天使は甘いキスが好き

吉良龍美

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天使は甘いキスが好き

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『恵』
 恵はいつの間にか街中の人込みの中に居た。
『お母さんっ何処!?』
 声が誰か解ったので、恵は大きな大人達の身体を摺り抜ける様に、掛けて行く。
『お母さんっ』
『駄目よ。こっちへ来ては』
『どうして?』
 訊いてから、恵はぎくりとした。街中を歩いていた筈なのに、俯いて歩く人達が同じ方向に暗闇を歩いて行く。
『か…わ?』
 人々は川の向こう側へと歩いて行く。
『お母さん? 何処なの? 此処怖いよ』
 恵は黙々と無言で歩く大人達を見上げて泣き出す。中には伊吹と同じぐらいの子供も居る。
『恵。伊吹をお願いね? お母さんね…お爺ちゃんの所へ行くの』
『お爺ちゃん?』
 確かもう亡くなって居ない筈だ。
『赤ちゃん、お母さんは抱き締めてあげられないの。だから恵が変わりに抱いてあげて』
『どうして?』
『お母さん、もう恵や伊吹に会えなくなったの』
 恵はハッとして、恵の腕を掴む誰かを見た。
『お父さん?』
 昔の懐かしい太一が居る。
『お父さんを許してあげて、恵』
 恵もいつの間にか小学生の姿で、太一の腕に抱き締められていた。
『何を? 何を許すの? お父さん、あっちにお母さんが居るよ?』
 太一は困って顔を横に振った。
『此処から先には行けないんだよ』
 恵は嫌々と泣きながら、太一の腕から抜け出そうとする。
『俺も行くっ』
 恵は太一の腕から抜け出して、かおるの声がする方へ駆け出す。
『恵っ!』
  腕を掴まれて恵はまた振り返った。
『龍之介さん!?』
 今度は、恵の身体が元の姿に戻っている。
『恵、お母さんの云う事を聞くんだ』
『何云ってるの?』
 恵は龍之介に抱き締められた。何処からか、赤ん坊の泣く声が聞こえていた。

「恵、起きるんだ」
 恵はぼんやりとした頭で、龍之介に揺さぶられていた。
「ん…なあに?」
 眼を擦りながら、恵は顔を上げる。
「君の携帯が鳴ったんで、申し訳ないが出たんだ。そしたらお祖母さんからで、直ぐに病院に行くように云ってた」
 恵はドクンと胸が嫌な鼓動を上げた。
「お母さんが……さっき亡くなったって」
 恵は双眸を見開いた。
「何? え…」
 恵は呆然と龍之介を見上げた。龍之介は身支度を済ませて、恵の服を掻き集めている。
「…お母さんが……?」
 ーーー死んだ?


 恵は夢の中で恵を呼ぶ声を、朧気に思い出していた。
 龍之介は恵の身支度を手伝い、車のキーホルダーを手にマンションを後にする。恵から教えられた病院へ向かい、救急外来から病室へ急いだ。赤子の泣く声が聞こえる。恵の心臓が、頭の中でドクドクと鳴り響く。病室に飛び込むと、太一がかおるの手を握っていた。十和子が泣いている伊吹を抱いたまま、恵を振り返る。
「恵っまぁ、先生すみません、連れて来て頂いて」
 涙を浮かべて、十和子が頭を下げる。
「恵。こっちへ」
 太一が恵を呼ぶ。ふらりと歩み寄って、恵はかおるの手に触れた。まだ温かい。
「…お母さん?」
 恵はかおるを呼ぶ。ベッドの横に赤子を寝かせるベビーベッドがあった。お腹が空いているのか、指をチュウチュウと音を立てて吸っている。双子のよく似た赤ちゃん。水色の服とピンクの服を着せられていた。恵は二人の赤ちゃんの頬に触れる。
「お母さんが残したんだ。俺と伊吹に…」
 恵は溢れる涙を零して泣き崩れた。
「うぅ…っ」
 リノリウムの床の上に、恵の涙が零れ落ちる。
「恵」
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