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4.夏の国の暮らし
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サリーの部屋より何倍も広いその部屋は至る所に調度品が飾られていて、床には鮮やかなオレンジのラグが敷いてあった。
「シャリーフ様、お連れしました」
先ほどの砕けた口調から一転、ナージはかしこまり部屋の中央の椅子に座るシャリーフに一礼した。隣でサリーも一礼する。
昨日会ったばかりの黒髪の彼は、サリーの姿をまじまじと見ながら呟く。
「その格好だと安心するな。昨日の服はお前には似合わない。ああ、ナージもういい。下がってくれ」
「はい。またお呼びください」
一歩下がり、ちらとサリーを見てナージは部屋を出て行った。
部屋にいるのはシャリーフとサリーだけだ。豪華な装飾のついた椅子に座るシャリーフを見ながらやはり王族なのかと緊張し、言葉が出ない。
「どうした? 挨拶はないのか?」
シャリーフに促されて慌ててサリーは一礼する。
「申し訳ございません。この度は不躾な振る舞い大変失礼いたしました。サリーと申します」
変な挨拶になってないだろうか、とサリーは自分の鼓動の音に緊張する。シャリーフはそんなサリーを見ながら椅子から立ち上がると近づいてきた。
「夏の国王ラシード、二番目の息子シャリーフだ」
ひっ、とサリーは心の中で悲鳴をあげる。
(よりにもよって王子?)
顔を上げることが出来ずに、下を向いているとシャリーフが顔を上げるように声をかけてきた。
「お前の父親の薬はどれくらいで、王の足を治す?」
「……お、恐れながら、私は国王のおみ足の状態の詳細を知っておりません。父の薬が必ず効くとは言えどのような状態か」
「今は歩けるがこのままなら切断らしい」
そんなに悪いのか、と思いながらも自分の持ってきた薬は本当に効くのかいささか不安になった。切断するような足の病気をも治してしまうというのは聞いたことがあったが……
「恐らく一年くらいは」
「そうか。お前の扱いだが、さすがに客人にはできない。だからナージの業務を手伝ってもらう」
「は、はい」
サリーは言葉を聞きながら、むしろこれはチャンスなのでは無いかと思い始めていた。ナージは恐らく付き人をするくらいだから、城の中でも中堅の使用人だろう。それであればナージについてきいながら城の中を散策しうまくいけば『レッドクリスタル』の在処を知ることができるかもしれないと考えた。期限は一年。それだけあればなんとかなるかもしれない、と。
部屋に戻り、出された食事を平らげるとサリーはまた深い眠りについた。
翌日。シャリーフの命令とはいえ、ナージの反抗はそれは酷いものだった。
「何でこいつと一緒に仕事しないといけないんですかっ」
いつもならシャリーフに対して礼儀正しい口調のナージが取り乱している。シャリーフとナージは歳が近く、子供の頃から一緒だったので身分は違えど仲の良い二人。シャリーフは、ナージの反抗も分かっていて、結局は面倒を見る性格だということも分かっている。
「父の薬が効くまでの間だ。早く効けば解放される」
その言葉にナージは振り返って後ろにいたサリーを軽く睨みつけた。
「……睨まれても、早くは治りませんよ」
サリーがそう言うと、ナージはがっくりと肩を下ろし、その向こうでシャリーフは口に手をやり笑っている。昨日までの緊迫した気持ちはかなりなくなって、サリーは二人の様子を見ながら仲がいい二人だなあとぼんやり見ていた。
****
朝の日課は庭の手入れから始まる。ちゃんとした庭師がいるのだが、最終的なチェックをするのだという。そのあとはシャリーフの朝食の手伝い。片付けやシャリーフの執務の用事をこなし、午後は城の修繕箇所などのチェック。シャリーフに来客があれば対応し、外出があれば付き人として一緒に出かける。細々とした業務が続き、なかなかの労働だ。
ある時、サリーはナージにこれだけの量を一人でこなしていたのかと聞いた。するとナージはそれぞれの先に使用人たちがいて、自分は皆に支えられているだけだから大したことはしていないと言っていた。
(夏の国の民は仲間意識が強いと聞いたことあるな)
自分の国が仲が悪いわけでは無いが、夏の国の民に対して時々感じるのは人々がとても生き生きしているということ。
褐色の肌、明るい笑い声。燦々と注ぐ日光に雲ひとつない青空。夏の国はなんだか解放的なのだ。
(そういえば、こっちにきて雨の日がないな)
シャリーフたちに初めて会った日から早くも半年が経っていた。
この暑さにもだいぶ慣れてきたとはいえ、まだまだ暑い。それに日々気温が上がっている。ナージもすっかりサリーに慣れて、最近ではサリーに簡単な仕事なら任せる時もあった。サリーも根は真面目なので、任された仕事を懸命にこなしていた。今では他の使用人とも話す時がある。新入りのサリーに戸惑うことなく接してくれている。
今日は街に買い出しを頼まれ、荷物を持ちながら汗を拭く。今日は一段と日差しがきつくて痛いほどだ。それでも周りの町人たちは平気な顔をしているから、やはり冬の国の民とは体の構造から違うのだな、と苦笑いしていた。ベンチに腰掛けて、腰にぶら下げた水筒を手に持ち、蓋を開けて水を飲む。
「さあてあとひとつ」
シャリーフの好物だという、桃。城にもあるのだが、この市場のがうまいとナージが言っていた。それなら、シャリーフに買って帰ろうと思ったのだ。サリーが買ったものをシャリーフが食べてくれるかは、分からないが。
喉を潤したサリーは水筒をまた腰にかけてベンチから立ち上がった、その瞬間。サリーの見ている世界がぐらり、と回転し目の前が真っ暗になった。
「シャリーフ様、お連れしました」
先ほどの砕けた口調から一転、ナージはかしこまり部屋の中央の椅子に座るシャリーフに一礼した。隣でサリーも一礼する。
昨日会ったばかりの黒髪の彼は、サリーの姿をまじまじと見ながら呟く。
「その格好だと安心するな。昨日の服はお前には似合わない。ああ、ナージもういい。下がってくれ」
「はい。またお呼びください」
一歩下がり、ちらとサリーを見てナージは部屋を出て行った。
部屋にいるのはシャリーフとサリーだけだ。豪華な装飾のついた椅子に座るシャリーフを見ながらやはり王族なのかと緊張し、言葉が出ない。
「どうした? 挨拶はないのか?」
シャリーフに促されて慌ててサリーは一礼する。
「申し訳ございません。この度は不躾な振る舞い大変失礼いたしました。サリーと申します」
変な挨拶になってないだろうか、とサリーは自分の鼓動の音に緊張する。シャリーフはそんなサリーを見ながら椅子から立ち上がると近づいてきた。
「夏の国王ラシード、二番目の息子シャリーフだ」
ひっ、とサリーは心の中で悲鳴をあげる。
(よりにもよって王子?)
