天使は甘いキスが好き

吉良龍美

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天使は甘いキスが好き

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 恵はリビング横の仏間を眼に、唇を噛んだ。
「…本当なんだ…お母さん、死んじゃったんだね」
 かおるの位牌と白い骨壷。かおるの微笑む写真。涙が込み上げる。
「…けいにいちゃん」
 太一が恵を布団に寝かせると、伊吹が横へ来て正座をした。恵は涙を零し、枕に灰色の染みを作る。十和子と太一は、双子をベビーベッドに寝かせると、十和子はキッチンへ。太一は双子をあやしている。
「そういえば、お父さん会社大丈夫なの?」
「あぁ。溜まってた有給も取ったし、後は年末年始の休暇だな」
 恵は数か月間の空白に、戸惑いを覚える。ついこの間かおると話をしたと思っていたのに。伊吹の心配そうな眼差しに、恵は気付いて微笑んだ。
「伊吹…ありがとうな。車の中でもずっと手を握っていてくれて」
「だって。だってぼくのおにいちゃんだもん。れいとあいのおにいちゃんになったんだから、ぼくがしっかりしなきゃ」
 太一は伊吹に感心し、恵は双眸を見開いた。
「そうだな。俺も兄ちゃんだもんな」
 十和子がお茶をお盆に載せてやって来る。
「帰りに寄って買ったケーキでも食べましょうね」
 十和子は恵が帰宅出来た事で、心から安心していた。

 翌朝平片から恵に『鈴と見舞いに昼過ぎに行く』とだけ、メールが来た。
「珍しい。あの二人が一緒だなんて。あれ?」
 恵は出掛ける支度をする太一に気付いた。
「何処か出掛けるの?」
「え? あぁ仕事を休んだからね。溜まった書類を会社へ取りに行って来るよ。何か食べたい物はないか?」
 恵は顔を横に振った。
「病院で久しぶりにいっぱい甘えたからいいや。それより気を付けていってらっしゃい」
 太一は頷いて、双子に行って来ますのキスをする。
「ずるいっおとうさんぼくもぼくもっ!」
 ジャンプして強請る伊吹が可笑しくて、恵は笑った。

「お待たせ」
 太一は駅近くの喫茶店で、鈴と平片と待ち合わせをしていた。
「伯父さん。恵の怪我はどうなんですか?」
「その事なんだが…南川先生から訊いた話なんだが…」
 ウエイトレスが来て、二人と同じ物をと頼んだ。太一は龍之介から聞いた話を全て二人に話すと、平片は怒り、鈴は青い眼に涙を浮かべた。
「そいつ、なんで警察に突き出さないんだよっおじさん!」
「私も考えたが。恵は女の子じゃない。男が男に強姦されましたと云っても、警察は相手にしないさ。せめて傷害罪で終わりだ。それにもうこれ以上恵を辛い立場に立たせたくはないんだよ。相手の男には南川先生から親戚一同に傷害罪を犯した事を、伝えて貰える事になっている。そうすれば何処の親戚からも破門される」
「自業自得だ」
 平片が頭を抱える。
「ちくしょうっ一発や二発、ぶん殴ってやりてぇ!」
「裕太声大きい。何処に学校の生徒と繋がりのある人が、居るか解らないよ? 伯父さんも困るから」
「っあぁ、そうだった。おじさんごめん」
「構わないさ。それより、恵の事を頼みたい。精神的にまだ不安定なんだ」
「解りました。僕も協力します、学校なら裕太が居るし」
「俺もっ! 学校の送り迎えするよ」
「ありがとう。二人共」
 太一は頭を下げた。三人は冷めかけたコーヒーを飲む。が、喉越しに不快感を与えるだけだった。

 インターホンが鳴る。
「はい」
【お祖母ちゃん、僕だけど】
「まぁ、鈴? 今行くわね?」
 十和子はキッチンから、玄関へ向かう。玄関を開けると、鈴と平片が立っていた。平片の手にはピンクの可愛い花束だ。太一とは少し時間をずらして家で会う事になった。
「まあ。裕太君もいらっしゃい」
「こんにちは。この間はどうもご馳走様でした。料理美味しかったです」
 鈴も平片も、細川家のささやかなクリスマスパーティに呼ばれていた。
「寒かったでしょう? どうぞ上がって」
「はい」
 二人は早速中へ入った。
「あ、裕太君」
 仏間へ向かう二人に向かって、十和子は裕太を呼び止める。
「はい?」
「恵の事、お願いね? 裕太君同じ年だし…幼馴染だから。とにかく、あの…南川先生には近付けさせないで欲しいの」
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