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7、七色の蝶
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俊がいない昼下がり。
岡の家に海外からの小包が届き、開封してみると絵葉書と小箱がはいっていた。その中には黒と緑が混じった玉虫色の羽根を持つオオゴンテングアゲハの標本が入っていた。
そして絵葉書はベトナムの風景だ。余白に添えられた岡は目を見開いた。
『こちらでクリニックを始めた』
それは佳紀の右上りの癖のある文字に間違いなかった。
あのマンションでの一件のあと、佳紀の経営していたクリニックは閉じられていた。
そして彼とサムットも連絡がつかない状態。
彼らがその後どうしたのか、気にならないわけはなかった。
自分の恋人を酷い目に遭わせていた男ではあるが、古い友人でもある佳紀に対しての感情はなかなか断ち切れない。
そんな中、彼から届いた小包。
幼い時に佳紀一家が住んでいた家は近所だったから、住所も覚えていたのだろう。
この蝶はベトナムや中国に生息していて、国内では手に入らない。そして二人にとっては思い入るのある蝶だ。
そんな標本を自分に送ってくる佳紀はもうきっと俊への感情を断ち切り、友人としてこれを送ってくれたのだろうと、そう岡は考えた。
ベトナムを選んだのはサムットの故郷だからだろうか。
それならば佳紀と一緒に彼もいるのかもしれない。
願わくば彼と穏やかに過ごして欲しい。
そう思いながら、岡はその蝶を眺めていた。
***
「バーテンダーさん、可愛い顔してるね」
そう言いながら絡んできたのは、最近見るようになった新しい客だ。
俊は微笑みながらオーダーを聞こうとするが、客は何かと絡んでくる。
はあ、とため息をついていると、隣から拓也が助け舟を出す。
「お客様、こいつの首よく見てくださいね」
そう言われて、客が視線を首を向けるとそこには革製の首輪がシャツから出ているのが分かった。
「カラーじゃん。ちぇっ。パートナーいるんじゃ手ぇ出せねぇな」
客はごめんな、と言いながらテーブル席に戻って言った。
「ありがとうございます、拓也さん」
「もうちょいカラー目立たせなよ。俊を狙ってる客は結構いるんだからね」
拓也がそう言うと、俊は苦笑いしながら頭を掻いた。
「そうよ、アンタに何かあったらアタシが岡ちゃんに怒られちゃうんだからね。拓也、二番テーブルにギムレットを作ってちょうだい」
「かしこまりました」
そう答えた拓也の首にはカラーはないものの、明彦と同じネックレスがあることを俊は知っていた。
岡が俊にカラーを送ったのは、一ヶ月前。
対外的には『自分のものだから手を出すな』と言う意味を持ち『お前は俺のものだ』とパートナーに選んだsubへの気持ちを表すものがカラーだ。
俊はカラーの意味を知らなかったので、岡が差し出した時に青くなっていた。
その様子から恐らく佳紀が部屋で監禁していたときにつけさせられていたのだろうと憶測した。
岡はゆっくりと優しくカラーの意味を俊に教えた上で、つけるかどうかは任せると言った。
すると俊はその場ですぐ首につけ、目を潤ませながら岡にキスしてきた。
『まるで結婚指輪みたい』
『そうだね、近いうちにそっちも準備するよ』
俊のおでこにキスすると、二人は顔を見合わせて笑う。
しばらくカラーを見ていた俊は、顔を少し曇らせてポツリと言う。
『佳紀は不器用な人だったんだね』
俊は気がついたのだろう。
当時、恐怖でしかなかった首輪。それは彼なりの意味を持つカラーだったことに。
彼のしたことは許せないし、いまだにカサブランカの香りが怖かったり、ふとした時にあの頃がフラッシュバックする。だが俊は客観的に佳紀のことを思えるようになってきている。
もし佳紀がもう少し違う接し方をしていれば、俊は逃げなかったのかもしれない。
カラーを見つめる俊に手を伸ばし、その身体を抱き寄せた。
『そうだね、彼は不器用すぎたんだ。……ねぇ俊。僕のあげたカラーを見ながら他の男を思い出すなんて、酷すぎない?』
ふざけて頬を膨らます岡に、俊は吹き出す。
『ごめん!』
『お仕置きが必要かなあ』
『……いまから仕事だよ?』
もぞもぞと岡の手がシャツを弄っていることに気づいて、俊は慌ててそう言った。
「あら、もう雨止んだのね」
客が出ていくとき、外を覗き込んだ明彦は酷く降っていた雨が止んでいることに気がついた。
入れ違いで入ってきた客は傘を畳んだままだ。
「来る途中にやんだよ。明日はいい天気になるみたいだ」
カウンター席に座った客は、おしぼりを受け取りながら明彦にそう言う。
「何を作りましょうか?」
「そうだなあ、『エバーグリーン』をもらおうか」
しばらくしてその客が口を開く。
「新しいバーテンダーさん、仕事には慣れた?」
「ええ。今日は休みなんだけど……そう言えばあなた以前も気にかけてくれたわね。あの日もあの子ったら休みだったし……もしかして知り合い?」
半年前に一度、同じ言葉を言ったこの客を明彦は覚えていた。
眼鏡をかけた口元のほくろが印象的な彼は、少し驚いた様子で笑った。
「古い知り合いさ」
そう言うとオーダーしたエバーグリーンを美味しそうに飲む。
「伝えておきましょうか? お名前を」
「いや、いいよ。元気にしてるならそれでいい」
明彦は不思議に思ったがそれ以上詮索をしない。
それが【ロジウラ】のルールだ。
彼は一時間くらい滞在し、【ロジウラ】を後にした。
