上 下
3 / 7

3.寝室にて

しおりを挟む
門番や付き人の態度からするとかなり王に近いのかもしれない、とサリーは悟った。長い黒髪を結い、逞しい褐色の腕を組んでサリーを見ていた目はどことなく全てを見透かされているようで。あの時、心臓はバクバクしていたが冷静を装いシャリーフと言葉を交わした。その結果が今。
まさか部屋をあてがわれて、軟禁されるとは思わなかったサリーは、この後どう動くか頭を抱えていた。
手にしていた薬は、足に効くのは間違いない。冬の国では寒い時期に足を痛めてしまうことが多いから、医学魔法士が薬を開発したのだ。その配合には夏の国で取れないとされる植物が使われている。ガーリブはラシード王が足に持病があるという情報を入手していたのだ。

この薬を売り込み、ラシード王の気を引いて、城に入り込めば『レッドクリスタル』を盗めばいい。そんな大雑把な計画をサリーはたてていた。
冬の国に帰れば、父や兄の目が変わるはずだ。ただ『レッドクリスタル』がどれくらいの大きさかサリーは知らない。
(まあなんとかなるだろ)
悶絶しても始まらない、とサリーはため息を一つつくと、そのままベッドの上で寝てしまった。緊張もあったせいか、あっという間に深い眠りについたサリーは、部屋に誰かが入ってきたことなど、全く気がついていなかった。

****

この世界では、四つの国は国民がお互いの国に行き来するようなことはない。それぞれの国を分断するかのような大海原。それが人々の移動の妨げになっていた。一般の庶民はもちろん、王族でも他の国へ行くことはほとんどないのだ。それぞれの国の様子は王と一握りの後継者しか知らない。
シャリーフはその後継者のひとり。そして冬の国の民の瞳が緑であることを学んでいた。文献だと鮮やかな緑らしいが、あの男は何故か薄い緑だった。
ナージには得体の知れない男を城に入れるなんて、とさんざん咎められた。ナージはあの男が冬の国の民であるだろうことは、知らないのだ。あの男はきっと冬の国の民だろうとシャリーフは考えた。ならば何故冬の国の男が王に接見を求めたのか。いい予感はしなかった。

着替えを終えた後、シャリーフは長いこと使われていなかった部屋、つまりサリーにあてがわれた部屋に向かう。ドアノブを回し、部屋に入りあたりを見渡すとベッドにうつ伏せにのまま、まるで倒れているかのように眠っているサリーがいた。靴も脱がず、服も先ほどの格好のままだ。
カビ臭い室内をすすみ、男の横顔を見る。金髪の彼はよだれを垂らしてぐうぐうと気持ち良さそうに眠っていた。さっきの騒動の時に見せた顔とは別人のよう。シャリーフは手を伸ばすと前髪を少しかき揚げ、生え際を見た。すると褐色の肌と白い肌のまだらな地肌が見えたのだ。
(やはり肌の色を変えているのか)
ここまで綺麗に肌色が変わっているのは、染料などではなく魔法なのだろう、とシャリーフは考えた。すると彼は魔法の使える王族であるということになり、ますます緊張感が高まる。だがよからぬことを企んでいるような男に見えないのは、この寝顔だからだ。まるで緊張感がない。

前髪から手を離し、今度ば袖口から伸びた細い腕に触れる。驚いたのはその感触だ。夏の国の人々は筋肉質で硬い。なのにこの腕は柔らかく、すべすべしていた。シャリーフが二、三回腕を触っていると、男は眉を顰めた。
「ん……」
くすぐったかったのか、身を捩る。その様子を見ながらシャリーフは手を離し、今度はうなじに優しく触れてみた。すると体がビクッと揺れ、そのまま耳たぶにも触れる。
「ンッ……」
その良すぎる反応に、シャリーフは口元を緩めて手を離した。

***

サリーがけたたましい音でナージに叩き起こされたのはそれからしばらくして。
「起きろ! お前着替えもせず寝やがって」
シーツが汚れてしまうだろ、とナージの言葉に目をこすりながらサリーは身を起こそうとして肌の色が戻っていることに気づく。
「あっ、すぐに着替えますから、着替えいただけますか? あと恥ずかしいのであちらに…」
「なんだあ、お前! 女みたいなこと言いやがって! ほらよっ」 
ナージは小さな体でぷりぷり怒りながら、服を投げ部屋を出ていく。ホッと胸を撫で下ろし肌の色を変えナージが持ってきた服に着替える。夏の国の白い民族衣装に、木靴。耳には大振りの耳飾りをするのが正式な装いだ。
髪を整え、扉を開けると遅いと怒られた。
「シャリーフ様に挨拶に行くぞ。その後は飯だ」
「ラシード王ではなく?」
「お前、王に会えると思ってるのかよ! シャリーフ様とお話できるだけでも光栄と思えよ」
シャリーフ様とは何者だ、と聞こうとしたがそれこそ怪しまれてしまう。サリーは言葉を飲み込み、通路にある鏡を見た。褐色の肌の自分はまだ見慣れない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】βの側近が運命のΩだったので番にした

