天使は甘いキスが好き

吉良龍美

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天使は甘いキスが好き

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「…そんな」
 突然、恵の泣き叫ぶ声が病室の中から聞こえて来て、二人はびくりとした。伊吹がみるみる涙を溢れさせる。
「せんせいのべっそうにいったんでしょう!? どうしてたすけてくれなかったの!?」
「伊吹! もう二度とその先生の話も名前も出さないで! 恵の為なのよ、良い!?」
 伊吹は肩を震わせてうわあ~と泣き出した。ナースステーションから、何事かと看護師が二人掛け付ける。病室の中では、恵が泣きながらかおるを呼んでいた。
「鎮静剤と、先生を呼んで来て!!」
「はい!」
 先輩看護師に云われ、もうひとりの看護師が病室から駆け出す。太一が暴れる恵の両肩を押さえていた。
「けいにいちゃんっ」
 伊吹は泣きながら十和子の手を握り締める。
「嫌だ、お母さんっ! お母さんっ!」
 かおるが死んだ時、恵は長男の立場として我慢していたのだ。焼却場で焼かれて行くかおるを見送りながら、耐えていたのが今になって爆発した。精神的ダメージが重なった結果だった。医師がやって来て、恵の腕に鎮静剤を打つ。暫くして恵はショックで気を失った。
「…先生」
 太一は恵の流した涙を指で拭う。
「大丈夫です。暫くは眼を離さないように。後、心療内科での受信をお勧めします」
「…心療内科ですか」
「えぇ。このままでは恵君の心が持たないでしょう」
 太一は恵の手を握り締めた。自分の不甲斐無さに腹が立つ。自分の我侭で浮気をし、恵や伊吹に構ってやらなかった。まだ子供なのだ恵は。何も云わないが、きっと太一にいっぱい甘えたかったかもしれない。かおるが妊娠して、かおるの変わりに伊吹の世話を手伝って。
「恵、恵…。すまないっ良い父親ではなかった。寂しかっただろうにっすまない」
 龍之介に太一の面影を求めて、きっとその後二人は恋をしたのだろう。叶わないかも知れないのに。別荘へ行かせるのではなかったと、思えば良いのか。只あの時、恵の心を癒せるのはもう、龍之介しか居ないだろうと思ったのだ。
「家に帰ったら、お前の好きな所へ行こう。な? 恵」
 恵が産まれた日に、かおると二人で考えた名前。恵(めぐ)まれた人生が送れる様にと。
「恵、恵…すまない…」

 恵はぼんやりと白い天井を見上げていた。枕の下で、携帯が振動を伝える。恵は紅く腫れた目許がひり付くのを、不快に感じた。恵が枕の下に右手を突っ込む。十和子は双子に交互でミルクを飲ませながら、恵を見た。
「恵、此処は病院なのよ? 携帯は」
「解ってる。…ねぇ、伊吹は?」
「お父さんと外で雪ダルマを作っているわよ」
 雪ダルマの言葉に、恵は身体を強張らせた。十和子は双子のオムツを替えると、汚れたオムツを丸めて袋に入れ、トイレに向かう。恵は双子の方を見ると、よく似た顔で恵をジッと見詰めて来た。
 恵の手にはシルバーの指輪が光っている。恵はまた涙が零れた。自分はいつからこんなに涙脆くなったのか。携帯のフラップを開くと『龍之介』の文字が在った。
『恵、昨日話せなくてごめん』
 恵は返事を躊躇ったが、やはり昨日同様返事を打った。
『あなたは、俺の何?』
 暫く返事に困ったのか、返事は返って来ない。不安になった。からかわれたのだろうか。その内十和子が戻って来たので、携帯を急いで布団の中に隠した。
「お祖母ちゃん、俺家に帰りたい」
「…そうね。先生に紹介状を書いて貰って、家に帰りましょうね?」
「うん。そうだ、お祖母ちゃんコンビニに行って貰って良い? 俺アイス食べたい」
「まあ、こんなに寒いのに? 良いわよ、何が良いかしら。伊吹も食べたがるでしょうね」
「俺バニラが良い」
 十和子は微笑んで、財布の入ったバッグを手に、出掛ける。見れば双子はいつの間にかスヤスヤと眠っていた。恵は携帯を手に返事のメールを見る。
『驚かないで。嘘は付きたくないから。君の手にまだ指輪が在るなら、それは俺とのペアリングだ。ステンドガラスの展示されている、教会で誓い合った』
「教会…何? それってまるで?」
『誓い合ったって?』
『俺達は恋人同士なんだ』
 恵はカッと紅くなって、鼓動を早めた。
 ーーー男同士で? 俺がなんで? この人は嘘付いているの? でも…嘘は付きたくないって…。
 恵は躊躇いながらメールを打つ。
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