バタフライトラップ

柏木あきら

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番外編

1.

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カーテンのない部屋。大きな窓の外は夜空とビル群だけだ。時計は午前二時を指している。
「ん……ッ、ふ……」
男の声が室内に密かに漏れる。夜中でも真っ暗ではないのはビルに残る灯りと、真っ白な家具がぼんやりと浮かんでいるから。
「……くっ」
ベッドの中でその声はさらに響く。
首につけられたカラー、身を捩りのけぞる身体。もうやめてくれと言われても、容赦なくその身体に打ちつける己の楔。
「はッ……」
しかしその身体はいまここにはいない。
記憶にある彼を投影しながら、佳紀は自分の膨張したものを擦り上げる。
果てるまであと少し。
彼の金髪を掴み、腰を深く突き上げればきゅうう、と締まりその瞬間声を張り上げる。
「んああッッ!」
佳紀の白濁したそれは、彼の中ではなくシーツの上にボタボタと放出された。
「はあはあ……」
肩で息をしながらベッドに仰向けに寝転ぶ。
声を張り上げ泣いていた彼はもういない。もう二度と触れられない。
「……クソッ」
自慰をする度に浮かぶのは、この部屋で過ごした俊の霰もない姿。

二ヶ月前に岡と一緒に行けと手を離したはずの彼が、どうしても浮かんでしまう。
疼きが収まりそうにないときはsubを派遣する店に連絡し、適当な相手を呼ぶのだが今日はとうとうその店に断られた。
佳紀とプレイしたあとの子がひどい怪我を負って帰ってくるので困る、という理由で以前から苦情を言われていたのを無視して呼びつけていたら、とうとう『派遣致しかねます』と言われたのだ。

(この店もダメか)

仕方なく体の熱を自分で発散すると、どうしても俊が現れる。そして発散したあと、佳紀はどうしようもなく深い嫌悪感に襲われるのだ。

(どうやら僕は人の幸せを願うことすら、できないらしい)
眉を顰め拳を強く握り、ベッドを叩きつけた。

***

翌朝、スープの香りで佳紀は目を覚ました。キッチンから水道を流す音や食器が重なる音が聞こえ、彼が朝食を準備していることに気づく。
気だるい体を起こし、ガウンを羽織り佳紀はキッチンに向かうと作業している彼の背中を見つめた。

経営していたクリニックの元従業員という繋がりだけなのに、彼はこうして甲斐甲斐しく食事を作りにくる。それだけではなく、合鍵を使い佳紀の部屋に勝手に入り家事全般をこなすのだ。

やがて背後の気配に気がついたのか、彼は振り向くと声をかけてきた。

「おはようございます、先生」
「……サムット、毎日来なくてもいいって言言っただろ」

黒のエプロンをしたサムットは聞こえなかったのか、聞こえないふりをしているのか無言で手にした深皿をテーブルに置く。
「今朝は少し、冷えましたね。コーンポタージュスープで温まりましょう」
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