ゲイバーを出て目覚めたら異世界でした

柏木あきら

文字の大きさ
上 下
10 / 12

10.

しおりを挟む
 ふう、とため息をついたとき遠くから雷鳴が響く。嵐になるのだろうか。ふと前の嵐の日のことを思い出す。そう言えばあの時、アピチェは震えていた。これから先、自分がいなくなったらアピチェはひとり、部屋の隅で震えながら嵐を過ぎ去るのをじっと待つようになってしまう。そして一人でご飯を食べて、寝て。
 以前、アピチェに一人で住んでいて寂しくないのかと聞いたことがあった。
『いままでは平気だったよ。そういうものだと思ってたし。みんな親と離れたら一人だ。でも今は潤がいるから楽しい』
 二人で暮らす幸せを与えてしまった以上、一人になることは以前以上に辛くなるのではないかと潤は気がついて拳を握る。
 (他人と一緒にいる心地よさを教えておきながら突き放すとか……俺は最低だな)

 ふと気がつくとどんどん雷鳴は近くなってきた。窓から閃光が見え、アピチェが心配になり部屋にいこうとしたとき、扉が開いた。その先には毛布を持っているアピチェがいる。怯えたような顔で、潤を見た。
「潤……」
 きっと一人で部屋にいるのが耐えられなくなったのだろう。おそらく今までなら一人で耐えていただろうに、前回、潤がそばにいてあげたから、もうアピチェは一人で耐えられたくなっている。怒っていてもこうして頼ってしまうほど、アピチェは潤を頼っているのだ。
 そんな彼が愛しくてたまらない。潤はアピチェに近づき、思い切りその体を抱きしめた。
「ごめん、アピチェ。俺、この前ひどいこと言った」
 その言葉に、アピチェは少し驚きながらも、腕を潤の体に回す。そしてゆっくりと力を入れて潤の体に抱きついてきた。
「僕、好きなのは潤だからね。そりゃイラーレにそっくりなところは、認めるけど……。潤とイラーレじゃ、性格が全然違うもの。イラーレはなんでも出来るから、潤とは大違いだよ」
「褒めてるのか、けなしてるのか、どっちなんだよ」
 潤がポツリと呟くとふふっとアピチェは笑う。少し涙を浮かべていたその目尻を、潤は指で拭ってやった。
「ホントにごめんな」
 そう潤が言った途端、窓の外が光って、ひゃあ、とアピチェが悲鳴をあげた。
「アピチェ、今日は一緒に寝ようか」
 少し体を離して、アピチェの顔を見る潤。オッドアイの瞳。綺麗なその瞳が愛しくて潤の手が顔に触れる。そしてそのまま、潤はアピチェに口付けた。

 一緒にベッドに入った潤は自分のことをアピチェに全て打ち明けた。異世界で働いていた自分がこっちに来たこと。テンセイという妖精の仕業で、さらに元の世界に連れて帰ろうとしてること。アピチェは当初ピンと来ていなかったが、帰ると聞き慌てて声を荒げた。
『やだ!潤がここからいなくなるなんて、絶対嫌だ』
 力強く腕にしがみつくアピチェ。苦笑いしながら潤はアピチェの頭を撫でる。
『もう、戻らないよ。向こうにも未練はないし……まあ職場の奴らには悪いけど』
 そういうと、アピチェは心配そうな顔をしながらも潤に頬擦りしてきた。

 ***

「へ?帰らない?」
 翌晩、テンセイが潤の前に現れたとき、潤は開口一番に『元の世界には戻らない』と断言した。それを聞き、テンセイは驚いて潤の顔をじっと見ていた。
「あー、たまにいるんだよね。僕が飛ばした先の世界に残りたいっていうサラリーマン」
 腕組みをしながらテンセイはふう、とため息をついた。その姿に、もしかしたら戻らないという選択は出来ないのかと潤は心配になり、テンセイを見ながら潤は恐る恐る尋ねた。
「こっちで生きていくという選択は出来ないのか?」
「出来るよ。まあ僕は怒られるけどね、一人の人生変えちゃったから……」
 まあ仕方ないや、とテンセイは笑う。向こうの世界に戻っても、潤は寂しく一生を終えるようなビジョンしかテンセイには見えない。
 それなら、いまここでアピチェと一緒に暮らす方が幸せな人生だ。
 テンセイにとってはちょっとした悪戯だったかもしれないが、潤にとってはこれは運命だったのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】イケメン騎士が僕に救いを求めてきたので呪いをかけてあげました

及川奈津生
BL
気づいたら十四世紀のフランスに居た。百年戦争の真っ只中、どうやら僕は密偵と疑われているらしい。そんなわけない!と誤解をとこうと思ったら、僕を尋問する騎士が現代にいるはずの恋人にそっくりだった。全3話。 ※pome村さんがXで投稿された「#イラストを投げたら文字書きさんが引用rtでssを勝手に添えてくれる」向けに書いたものです。元イラストを表紙に設定しています。投稿元はこちら→https://x.com/pomemura_/status/1792159557269303476?t=pgeU3dApwW0DEeHzsGiHRg&s=19

【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件

白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。 最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。 いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。

ブラッドフォード卿のお気に召すままに~~腹黒宰相は異世界転移のモブを溺愛する~~

ゆうきぼし/優輝星
BL
異世界転移BL。浄化のため召喚された異世界人は二人だった。腹黒宰相と呼ばれるブラッドフォード卿は、モブ扱いのイブキを手元に置く。それは自分の手駒の一つとして利用するためだった。だが、イブキの可愛さと優しさに触れ溺愛していく。しかもイブキには何やら不思議なチカラがあるようで……。 *マークはR回。(後半になります) ・ご都合主義のなーろっぱです。 ・攻めは頭の回転が速い魔力強の超人ですがちょっぴりダメンズなところあり。そんな彼の癒しとなるのが受けです。癖のありそうな脇役あり。どうぞよろしくお願いします。 腹黒宰相×獣医の卵(モフモフ癒やし手) ・イラストは青城硝子先生です。

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

獣人の子供が現代社会人の俺の部屋に迷い込んできました。

えっしゃー(エミリオ猫)
BL
突然、ひとり暮らしの俺(会社員)の部屋に、獣人の子供が現れた! どっから来た?!異世界転移?!仕方ないので面倒を見る、連休中の俺。 そしたら、なぜか俺の事をママだとっ?! いやいや女じゃないから!え?女って何って、お前、男しか居ない世界の子供なの?! 会社員男性と、異世界獣人のお話。 ※6話で完結します。さくっと読めます。

鈍感モブは俺様主人公に溺愛される?

桃栗
BL
地味なモブがカーストトップに溺愛される、ただそれだけの話。 前作がなかなか進まないので、とりあえずリハビリ的に書きました。 ほんの少しの間お付き合い下さい。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

処理中です...