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3.寝室にて
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門番や付き人の態度からするとかなり王に近いのかもしれない、とサリーは悟った。長い黒髪を結い、逞しい褐色の腕を組んでサリーを見ていた目はどことなく全てを見透かされているようで。あの時、心臓はバクバクしていたが冷静を装いシャリーフと言葉を交わした。その結果が今。
まさか部屋をあてがわれて、軟禁されるとは思わなかったサリーは、この後どう動くか頭を抱えていた。
手にしていた薬は、足に効くのは間違いない。冬の国では寒い時期に足を痛めてしまうことが多いから、医学魔法士が薬を開発したのだ。その配合には夏の国で取れないとされる植物が使われている。ガーリブはラシード王が足に持病があるという情報を入手していたのだ。
この薬を売り込み、ラシード王の気を引いて、城に入り込めば『レッドクリスタル』を盗めばいい。そんな大雑把な計画をサリーはたてていた。
冬の国に帰れば、父や兄の目が変わるはずだ。ただ『レッドクリスタル』がどれくらいの大きさかサリーは知らない。
(まあなんとかなるだろ)
悶絶しても始まらない、とサリーはため息を一つつくと、そのままベッドの上で寝てしまった。緊張もあったせいか、あっという間に深い眠りについたサリーは、部屋に誰かが入ってきたことなど、全く気がついていなかった。
****
この世界では、四つの国は国民がお互いの国に行き来するようなことはない。それぞれの国を分断するかのような大海原。それが人々の移動の妨げになっていた。一般の庶民はもちろん、王族でも他の国へ行くことはほとんどないのだ。それぞれの国の様子は王と一握りの後継者しか知らない。
シャリーフはその後継者のひとり。そして冬の国の民の瞳が緑であることを学んでいた。文献だと鮮やかな緑らしいが、あの男は何故か薄い緑だった。
ナージには得体の知れない男を城に入れるなんて、とさんざん咎められた。ナージはあの男が冬の国の民であるだろうことは、知らないのだ。あの男はきっと冬の国の民だろうとシャリーフは考えた。ならば何故冬の国の男が王に接見を求めたのか。いい予感はしなかった。
着替えを終えた後、シャリーフは長いこと使われていなかった部屋、つまりサリーにあてがわれた部屋に向かう。ドアノブを回し、部屋に入りあたりを見渡すとベッドにうつ伏せにのまま、まるで倒れているかのように眠っているサリーがいた。靴も脱がず、服も先ほどの格好のままだ。
カビ臭い室内をすすみ、男の横顔を見る。金髪の彼はよだれを垂らしてぐうぐうと気持ち良さそうに眠っていた。さっきの騒動の時に見せた顔とは別人のよう。シャリーフは手を伸ばすと前髪を少しかき揚げ、生え際を見た。すると褐色の肌と白い肌のまだらな地肌が見えたのだ。
(やはり肌の色を変えているのか)
ここまで綺麗に肌色が変わっているのは、染料などではなく魔法なのだろう、とシャリーフは考えた。すると彼は魔法の使える王族であるということになり、ますます緊張感が高まる。だがよからぬことを企んでいるような男に見えないのは、この寝顔だからだ。まるで緊張感がない。
前髪から手を離し、今度ば袖口から伸びた細い腕に触れる。驚いたのはその感触だ。夏の国の人々は筋肉質で硬い。なのにこの腕は柔らかく、すべすべしていた。シャリーフが二、三回腕を触っていると、男は眉を顰めた。
「ん……」
くすぐったかったのか、身を捩る。その様子を見ながらシャリーフは手を離し、今度はうなじに優しく触れてみた。すると体がビクッと揺れ、そのまま耳たぶにも触れる。
「ンッ……」
その良すぎる反応に、シャリーフは口元を緩めて手を離した。
***
サリーがけたたましい音でナージに叩き起こされたのはそれからしばらくして。
「起きろ! お前着替えもせず寝やがって」
シーツが汚れてしまうだろ、とナージの言葉に目をこすりながらサリーは身を起こそうとして肌の色が戻っていることに気づく。
「あっ、すぐに着替えますから、着替えいただけますか? あと恥ずかしいのであちらに…」
「なんだあ、お前! 女みたいなこと言いやがって! ほらよっ」
ナージは小さな体でぷりぷり怒りながら、服を投げ部屋を出ていく。ホッと胸を撫で下ろし肌の色を変えナージが持ってきた服に着替える。夏の国の白い民族衣装に、木靴。耳には大振りの耳飾りをするのが正式な装いだ。
髪を整え、扉を開けると遅いと怒られた。
「シャリーフ様に挨拶に行くぞ。その後は飯だ」
「ラシード王ではなく?」
「お前、王に会えると思ってるのかよ! シャリーフ様とお話できるだけでも光栄と思えよ」
