バタフライトラップ

柏木あきら

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7、七色の蝶

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連絡を入れてから、俊は【ロジウラ】でソワソワしながら彼を待っていた。
赤い扉が開くたび、カウンター越しにちらっと見ては、小さなため息をつく。
メッセージを送れば岡はすぐ来てくれるだろう、と自意識過剰な自分の思いを俊は呪った。

「俊、モッキンバードはラム入れないよ。レシピ忘れた?」
「あっ」
カクテルに入れる酒を間違えて、拓也に指摘されると俊は慌てて謝る。
小さなミスをしてしまう日が続いていて、拓也も明彦も心配になっていた。

時計を見るとそろそろ閉店時間。
今晩は雨が酷くてお客はもう見込めそうにない。明彦はそう判断して外の立て看板をしまうために扉を開けた。
(あの子が来てくれたら、俊も元気になるでしょうに)

明彦は岡が来なくなったことを俊に問い詰めなかった。

何かあったのだろうが、聞くのは不粋と言うものだし、この界隈そんなことは日常茶飯。
ただ二人の関係がなくなったことは、非常に寂しく感じていた。
俊は以前のように落ち込むことはなく、前を向いている。
色々思うところはあるだろうに客の前ではそんなそぶりを見せない。

もう俊は一人でも生きていける自信を身につけた。だから、いまこの俊を岡に見せたい。

看板を折りたたみながら、明彦は空を見上げた。
ザバザバと水たまりを車が行き交う音。雨はまだ止みそうにない。

不意に靴音がこちらに向かってきているのに気づき、視線をそっちに向けた。
傘を持ったスーツ姿の男性を見て、明彦は立て看板を畳んだ状態で笑う。

「今日はもう店じまいなのよ。だけどあんたが来るのを待ち侘びてるバーテンダーが中にいるから、特別に入れてあげるわ」
明彦がそう言うと彼は笑顔を見せた。
「全く、待ちくたびれたわよ、色男さん」

客がいなくなった店内。拓也と俊は閉店の準備に取り掛かる。
テーブルを拭きながら雑談をしていると、扉が開き明彦が入ってきた。
「拓也、俊。もう閉店時間なんだけどどうしても飲みたいって子がいるから、悪いけどお願いできない?」
こんな時間にお客がくるのも、明彦が受け入れるのも珍しい。
いつもなら『もう閉めるから明日ね』と断るのだ。
明彦にうながされ、後ろにいた男が店内にはいる。
そしてその男を見た瞬間に、拓也と俊は思わず彼の名を呼んだ。

「岡さん!」
二人に名前を呼ばれた岡は少し照れくさそうに頭を下げた。
「こんな時間にすみません。一杯、飲ませていただけますか」

その笑顔に胸がいっぱいになって、俊が立ちすくんでいると隣で拓也が岡をカウンターにどうぞと促す。
そして俊の肩を叩くと、仕事だよと苦笑いしていた。

カウンター内に二人が立つと岡はその姿を目を細めて見る。
「何を作りましょうか」
拓也の声に、岡は考えながらやがておすすめをお願いしたいと伝えた。
「承知しました。俊、『モッキンバード』を」
隣に立つ拓也にそう言われ、俊は後ろの棚からレシピ通りの酒をチョイスしていく。
そしてシェイカーに入れて振り始めると、岡は少し驚いた顔をしていた。
「安田くんが入れてくれるの」
「今は二人でカウンターに入ってるんです。もうお任せしてますよ」
にっこりと笑う拓也。
岡はシェイカーを振る俊を見つめていた。

「あらあ、そんなに見つめていたらこの子に穴が空いちゃうわよ。はい、おつまみ」
明彦がチョコとナッツの入った皿をカウンターテーブルに置き、そう言う。
やがてカクテルグラスに緑色のキラキラした液体が注がれ、コースターの上に置かれた。

「ありがとう」
初めて俊が岡のために作ったカクテルを口にする。
その姿を見ながら俊はじわじわと喜びを感じていた。

自分のカクテルを飲んでくれたこと。
こうして【ロジウラ】に来てくれたこと。自分に会いに来てくれたこと……。

何もかもが嬉しくなり、この半年間の鬱々としていた気持ちはあっという間に消え去った。

「ん、美味しい」
岡の言葉に礼を言うと、俊は何だか照れ臭くなってきて手元のグラスを洗い始めた。
店内に流れるジャズの音色。
ゆっくりとした時間がしばらく流れたあと、明彦がこう告げた。
「久々に来てくれたことに乾杯したい気分だけど、もうこんな時間だし。お肌も荒れちゃうからあたしたちは帰るわよ。ねぇ、拓也」
「そうですね、明日もありますし」

久々の逢瀬に明彦が気を利かせてくれたのだ。
俊が顔を赤らめると明彦はニヤニヤして俊を見た。
「後片付けと施錠頼むわね。明日はおやすみじゃないから、そこそこにしておきなさいよ」
意味深な言葉に、俊がママ! と思わず言うと、拓也と岡は苦笑いした。
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