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3.定食屋【住田食堂】
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そして【住田食堂】最後の日。昼に店に向かった俺と城南はその人の多さに驚いた。いつもなら席は選びたい放題なのに、ほぼ満席で何とか空いている席を見つけ慌てて座った。
「なあなあ、あそこに座ってるの、田盛専務じゃん」
「何でここに?いま県外に出向中だろ…それにいつも愛妻弁当の佐々木くんもいるじゃん」
どうやら【住田食堂】が閉まることを聞きつけた元常連たちが駆けつけたらしい。男性だけではなく女性たちもいて『懐かしい』なんて声が聞こえてくる。料理が来るまで待っていると、レジでは女将さんがひっきりなしにお客さんと笑顔で話をしていた。
『寂しくなりますねぇ、いつも美味しいご飯ありがとうございました』
『新人の時、上司に連れられてきたんですよ!今や僕が上司ですけどね!』
『ミスしたときに食べに来たらスープおまけしていただいて、今でもあの味忘れられません』
涙ぐみながら握手をする人や、中には花束を持ってきている人もいる。
みんなこの【住田食堂】を愛していたんだな、と俺は目頭が熱くなり涙を堪えるのが必死だった。
ふいにスナオくんが気になり厨房を覗く。忙しそうにしている彼の横顔。こんなにこの店が客に慕われていたことを、どうか覚えていて欲しいと思う。君の隣に立つ、小さな大将の作る料理は俺らの活力の源だったってことを。
【住田食堂】が閉店したあとは、焼肉屋が開店した。だけどしばらくしてまた店が変わったがスイーツ屋だったり、居酒屋だったりで、昼ごはんを食べるような店は開店しない。昼飯難民になりつつもみんなそれぞれの店を開拓していった。
俺は弁当を作っていた時期もあったけれど、最近ではコンビニに行くことが多い。城南はもっぱら外で色んな店を巡っていた。
あれからスナオくんも黒縁メガネくんも朝見ることはなくなった。店がなくなったのだから、当然なのだけど。あんな不思議な縁はもう二度とないだろう。
****
あれから三度目の春。俺が部署移動して数日が経ってから、城南が昼飯に誘ってきた。
「新しい店ができたみたいなんだよ。お前が部署変わって俺が恋しいだろうから一緒に食べてやろうと思って」
「何じゃそりゃ」
外に出ると初夏の日差しが眩しい。きっと夏もすぐやってくるのだろう。歩きながら店の場所を聞くと隣のビルの地下一階、【住田食堂】のあった場所だ。階段を降りて右折するとお祝いの札がついた観葉植物が置いてありその先に暖簾が見えた。
この場所にあった店は女性が好みそうなカフェで、腹を満たせるような店ではなかったから、ずっと来ていなかった。だから、【住田食堂】の入り口の作りが似ていたこの店がかなり懐かしく感じられる。
「たまたまチラシを見たんだ。三日前にオープンしたばかりらしい。あまりメニューはないみたいだけど、定食オンリーだとさ」
「へぇ」
それはいいな、と言いながら暖簾を手ではらい、引き戸を引くと、いらっしゃいませと若い声が聞こえた。観葉植物とコンクリート打ちっぱなしの壁。木製のテーブルと椅子が柔らかい印象だ。
近くの席に座りメニューを見ると、確かに定食しかなくて品数も少ない。だけど写真にあるメニューはどれもうまそうだ。
「あ、チキン南蛮定食がある」
「お前大好きだもんな、俺はこれにしよ」
注文を聞きにきた店員にオーダーして、数分すると美味しそうなチキン南蛮と城南のハンバーグがやってきた。どれどれ、と口にするとカリッとした衣に粗めの卵が入ったタルタルソースがふんわり口の中に広がる。チキンも程よく柔らかい。これはなかなかうまいぞ、と城南に言おうとしたら同じことをいようとしていたのかハンバーグを指差して口をモグモグさせていた。
「美味いな」
そう俺が笑うと、城南も頷く。しばらくチキン南蛮を堪能していたころ、テーブルに皿が置かれた。見上げてみるとそこにはフレームのないメガネをかけた店員がいた。どこかで見たような、と頭を傾けていたら、城南が先に思い出したようであっと声を上げた。
