天使は甘いキスが好き

吉良龍美

文字の大きさ
上 下
2 / 98

天使は甘いキスが好き

しおりを挟む
「うん! ぼくおにいちゃんになるの! あかちゃんがうまれたら、けいにいちゃんみたいにやさしいおにいちゃんになるんだ。おかさんのおてつだいもいっぱいするよ? ぼくのおうちきっさてんだから、いまはおばあちゃんがおみせにでてるけど、ぼくもおてつだいしてるの。きのうもおとなりのおばちゃんがきてくれたから、ぼくおしぼりだしたんだ。そしたら『偉いね』ってほめられちゃった」
 えへへっと、頬を染めて沼田に話して聞かせてくれた。沼田は子供の笑顔が見れるのが嬉しい。沼田はひとりっ子のせいも有るのか、保育士は天職だと豪語する。 必死に『人間心理学』を学び、ピアノを所有する友人に頼んで、ピアノが弾けるように頑張った。
 国家試験を受けて夢が叶った時の喜びは、多分一生忘れないだろう。
 将来伊吹はどんな大人になるのか。 このまま素直な優しい子に育って欲しい。
「それは凄いな。じゃあ先生から頑張ってる伊吹君に、先生のお菓子をおすそ分けしてあげよう」
 その言葉に、伊吹は大きな瞳をキラキラと輝かせて立ち上がる。
「おかし! おすそわけ、おすそわけ!」
「皆には内緒だよ?」
「うん!」
 二人は顔を寄せ合わせて、お互い自分の人差し指を自分の唇に当てる。伊吹はワクワクしながら、先を歩く沼田に駆け寄り、職員室へ向かう。沼田は自分もいつか結婚したら、こんな可愛い子が産まれたら良いなと、ふと思った。
 ーーー綺麗な奥さんに、子供は何人かな。 沼田は自分の将来を思い描いては、くすぐったさに頬が緩む。
「チョコレートとクッキーどっちが…」
 園長室の前を通り掛けた時、沼田は伊吹を振り返りながら話し掛ける。とそこへ、園長室から園長先生がひょっこりと顔を出した。伊吹もつられて振り返る。
「沼田先生」
 園長はにっこりと微笑んだ。伊吹はお菓子が貰えるか心配になり掛けた。此処で沼田を呼び止めたからには、何か有ると勘付く。伊吹の勘は鋭く、嫌な予感は良く当たる。自然と肩をガクリと落とした。
「沼田先生良い所で捕まえた。急なんですけど、明日から新しい園児がひとり加わりますから。先生のクラスに入りますからね」
 当保育園は赤ちゃんクラスが二クラス、年少クラスから年長クラスまで三クラスずつまで在る。沼田の請け負うクラスは、丁度ひとり引越しで抜けた為、沼田の担当する年長クラスの【ばらぐみ】が選ばれたのだろう。一クラス二十五人だから、然程苦では無い。
「そうなんですか? また急ですね」
「えぇ。今ちょうどいらしてるから、紹介します」
 伊吹はあぁやっぱりと、肩を落とした。お菓子が貰えない、イコールまたの機会になる。沼田は伊吹の茶色い髪に手を当てた。
「ごめんね伊吹君」
 ーーーえ~。
 伊吹は嫌そうな顔をする。沼田は安易に子供と約束をする物ではないと、遅かりしと気付いた。お菓子をあげると云って、後回しになるのだから。がっかりさせた申し訳なさに、罪悪感をヒシヒシと感じる。が、そこへ伊吹のウルルン攻撃をまともに喰らったのだ。名付けて『伊吹のお願いポーズ』である。女子園児が、おまま事に『夫』役を伊吹にご指名する訳だ。可愛すぎると沼田は思う。
「あ、はい」
 伊吹は二人の会話を聞きながら、沼田を見上げた。沼田は緊張した様子。伊吹はお菓子が貰えなくなった気配に、眉根を寄せる。園長先生はそんな伊吹を見て、ほくそ笑んだ。
「伊吹君も丁度良いから、新しいお友達を紹介しましょうね?」
「おともだち?」
 伊吹はキョトンとした顔で園長先生を見上げ、お菓子の存在を忘れるほど身体を園長室の中に乗り出した。それに気付いた長身の男性がソファから立ち上がる。サラリーマン風のキチンとしたスーツで、顔もカッコイイ。伊吹が女の子なら飛び上がる程喜びそうなその人は、伊吹を見て微笑んだ。何やら隣に在る職員室からも、若い保育士が二人こちらを伺っている。どうやら、この男性が気になる様だと、沼田は呆れて肩を竦めた。
「沼田先生」
「あ、はい」
 呼ばれて沼田も伊吹に続いて園長室に入る。お辞儀をして顔を上げれば、成る程男の沼田でさえ、引き付けられる【男】の魅了が伺えた。
「はじめまして玉木といいます。急な入園ですみません」
「いえとんでもないです。こちらこそ宜しくお願いします」
 玉木の後ろに隠れていた男の子に眼を向ける。それに気付いた玉木は、息子の頭を一掴みに掴むと、グイっと前に突き出した。その拍子に、伊吹の眼前に男の子の顔と付き向き合わされる形になり、双方ともビックリ眼だ。
「息子の英治です。ひとり息子のせいか乱暴者で育ってしまいまして。色々とご迷惑をお掛けするかと思いますが、何とぞ宜しくお願いします」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