BL
αの王とβだけどΩだった側近の話。 子作りしない王は誰にも勃起しないと言うので、何でも願いを叶えてくれる魔女に会いにいく側近。しかし魔女は実は魔王で側近は連れさらわれてしまうのだった……

グッバイシンデレラ

かかし
BL
毎週水曜日に二次創作でワンドロライ主催してるんですが、その時間になるまでどこまで書けるかと挑戦したかった+自分が読みたい浮気攻めを書きたくてムラムラしたのでお菓子ムシャムシャしながら書いた作品です。 美形×平凡意識 浮気攻めというよりヤンデレめいてしまった

(…二度と浮気なんてさせない)

らぷた
BL
「もういい、浮気してやる!!」 愛されてる自信がない受けと、秘密を抱えた攻めのお話。 美形クール攻め×天然受け。 隙間時間にどうぞ!

王子様と魔法は取り扱いが難しい

南方まいこ
BL
とある舞踏会に出席したレジェ、そこで幼馴染に出会い、挨拶を交わしたのが運の尽き、おかしな魔道具が陳列する室内へと潜入し、うっかり触れた魔具の魔法が発動してしまう。 特殊な魔法がかかったレジェは、みるみるうちに体が縮み、十歳前後の身体になってしまい、元に戻る方法を探し始めるが、ちょっとした誤解から、幼馴染の行動がおかしな方向へ、更には過保護な執事も加わり、色々と面倒なことに――。 ※濃縮版

【完結】売れ残りのΩですが隠していた××をαの上司に見られてから妙に優しくされててつらい。

天城
BL
ディランは売れ残りのΩだ。貴族のΩは十代には嫁入り先が決まるが、儚さの欠片もない逞しい身体のせいか完全に婚期を逃していた。 しかもディランの身体には秘密がある。陥没乳首なのである。恥ずかしくて大浴場にもいけないディランは、結婚は諦めていた。 しかしαの上司である騎士団長のエリオットに事故で陥没乳首を見られてから、彼はとても優しく接してくれる。始めは気まずかったものの、穏やかで壮年の色気たっぷりのエリオットの声を聞いていると、落ち着かないようなむずがゆいような、不思議な感じがするのだった。 【攻】騎士団長のα・巨体でマッチョの美形(黒髪黒目の40代)×【受】売れ残りΩ副団長・細マッチョ(陥没乳首の30代・銀髪紫目・無自覚美形)色事に慣れない陥没乳首Ωを、あの手この手で囲い込み、執拗な乳首フェラで籠絡させる独占欲つよつよαによる捕獲作戦。全3話+番外2話

総長の彼氏が俺にだけ優しい

桜子あんこ
BL
ビビりな俺が付き合っている彼氏は、 関東で最強の暴走族の総長。 みんなからは恐れられ冷酷で悪魔と噂されるそんな俺の彼氏は何故か俺にだけ甘々で優しい。 そんな日常を描いた話である。

婚約破棄された悪役令息は従者に溺愛される

田中
BL
BLゲームの悪役令息であるリアン・ヒスコックに転生してしまった俺は、婚約者である第二王子から断罪されるのを待っていた! なぜなら断罪が領地で療養という軽い処置だから。 婚約破棄をされたリアンは従者のテオと共に領地の屋敷で暮らすことになるが何気ないリアンの一言で、テオがリアンにぐいぐい迫ってきてーー?! 従者×悪役令息

絶滅危惧種の俺様王子に婚約を突きつけられた小物ですが

古森きり
BL
前世、腐男子サラリーマンである俺、ホノカ・ルトソーは”女は王族だけ”という特殊な異世界『ゼブンス・デェ・フェ』に転生した。 女と結婚し、女と子どもを残せるのは伯爵家以上の男だけ。 平民と伯爵家以下の男は、同家格の男と結婚してうなじを噛まれた側が子宮を体内で生成して子どもを産むように進化する。 そんな常識を聞いた時は「は?」と宇宙猫になった。 いや、だって、そんなことある? あぶれたモブの運命が過酷すぎん? ――言いたいことはたくさんあるが、どうせモブなので流れに身を任せようと思っていたところ王女殿下の誕生日お披露目パーティーで第二王子エルン殿下にキスされてしまい――! BLoveさん、カクヨム、アルファポリス、小説家になろうに掲載。

処理中です...