天使は甘いキスが好き

吉良龍美

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天使は甘いキスが好き

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「まだ解んない。俺のお母さん無事に双子産めるか解んないし…甘えられない、から」
「おばさん入院してるんだっけ? で、でもほら、高校は行くだろう!?」
 平片の後方で声がする。
「行くけど、俺、今調理師免許取るか迷ってんだよ。去年の【進路調査票】貰った時は、まだお母さん、妊娠してなかったから…。高校出た後のこと考えてた」
 皆が沈黙する。
「で、なんで調理師なんだよ?」
 平片が云って、ハッとする。
「ごめん。恵の家、喫茶店だもんな。資格あった方が良いに決まってるか……」
 資格があれば、店を守れる。客の口は騙されない。美味しい物を求めるのだ。そして資格は信頼を勝ち得る。
「恵君」
 話を聞きつけた女子が泣きそうになって、他の女子生徒に慰められている。皆、恵も高校は一緒だと思っていたのだ。恵だって、できればそうしたかった。せめて、かおるが元の元気さを取り戻してくれたら。
「もう時間だ。ごめん俺……約束あるから」
「恵…」
 平片はしょんぼりとして、まだ見ぬ恵の恋人を考える。平片は知っている。恵の恋人は女ではないと。
【助けてくれた先輩が】とか【カッコイイ】とか話していれば、馬鹿でも解る。恵は鞄を手に教室を出る。
 あの様子では、余程の男に違いない。悔しさが平片を不安にさせる。
「恵…なんで俺じゃないんだーっ」
 平川の雄叫びに、クラスメイト達がギョッとした。

 恵は待ち合わせの改札口で、大好きな姿を見付けてホッとする。
「龍之介さん」
 龍之介は柱に寄り掛かった姿で、顔を上げる。
「やあ」
 恵は今すぐ抱き付きたい衝動に駆られたが、グッと我慢して微笑んだ。
「お待たせ。ごめんなさい。大学大変だろうに、勉強教えて貰う事頼んで大丈夫なの?」
 今更ながら訊いてみる。恵は龍之介は高校受験を名目に、龍之介に家庭教師を頼んだ。
「俺は構わないよ? 恵の顔を見ていられれば」
 とんだ殺し文句だ。
 恵は頬を染めて小さく「俺も」と答える。二人は恵の自宅へ向かった。歩いて十分。自宅の経営する喫茶店に着いた。
「お祖母ちゃんに紹介するから」
 店のドアを開けると、カウベルが鳴る。
「いらっしゃ…」
 十和子が振り返って、驚く。
「恵、珍しいわねお店から入るなんて…お客様?」
 龍之介は頭を下げて、微笑む。
「南川龍之介といいます」
「お祖母ちゃん、先輩に家庭教師頼んだから」
「…え?」
「話は後。俺の部屋行くから、暫く邪魔しないで。後、今夜も悪いけど伊吹の迎えをお願い」
「それは構わないけど…あらまあ。先輩ですって? 恵から初めてお名前聞きましたわ。すみませんね。宜しくお願いしますわね?」
 龍之介はてっきり、話が通っていると思っていたので、双眸を見開く。
「…こちらこそ。宜しくお願いします」
「龍之介さんこっちだよ?」
 恵が龍之介の腕を引っ張る。店内からも自宅へ入れる様になっている。龍之介は肩を竦めて、恵の我侭に付き合う事にした。
「大丈夫?」
 龍之介は階段を上がる恵を見上げる。
「…何が?」
「家族の人、家庭教師の件初めて知った様だけど?」
「…平気。お金はあの人が出すから」
 龍之介は眉間に皺を寄せた。
「あの人……?」
「お母さんを裏切った人」
 龍之介は双眸を見開き、溜息を吐いた。
「…恵のお父さんだろう?」
「誰があんな!」
 恵は龍之介を自室に押し込むと、背中でドアを閉めた。
「そんな事より」
 恵は龍之介の胸に抱き付いた。今暫くで良いから、このままで居たい。龍之介も恵を抱き締めて、少し屈むと恵の顎を捉えて、唇を重ねた。優しいキス。
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