天使は甘いキスが好き

吉良龍美

文字の大きさ
上 下
62 / 98

天使は甘いキスが好き

しおりを挟む
「大変、お父さん会社遅刻するよ?」
 太一は大丈夫だと答えた。
「有給休暇を取ったから。それよりお腹空いてないか?」
「空いた…でも玲と愛って? 誰?」
 太一と十和子が眼を合わせる。
「何を云ってるの? かおるさんの産んだ子供で、あなたの弟と妹よ?」
 恵は呆然とし、太一を見る。
「え? お祖母ちゃん、何云ってんだよ? お父さん、一緒にお母さんのお見舞い行こう? 俺此処嫌だよ」
 恵は起き上がろうとして、全身打撲の痛みに恵は唸る。
「なんで俺怪我してんの!? 産まれたって何? ねぇなんで外雪降ってんの? ここは何処なの? おかしいよ、お母さんはまだ産んでないよ!」
 十和子は恐怖で真っ青になり、両手で口を覆った。
「とにかく先生をっ」
 慌てた太一がナースコールのボタンを押した。

「……記憶後退ですね」
 診察室で、太一と十和子が眼を見張る。
「少なくとも此処数か月の記憶が、すっぽり抜け落ちてるんです」
「そんなっ!?」
 十和子は怒りで震えだす。
「怖い思いをしたんだわ、あの子。かおるさんがまだ生きていると信じて…窓の外の雪を見て、あの子なんて云ったと思いますか!? 『俺事故にでも遭ってずっと眠ってたのかな』って…あの子がまたかおるさんの、母親の死に直面する破目になるなんてっ」
 十和子はずっと泣きっぱなしだ。
「…母さんこれから一度自宅に戻って、ワゴン車をレンタルして来るよ。恵が動けないなら、仕方ないし、双子の顔も見せてやりたい」
「…え? えぇそうね。そうだわ。今は私があの子の母親代わりなんだもの。しっかりしなくては…」
 十和子はハンカチで涙を拭いた。十和子は太一を院外で見送って、病室に向かう。
「お祖母ちゃん? 俺喉乾いた」
「今買って来てあげるわね? 何が良いの?」
「コーヒー」
「コーヒー? あなたコーヒーが好きだった?」
「解んない。でも飲みたいんだ。頼んで良いかな」
「いいわよ? この病院売店が無いから、コンビニへ行って来るわ。ついでに何か本でも買って来るわね?」
「うん」
 恵は薬の効果が残っているのか、またトロンとした眼で見送る。
「双子が産まれてたんだ。俺どの位寝てたのかな? 学校どうしよう。勉強大分遅れているだろうなぁ…」
 お母さんにおめでとうと云いたい。子育て手伝うから。恵は左手を見て、薬指に嵌められた指輪を見付けた。
「誰のだろう? 俺の? サイズぴったりだ」
 指輪を見詰めていたら、なんだか哀しくなって来た。
「俺、この指輪を知ってる?」
「…恵」
 呼ばれて恵は声のする方へ顔を向ける。
「良かった、気が付いたんだね?」
 薔薇を両手に持って、恵に微笑む。背が高くて声のトーンが低い。
「……どなたですか?」
「っ恵…?」
 冗談では無く、真面目な顔で云われた龍之介は、薔薇の花束をベッドの脇に置く。男の首に巻かれた、雪のように白いマフラーを、恵は見詰めるなり身体が震えだした。
「…やっ!」
「龍之介だよっ!  まさか恵っ!?」
 龍之介が怯える恵の肩に触れた。

「あら細川さん。今お見舞いにいらした方が、綺麗なお花を持って恵君の部屋を訊いてましたけど。ご親戚の方ですか? 凄くカッコイイって、今皆で話して…」
 十和子は呆然とし、怒りで震えると病室へ急いだ。背後で買い物袋を盛大に落とした音がして、二人を驚かせた。
「南川先生!? 何をしにこちらへ来たんですか! あなた方のせいで恵は記憶がっ!!」
 龍之介が呆然と立ち尽くし、恵を見下ろした。全身打撲で動けない恵を、十和子が駆け寄って抱き締める。
「この子にはもう会わないで下さいっ警察を呼びますよ!!」
「どうかされましたか?」
 看護師が騒ぎに気付いて遣って来る。
「もうこの子の前に現れないでっ!!」
 十和子の悲痛の叫びに、龍之介は真っ蒼になって頭を下げる。出て行く龍之介の背中が悲しみに震えていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

恋人が出て行った

すずかけあおい
BL
同棲している恋人が書き置きを残して出て行った?話です。 ハッピーエンドです。 〔攻め〕素史(もとし)25歳 〔受け〕千温(ちはる)24歳

思い出して欲しい二人

春色悠
BL
 喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。  そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。  一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。  そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。

【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】

彩華
BL
 俺の名前は水野圭。年は25。 自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで) だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。 凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!  凄い! 店員もイケメン! と、実は穴場? な店を見つけたわけで。 (今度からこの店で弁当を買おう) 浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……? 「胃袋掴みたいなぁ」 その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。 ****** そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

鈴木さんちの家政夫

ユキヤナギ
BL
「もし家事全般を請け負ってくれるなら、家賃はいらないよ」そう言われて住み込み家政夫になった智樹は、雇い主の彩葉に心惹かれていく。だが彼には、一途に想い続けている相手がいた。彩葉の恋を見守るうちに、智樹は心に芽生えた大切な気持ちに気付いていく。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

僕がそばにいる理由

腐男子ミルク
BL
佐藤裕貴はΩとして生まれた21歳の男性。αの夫と結婚し、表向きは穏やかな夫婦生活を送っているが、その実態は不完全なものだった。夫は裕貴を愛していると口にしながらも、家事や家庭の負担はすべて裕貴に押し付け、自分は何もしない。それでいて、裕貴が他の誰かと関わることには異常なほど敏感で束縛が激しい。性的な関係もないまま、裕貴は愛情とは何か、本当に満たされるとはどういうことかを見失いつつあった。 そんな中、裕貴の職場に新人看護師・宮野歩夢が配属される。歩夢は裕貴がΩであることを本能的に察しながらも、その事実を意に介さず、ただ一人の人間として接してくれるαだった。歩夢の純粋な優しさと、裕貴をありのまま受け入れる態度に触れた裕貴は、心の奥底にしまい込んでいた孤独と向き合わざるを得なくなる。歩夢と過ごす時間を重ねるうちに、彼の存在が裕貴にとって特別なものとなっていくのを感じていた。 しかし、裕貴は既婚者であり、夫との関係や社会的な立場に縛られている。愛情、義務、そしてΩとしての本能――複雑に絡み合う感情の中で、裕貴は自分にとって「真実の幸せ」とは何なのか、そしてその幸せを追い求める覚悟があるのかを問い始める。 束縛の中で見失っていた自分を取り戻し、裕貴が選び取る未来とは――。 愛と本能、自由と束縛が交錯するオメガバースの物語。

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

「恋みたい」

悠里
BL
親友の二人が、相手の事が好きすぎるまま、父の転勤で離れて。 離れても親友のまま、連絡をとりあって、一年。 恋みたい、と気付くのは……? 桜の雰囲気とともにお楽しみ頂けたら🌸

処理中です...