お前らだけ行け。いちゃつかれたらたまらん」
一ノ瀬が紅くなって黙る。
「そうなのか? 悪いな」
照れて宮前が頭を掻く。上村は二人を残して出て行った。廊下には鈴の姿は無い。上村は先程鈴の荷物から吸引器を盗み取り、にやりと笑った。
喘息を患っている鈴は吸引器を必ず持ち歩いていた。中には喘息で死ぬ患者も居るので、命を繋げると云っても良い物だと、理解していた上村は階段を下って行った。
「遅くなりました」
美術室の扉を開けると、生徒達がステンドグラスの作成に取り掛かっている処だった。
「生徒会お疲れ様」
部長の朝倉が神経質そうな顔で、メガネの縁に手をやる。
「山田先生は?」
「先生はさっきまで居たんだけど、用事が出来て帰ったよ」
「ふうん」
鈴は窓辺に在るイーゼルへ歩み寄った。それにはキャンパスが載せてあり、ほこり避けに白い布が掛けてある。そっと布を外すと描き掛けの絵が姿を現した。野球部のピッチャーを描いたのだが、そのモデルは今年キャプテンを務める平片の投げる姿を描いた。
「よく描けてるよね、それ」
傍に居た女生徒が声を掛ける。鈴は生徒に微笑んでイーゼルの前に置いた椅子に腰を下ろした。
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