シャリーフ様とは何者だ、と聞こうとしたがそれこそ怪しまれてしまう。サリーは言葉を飲み込み、通路にある鏡を見た。褐色の肌の自分はまだ見慣れない。
まさか部屋をあてがわれて、軟禁されるとは思わなかったサリーは、この後どう動くか頭を抱えていた。
手にしていた薬は、足に効くのは間違いない。冬の国では寒い時期に足を痛めてしまうことが多いから、医学魔法士が薬を開発したのだ。その配合には夏の国で取れないとされる植物が使われている。ガーリブはラシード王が足に持病があるという情報を入手していたのだ。
この薬を売り込み、ラシード王の気を引いて、城に入り込めば『レッドクリスタル』を盗めばいい。そんな大雑把な計画をサリーはたてていた。
冬の国に帰れば、父や兄の目が変わるはずだ。ただ『レッドクリスタル』がどれくらいの大きさかサリーは知らない。
(まあなんとかなるだろ)
悶絶しても始まらない、とサリーはため息を一つつくと、そのままベッドの上で寝てしまった。緊張もあったせいか、あっという間に深い眠りについたサリーは、部屋に誰かが入ってきたことなど、全く気がついていなかった。
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この世界では、四つの国は国民がお互いの国に行き来するようなことはない。それぞれの国を分断するかのような大海原。それが人々の移動の妨げになっていた。一般の庶民はもちろん、王族でも他の国へ行くことはほとんどないのだ。それぞれの国の様子は王と一握りの後継者しか知らない。
シャリーフはその後継者のひとり。そして冬の国の民の瞳が緑であることを学んでいた。文献だと鮮やかな緑らしいが、あの男は何故か薄い緑だった。
ナージには得体の知れない男を城に入れるなんて、とさんざん咎められた。ナージはあの男が冬の国の民であるだろうことは、知らないのだ。あの男はきっと冬の国の民だろうとシャリーフは考えた。ならば何故冬の国の男が王に接見を求めたのか。いい予感はしなかった。
着替えを終えた後、シャリーフは長いこと使われていなかった部屋、つまりサリーにあてがわれた部屋に向かう。ドアノブを回し、部屋に入りあたりを見渡すとベッドにうつ伏せにのまま、まるで倒れているかのように眠っているサリーがいた。靴も脱がず、服も先ほどの格好のままだ。
カビ臭い室内をすすみ、男の横顔を見る。金髪の彼はよだれを垂らしてぐうぐうと気持ち良さそうに眠っていた。さっきの騒動の時に見せた顔とは別人のよう。シャリーフは手を伸ばすと前髪を少しかき揚げ、生え際を見た。すると褐色の肌と白い肌のまだらな地肌が見えたのだ。
(やはり肌の色を変えているのか)
ここまで綺麗に肌色が変わっているのは、染料などではなく魔法なのだろう、とシャリーフは考えた。すると彼は魔法の使える王族であるということになり、ますます緊張感が高まる。だがよからぬことを企んでいるような男に見えないのは、この寝顔だからだ。まるで緊張感がない。
前髪から手を離し、今度ば袖口から伸びた細い腕に触れる。驚いたのはその感触だ。夏の国の人々は筋肉質で硬い。なのにこの腕は柔らかく、すべすべしていた。シャリーフが二、三回腕を触っていると、男は眉を顰めた。
「ん……」
くすぐったかったのか、身を捩る。その様子を見ながらシャリーフは手を離し、今度はうなじに優しく触れてみた。すると体がビクッと揺れ、そのまま耳たぶにも触れる。
「ンッ……」
その良すぎる反応に、シャリーフは口元を緩めて手を離した。
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サリーがけたたましい音でナージに叩き起こされたのはそれからしばらくして。
「起きろ! お前着替えもせず寝やがって」
シーツが汚れてしまうだろ、とナージの言葉に目をこすりながらサリーは身を起こそうとして肌の色が戻っていることに気づく。
「あっ、すぐに着替えますから、着替えいただけますか? あと恥ずかしいのであちらに…」
「なんだあ、お前! 女みたいなこと言いやがって! ほらよっ」
ナージは小さな体でぷりぷり怒りながら、服を投げ部屋を出ていく。ホッと胸を撫で下ろし肌の色を変えナージが持ってきた服に着替える。夏の国の白い民族衣装に、木靴。耳には大振りの耳飾りをするのが正式な装いだ。
髪を整え、扉を開けると遅いと怒られた。
「シャリーフ様に挨拶に行くぞ。その後は飯だ」
「ラシード王ではなく?」
「お前、王に会えると思ってるのかよ! シャリーフ様とお話できるだけでも光栄と思えよ」
シャリーフ様とは何者だ、と聞こうとしたがそれこそ怪しまれてしまう。サリーは言葉を飲み込み、通路にある鏡を見た。褐色の肌の自分はまだ見慣れない。
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