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1.冬の国の王子

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この世界は四つに分かれていた。春の国、夏の国、秋の国、そして冬の国。
国民的もそれぞれ特色を持っており、穏やかな春、血気盛んな夏。ロマンチストが多い秋、冷静な冬。古くは領土の奪い合いという悲しい歴史を歩んだこともあるが現在は平和な世界。
奪い合うことは得策ではないと先代の王たちは学んだのだ。

だが一つだけ未だに燻っている出来事がある。それは夏の国の鉱山から発掘された『レッドクリスタル』と呼ばれる鉱石。『レッドクリスタル』はこの世界で使われている魔法の力を増力する力がある。赤に輝く鉱石で今まで発掘されたより桁違いの大きさと力であることから、王に献上され、いまは城で厳重に保管されていると文書に記載されている。もっとも最近は魔法の回復薬が開発され、薬屋で購入し気軽に回復する。それでも希少価値が高いこの石は夏の国にとって国宝扱いとなっていたのだ。

他の国では採掘できない『レッドクリスタル』。それをどうにか手にしたいと企んでいるのは冬の国の王、ガーリブだ。ガーリブの祖先は昔、まだ領土の奪い合いをしていたころ、夏の王と犬猿の仲だった。長い時間を経て、現在は解消されているはずなのだが、ガーリブは何故か夏の王ラシードを嫌っている。
ある頃から、ガーリブはラシードにほんの少し困らせてやりたいと考えるようになっていた。そして『レッドクリスタル』を使って嫌がらせをしてやろうと考えた。一国の王が考えるようなことではないし、冬の国は冷静な国民性のはずなのに、ガーリブはラシードのことになると、頭に血が登ってしまうのだ。

***

「サリー様! 王様がお呼びです」
ガーリブの九番目の息子、サリーが庭で花を愛でていると使用人が息を切らせて呼びにきた。
「えー? 何だろうなァ。」
末っ子のサリーは父親のガーリブと話す機会は少ない。さらにいうとガーリブには三人の妃がいるが、サリーは妾の子。あまり優遇されていないのだ。
サッと身なりを整えてガーリブの部屋へと急ぐ。ガーリブと会ったのは昨年、成人の儀を行って以来だ。真っ白な扉に金色の彫刻が施されたドアノブ。そしてその前には召使いがいて、サリーを見かけると一礼しドアを開く。ドアの向こうにある大きな椅子にデン、と座っていたのは王であり、サリーの父だ。
「久しぶりだな、サリーよ」
一礼する息子に父は優しく微笑んだ。そしてガーリブはサリーにとある【用事】を言いつけたのである。

ガーリブからの話を聞き、自室に戻ったサリーはフカフカのベッドにその体を投げ出しうつ伏せになった。体が重い。頭も重い。ガーリブから聞いた【用事】という名の【無理難題な命令】に気持ちも重い。
久々に会ったガーリブからの命令は『夏の王からレッドクリスタルを奪え』というものだった。
レッドクリスタル自体を知らなかったサリーはそれがどんなに貴重なのか、そして国宝にまでなっているということを知り、サリーは少し青ざめた。
『なあに、夏の国から奪えばいいだけだ。万が一私の元に届かなくてもいい。夏の国から……ラシードの手元から無くなればそれで良いのだ』
ガーリブがラシードを嫌っていることを、ガーリブの息子たちは知っていた。もちろんサリーも。

(それにしても何故俺なのか)
ベッドにうつ伏せになったままサリーは考え、ふとある考えに到達する。
末っ子で妾の子、さらに剣の腕前も平凡で兄達とは雲泥の差。学力、魔力共にだ。
そんなサリーを使うということは恐らく捨て駒なのだろう。とにかく『レッドクリスタル』がなくなれば。持って帰らなくてもいい、つまり無事に帰らなくてもいい、ということだ。
(……舐められたもんだな)
拳を強く握り唇を噛み締める。確かに非力で要領も悪いけれど、この命令がもし無事に敢行することが出来たなら。ガーリブや兄達は自分を見る目が変わるかもしれない。いつまでも妾の子、でいる訳にはいかないのだ。
(やってやろーじゃん)
体を起こし、サリーはサイドテーブルに置いてあったレモン水を一気に飲んだ。

***

夏の国は気温が高く、涼しい国で育ったサリーには若干、体にこたえる。
街を歩く人々の褐色の肌が太陽が如何に近いかを物語っていた。サリーの白い肌はそのままだと目立ってしまうため、褐色の肌が夜まで続くように魔法をかけた。魔法は王族のみしか使えない。妾の子であるサリーには王の血はあるものの、魔力は純血の兄達の数割しかないのだ。
兄達であれば何日も肌の色を変えるのは持続可能だが、サリーの実力だと一日しか出来ない。
それでも何とか肌の色を隠し、夏の国の装いを真似して城の前まで来た。汗が滲む額を拭いながら門番に話しかけた。
「ラシード王に、接見願いたい」
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