思い出して欲しい二人

春色悠
BL
 喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。  そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。  一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。  そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】

彩華
BL
 俺の名前は水野圭。年は25。 自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで) だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。 凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!  凄い! 店員もイケメン! と、実は穴場? な店を見つけたわけで。 (今度からこの店で弁当を買おう) 浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……? 「胃袋掴みたいなぁ」 その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。 ****** そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

鈴木さんちの家政夫

ユキヤナギ
BL
「もし家事全般を請け負ってくれるなら、家賃はいらないよ」そう言われて住み込み家政夫になった智樹は、雇い主の彩葉に心惹かれていく。だが彼には、一途に想い続けている相手がいた。彩葉の恋を見守るうちに、智樹は心に芽生えた大切な気持ちに気付いていく。

僕がそばにいる理由

腐男子ミルク
BL
佐藤裕貴はΩとして生まれた21歳の男性。αの夫と結婚し、表向きは穏やかな夫婦生活を送っているが、その実態は不完全なものだった。夫は裕貴を愛していると口にしながらも、家事や家庭の負担はすべて裕貴に押し付け、自分は何もしない。それでいて、裕貴が他の誰かと関わることには異常なほど敏感で束縛が激しい。性的な関係もないまま、裕貴は愛情とは何か、本当に満たされるとはどういうことかを見失いつつあった。 そんな中、裕貴の職場に新人看護師・宮野歩夢が配属される。歩夢は裕貴がΩであることを本能的に察しながらも、その事実を意に介さず、ただ一人の人間として接してくれるαだった。歩夢の純粋な優しさと、裕貴をありのまま受け入れる態度に触れた裕貴は、心の奥底にしまい込んでいた孤独と向き合わざるを得なくなる。歩夢と過ごす時間を重ねるうちに、彼の存在が裕貴にとって特別なものとなっていくのを感じていた。 しかし、裕貴は既婚者であり、夫との関係や社会的な立場に縛られている。愛情、義務、そしてΩとしての本能――複雑に絡み合う感情の中で、裕貴は自分にとって「真実の幸せ」とは何なのか、そしてその幸せを追い求める覚悟があるのかを問い始める。 束縛の中で見失っていた自分を取り戻し、裕貴が選び取る未来とは――。 愛と本能、自由と束縛が交錯するオメガバースの物語。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

「恋みたい」

悠里
BL
親友の二人が、相手の事が好きすぎるまま、父の転勤で離れて。 離れても親友のまま、連絡をとりあって、一年。 恋みたい、と気付くのは……? 桜の雰囲気とともにお楽しみ頂けたら🌸

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

処理中です...