そして明彦が彼を見ることは二度となかった。
【本編:了 番外編へ】
岡の家に海外からの小包が届き、開封してみると絵葉書と小箱がはいっていた。その中には黒と緑が混じった玉虫色の羽根を持つオオゴンテングアゲハの標本が入っていた。
そして絵葉書はベトナムの風景だ。余白に添えられた岡は目を見開いた。
『こちらでクリニックを始めた』
それは佳紀の右上りの癖のある文字に間違いなかった。
あのマンションでの一件のあと、佳紀の経営していたクリニックは閉じられていた。
そして彼とサムットも連絡がつかない状態。
彼らがその後どうしたのか、気にならないわけはなかった。
自分の恋人を酷い目に遭わせていた男ではあるが、古い友人でもある佳紀に対しての感情はなかなか断ち切れない。
そんな中、彼から届いた小包。
幼い時に佳紀一家が住んでいた家は近所だったから、住所も覚えていたのだろう。
この蝶はベトナムや中国に生息していて、国内では手に入らない。そして二人にとっては思い入るのある蝶だ。
そんな標本を自分に送ってくる佳紀はもうきっと俊への感情を断ち切り、友人としてこれを送ってくれたのだろうと、そう岡は考えた。
ベトナムを選んだのはサムットの故郷だからだろうか。
それならば佳紀と一緒に彼もいるのかもしれない。
願わくば彼と穏やかに過ごして欲しい。
そう思いながら、岡はその蝶を眺めていた。
***
「バーテンダーさん、可愛い顔してるね」
そう言いながら絡んできたのは、最近見るようになった新しい客だ。
俊は微笑みながらオーダーを聞こうとするが、客は何かと絡んでくる。
はあ、とため息をついていると、隣から拓也が助け舟を出す。
「お客様、こいつの首よく見てくださいね」
そう言われて、客が視線を首を向けるとそこには革製の首輪がシャツから出ているのが分かった。
「カラーじゃん。ちぇっ。パートナーいるんじゃ手ぇ出せねぇな」
客はごめんな、と言いながらテーブル席に戻って言った。
「ありがとうございます、拓也さん」
「もうちょいカラー目立たせなよ。俊を狙ってる客は結構いるんだからね」
拓也がそう言うと、俊は苦笑いしながら頭を掻いた。
「そうよ、アンタに何かあったらアタシが岡ちゃんに怒られちゃうんだからね。拓也、二番テーブルにギムレットを作ってちょうだい」
「かしこまりました」
そう答えた拓也の首にはカラーはないものの、明彦と同じネックレスがあることを俊は知っていた。
岡が俊にカラーを送ったのは、一ヶ月前。
対外的には『自分のものだから手を出すな』と言う意味を持ち『お前は俺のものだ』とパートナーに選んだsubへの気持ちを表すものがカラーだ。
俊はカラーの意味を知らなかったので、岡が差し出した時に青くなっていた。
その様子から恐らく佳紀が部屋で監禁していたときにつけさせられていたのだろうと憶測した。
岡はゆっくりと優しくカラーの意味を俊に教えた上で、つけるかどうかは任せると言った。
すると俊はその場ですぐ首につけ、目を潤ませながら岡にキスしてきた。
『まるで結婚指輪みたい』
『そうだね、近いうちにそっちも準備するよ』
俊のおでこにキスすると、二人は顔を見合わせて笑う。
しばらくカラーを見ていた俊は、顔を少し曇らせてポツリと言う。
『佳紀は不器用な人だったんだね』
俊は気がついたのだろう。
当時、恐怖でしかなかった首輪。それは彼なりの意味を持つカラーだったことに。
彼のしたことは許せないし、いまだにカサブランカの香りが怖かったり、ふとした時にあの頃がフラッシュバックする。だが俊は客観的に佳紀のことを思えるようになってきている。
もし佳紀がもう少し違う接し方をしていれば、俊は逃げなかったのかもしれない。
カラーを見つめる俊に手を伸ばし、その身体を抱き寄せた。
『そうだね、彼は不器用すぎたんだ。……ねぇ俊。僕のあげたカラーを見ながら他の男を思い出すなんて、酷すぎない?』
ふざけて頬を膨らます岡に、俊は吹き出す。
『ごめん!』
『お仕置きが必要かなあ』
『……いまから仕事だよ?』
もぞもぞと岡の手がシャツを弄っていることに気づいて、俊は慌ててそう言った。
「あら、もう雨止んだのね」
客が出ていくとき、外を覗き込んだ明彦は酷く降っていた雨が止んでいることに気がついた。
入れ違いで入ってきた客は傘を畳んだままだ。
「来る途中にやんだよ。明日はいい天気になるみたいだ」
カウンター席に座った客は、おしぼりを受け取りながら明彦にそう言う。
「何を作りましょうか?」
「そうだなあ、『エバーグリーン』をもらおうか」
しばらくしてその客が口を開く。
「新しいバーテンダーさん、仕事には慣れた?」
「ええ。今日は休みなんだけど……そう言えばあなた以前も気にかけてくれたわね。あの日もあの子ったら休みだったし……もしかして知り合い?」
半年前に一度、同じ言葉を言ったこの客を明彦は覚えていた。
眼鏡をかけた口元のほくろが印象的な彼は、少し驚いた様子で笑った。
「古い知り合いさ」
そう言うとオーダーしたエバーグリーンを美味しそうに飲む。
「伝えておきましょうか? お名前を」
「いや、いいよ。元気にしてるならそれでいい」
明彦は不思議に思ったがそれ以上詮索をしない。
それが【ロジウラ】のルールだ。
彼は一時間くらい滞在し、【ロジウラ】を後にした。
そして明彦が彼を見ることは二度となかった。
【本編:了 番外編へ】
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