「【住田食堂】の、黒縁メガネかけてた子だ」
それを聞いて俺は彼をまじまじと見た。メガネは変わってて、帽子はかぶってないけれど確かにあの時の黒縁メガネくんだった。
「なあなあ、あそこに座ってるの、田盛専務じゃん」
「何でここに?いま県外に出向中だろ…それにいつも愛妻弁当の佐々木くんもいるじゃん」
どうやら【住田食堂】が閉まることを聞きつけた元常連たちが駆けつけたらしい。男性だけではなく女性たちもいて『懐かしい』なんて声が聞こえてくる。料理が来るまで待っていると、レジでは女将さんがひっきりなしにお客さんと笑顔で話をしていた。
『寂しくなりますねぇ、いつも美味しいご飯ありがとうございました』
『新人の時、上司に連れられてきたんですよ!今や僕が上司ですけどね!』
『ミスしたときに食べに来たらスープおまけしていただいて、今でもあの味忘れられません』
涙ぐみながら握手をする人や、中には花束を持ってきている人もいる。
みんなこの【住田食堂】を愛していたんだな、と俺は目頭が熱くなり涙を堪えるのが必死だった。
ふいにスナオくんが気になり厨房を覗く。忙しそうにしている彼の横顔。こんなにこの店が客に慕われていたことを、どうか覚えていて欲しいと思う。君の隣に立つ、小さな大将の作る料理は俺らの活力の源だったってことを。
【住田食堂】が閉店したあとは、焼肉屋が開店した。だけどしばらくしてまた店が変わったがスイーツ屋だったり、居酒屋だったりで、昼ごはんを食べるような店は開店しない。昼飯難民になりつつもみんなそれぞれの店を開拓していった。
俺は弁当を作っていた時期もあったけれど、最近ではコンビニに行くことが多い。城南はもっぱら外で色んな店を巡っていた。
あれからスナオくんも黒縁メガネくんも朝見ることはなくなった。店がなくなったのだから、当然なのだけど。あんな不思議な縁はもう二度とないだろう。
****
あれから三度目の春。俺が部署移動して数日が経ってから、城南が昼飯に誘ってきた。
「新しい店ができたみたいなんだよ。お前が部署変わって俺が恋しいだろうから一緒に食べてやろうと思って」
「何じゃそりゃ」
外に出ると初夏の日差しが眩しい。きっと夏もすぐやってくるのだろう。歩きながら店の場所を聞くと隣のビルの地下一階、【住田食堂】のあった場所だ。階段を降りて右折するとお祝いの札がついた観葉植物が置いてありその先に暖簾が見えた。
この場所にあった店は女性が好みそうなカフェで、腹を満たせるような店ではなかったから、ずっと来ていなかった。だから、【住田食堂】の入り口の作りが似ていたこの店がかなり懐かしく感じられる。
「たまたまチラシを見たんだ。三日前にオープンしたばかりらしい。あまりメニューはないみたいだけど、定食オンリーだとさ」
「へぇ」
それはいいな、と言いながら暖簾を手ではらい、引き戸を引くと、いらっしゃいませと若い声が聞こえた。観葉植物とコンクリート打ちっぱなしの壁。木製のテーブルと椅子が柔らかい印象だ。
近くの席に座りメニューを見ると、確かに定食しかなくて品数も少ない。だけど写真にあるメニューはどれもうまそうだ。
「あ、チキン南蛮定食がある」
「お前大好きだもんな、俺はこれにしよ」
注文を聞きにきた店員にオーダーして、数分すると美味しそうなチキン南蛮と城南のハンバーグがやってきた。どれどれ、と口にするとカリッとした衣に粗めの卵が入ったタルタルソースがふんわり口の中に広がる。チキンも程よく柔らかい。これはなかなかうまいぞ、と城南に言おうとしたら同じことをいようとしていたのかハンバーグを指差して口をモグモグさせていた。
「美味いな」
そう俺が笑うと、城南も頷く。しばらくチキン南蛮を堪能していたころ、テーブルに皿が置かれた。見上げてみるとそこにはフレームのないメガネをかけた店員がいた。どこかで見たような、と頭を傾けていたら、城南が先に思い出したようであっと声を上げた。
「【住田食堂】の、黒縁メガネかけてた子だ」
それを聞いて俺は彼をまじまじと見た。メガネは変わってて、帽子はかぶってないけれど確かにあの時の黒縁メガネくんだった。
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