顔を上げることが出来ずに、下を向いているとシャリーフが顔を上げるように声をかけてきた。
「お前の父親の薬はどれくらいで、王の足を治す?」
「……お、恐れながら、私は国王のおみ足の状態の詳細を知っておりません。父の薬が必ず効くとは言えどのような状態か」
「今は歩けるがこのままなら切断らしい」
そんなに悪いのか、と思いながらも自分の持ってきた薬は本当に効くのかいささか不安になった。切断するような足の病気をも治してしまうというのは聞いたことがあったが……
「恐らく一年くらいは」
「そうか。お前の扱いだが、さすがに客人にはできない。だからナージの業務を手伝ってもらう」
「は、はい」
サリーは言葉を聞きながら、むしろこれはチャンスなのでは無いかと思い始めていた。ナージは恐らく付き人をするくらいだから、城の中でも中堅の使用人だろう。それであればナージについてきいながら城の中を散策しうまくいけば『レッドクリスタル』の在処を知ることができるかもしれないと考えた。期限は一年。それだけあればなんとかなるかもしれない、と。
部屋に戻り、出された食事を平らげるとサリーはまた深い眠りについた。
翌日。シャリーフの命令とはいえ、ナージの反抗はそれは酷いものだった。
「何でこいつと一緒に仕事しないといけないんですかっ」
いつもならシャリーフに対して礼儀正しい口調のナージが取り乱している。シャリーフとナージは歳が近く、子供の頃から一緒だったので身分は違えど仲の良い二人。シャリーフは、ナージの反抗も分かっていて、結局は面倒を見る性格だということも分かっている。
「父の薬が効くまでの間だ。早く効けば解放される」
その言葉にナージは振り返って後ろにいたサリーを軽く睨みつけた。
「……睨まれても、早くは治りませんよ」
サリーがそう言うと、ナージはがっくりと肩を下ろし、その向こうでシャリーフは口に手をやり笑っている。昨日までの緊迫した気持ちはかなりなくなって、サリーは二人の様子を見ながら仲がいい二人だなあとぼんやり見ていた。
****
朝の日課は庭の手入れから始まる。ちゃんとした庭師がいるのだが、最終的なチェックをするのだという。そのあとはシャリーフの朝食の手伝い。片付けやシャリーフの執務の用事をこなし、午後は城の修繕箇所などのチェック。シャリーフに来客があれば対応し、外出があれば付き人として一緒に出かける。細々とした業務が続き、なかなかの労働だ。
ある時、サリーはナージにこれだけの量を一人でこなしていたのかと聞いた。するとナージはそれぞれの先に使用人たちがいて、自分は皆に支えられているだけだから大したことはしていないと言っていた。
(夏の国の民は仲間意識が強いと聞いたことあるな)
自分の国が仲が悪いわけでは無いが、夏の国の民に対して時々感じるのは人々がとても生き生きしているということ。
褐色の肌、明るい笑い声。燦々と注ぐ日光に雲ひとつない青空。夏の国はなんだか解放的なのだ。
(そういえば、こっちにきて雨の日がないな)
シャリーフたちに初めて会った日から早くも半年が経っていた。
この暑さにもだいぶ慣れてきたとはいえ、まだまだ暑い。それに日々気温が上がっている。ナージもすっかりサリーに慣れて、最近ではサリーに簡単な仕事なら任せる時もあった。サリーも根は真面目なので、任された仕事を懸命にこなしていた。今では他の使用人とも話す時がある。新入りのサリーに戸惑うことなく接してくれている。
今日は街に買い出しを頼まれ、荷物を持ちながら汗を拭く。今日は一段と日差しがきつくて痛いほどだ。それでも周りの町人たちは平気な顔をしているから、やはり冬の国の民とは体の構造から違うのだな、と苦笑いしていた。ベンチに腰掛けて、腰にぶら下げた水筒を手に持ち、蓋を開けて水を飲む。
「さあてあとひとつ」
シャリーフの好物だという、桃。城にもあるのだが、この市場のがうまいとナージが言っていた。それなら、シャリーフに買って帰ろうと思ったのだ。サリーが買ったものをシャリーフが食べてくれるかは、分からないが。
喉を潤したサリーは水筒をまた腰にかけてベンチから立ち上がった、その瞬間。サリーの見ている世界がぐらり、と回転し目の前が真っ暗になった。
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