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六、真白再び
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そうして俊がリビングから出ていくと、佳紀は床に顔を伏せ、声を出して子供のように泣いた。
その雄叫びは、俊の耳にも聞こえていた。
玄関ドアの前で何もできずにいる俊に、サムットが追ってきた。
「ありがとうございます」
「……え?」
「これで先生は、楽になります」
深々とお辞儀をするサムット。
「でもあなたは……」
ある意味裏切った形となったサムットを、佳紀が許す訳がない。
サムットは彼を愛していると言っていたが恐らく片方だけの愛なのだろう。
それを考え俊はやるせなくなっていた。顔を上げたサムットは少し微笑みながら首を振る。
「先生、私を解雇するでしょう。でもいいんです。ここ最近のあの人はみていられなかった。きっとこれからは時間が解決する」
自分の想いは告げずにサムットは去る決意をしているようだ。
俊は佳紀を支えてほしいと思ったがそれは都合良すぎる、勝手な自分の考えだとすぐに否定した。
「……迷惑、かけました」
俊がそう言うとサムットはもう一度首を振った。
***
しばらくしてようやく、佳紀は落ち着きを取り戻した。
肩で息をして、大きなため息をつく。
ふと自分の横に人の気配を感じて顔を上げると、視線の先には岡がいた。
「おまえの思い通りだな」
佳紀は体を起こしてそのままソファに座り込む。
岡は立ったまま凝視していた。
「俊をわざとこの部屋に呼んだんだろ? だいたいなんでここで話し合いしたいだなんて言い出すのかと思ったら」
「……」
真っ赤な目をした佳紀と岡。形勢は完全に逆転していた。
俊のことで報告したいから、と岡から佳紀の携帯に連絡があったのは二週間前。
しかし佳紀は学会に出席するため出張していた。
終わったらこのマンションに来てほしいと言ったのは岡の方だった。
佳紀がマンションに着いたのは昨夜。
秘書のように身の回りを世話しているサムットも一緒に。そこで岡から全てを聞いた。
俊はバーテンダーとして働いていること、そして縁あってカウンセリングを行っていること。
彼の状態からしても、君はもう会うべきではないと、岡に詰められ、佳紀は岡を殴りつけた。
そして腕と脚を縛り自由を奪ったのだ。
岡は佳紀に会う前に俊にマンションへ誘いのメッセージを送っていた。
それはわざと俊と佳紀を会わせるためだったのだ。
「私が言ったところで、君は変わらないだろう? それなら安田くんの口から言ってもらわないと君はずっと思いを断ち切れない。安田くんには辛い思いさせたけど、彼も君と同じ。二人とも似ているんだよ」
ソファに座る佳紀に、岡がそう告げると、佳紀は天井を仰ぎ見た。
大きく息を吐き出しながら。
「……僕がDomじゃなければ、素直に俊を愛せたのか?」
小さな声で呟く佳紀。
身を切られるような痛みを感じながら岡は答えた
「安田くんも同じことを言っていたよ。俺がsubじゃなかったらって。……なあ、佳紀。Domもsubも、関係ないんだ。そりゃ影響は受けるけど君の気持ちは君のものだ」
岡はしゃがんで佳紀と目を合わせる。
「それに昔から知ってる私からみたら、本当の君は優しいんだよ。じゃなければ人を救うドクターにならないだろ」
「……」
佳紀は顔を背け、またため息をついた。
「そう言えば、お前、まだ蝶々集めてんだな」
洋室に置かれたあの蝶の剥製が入った箱を、佳紀はたまたま見つけたらしい。
「ああ。やめられなくてね」
「……懐かしいな」
そもそも蝶に興味があって集めていたのは、佳紀のほうだった。
佳紀にコレクションを見せてもらい、岡もまた気に入って、二人でよく新しいものを手に入れては見せ合っていた。昔を感慨深く思いながら佳紀は目を細め、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「貴浩、ここの私物を引き払ったら、鍵は後日送ってくれ。あと依頼した代金は振込む。もう顔を見るのは今日が最後だ。」
「……佳紀」
「僕は恋人も親友も失ったんだな」
その言葉に岡は目を見開き佳紀の顔を見る。
涙で赤くした目をしていたが、何か吹っ切れたようなだ。
「俊とおまえが一緒にいるところなんか想像しただけで反吐が出る。さあもう行けよ」
さっさと出ていけ、と言わんばかりに手で岡を追い払う。
岡はゆっくり立ち上がり佳紀から離れていく。
「……いつかまた会おう」
その小さな声は佳紀には届かないまま、ドアを開いた。
一人になったリビングで佳紀は俯いたまましばらく動けずにいた。
やがてドアが開く音がして、足音が近付く。顔を見なくても佳紀にはそれが誰か分かっている。
「サムット、悪いけど明日のクリニックは臨時休業にしてくれ。手続き、頼む」
その雄叫びは、俊の耳にも聞こえていた。
玄関ドアの前で何もできずにいる俊に、サムットが追ってきた。
「ありがとうございます」
「……え?」
「これで先生は、楽になります」
深々とお辞儀をするサムット。
「でもあなたは……」
ある意味裏切った形となったサムットを、佳紀が許す訳がない。
サムットは彼を愛していると言っていたが恐らく片方だけの愛なのだろう。
それを考え俊はやるせなくなっていた。顔を上げたサムットは少し微笑みながら首を振る。
「先生、私を解雇するでしょう。でもいいんです。ここ最近のあの人はみていられなかった。きっとこれからは時間が解決する」
自分の想いは告げずにサムットは去る決意をしているようだ。
俊は佳紀を支えてほしいと思ったがそれは都合良すぎる、勝手な自分の考えだとすぐに否定した。
「……迷惑、かけました」
俊がそう言うとサムットはもう一度首を振った。
***
しばらくしてようやく、佳紀は落ち着きを取り戻した。
肩で息をして、大きなため息をつく。
ふと自分の横に人の気配を感じて顔を上げると、視線の先には岡がいた。
「おまえの思い通りだな」
佳紀は体を起こしてそのままソファに座り込む。
岡は立ったまま凝視していた。
「俊をわざとこの部屋に呼んだんだろ? だいたいなんでここで話し合いしたいだなんて言い出すのかと思ったら」
「……」
真っ赤な目をした佳紀と岡。形勢は完全に逆転していた。
俊のことで報告したいから、と岡から佳紀の携帯に連絡があったのは二週間前。
しかし佳紀は学会に出席するため出張していた。
終わったらこのマンションに来てほしいと言ったのは岡の方だった。
佳紀がマンションに着いたのは昨夜。
秘書のように身の回りを世話しているサムットも一緒に。そこで岡から全てを聞いた。
俊はバーテンダーとして働いていること、そして縁あってカウンセリングを行っていること。
彼の状態からしても、君はもう会うべきではないと、岡に詰められ、佳紀は岡を殴りつけた。
そして腕と脚を縛り自由を奪ったのだ。
岡は佳紀に会う前に俊にマンションへ誘いのメッセージを送っていた。
それはわざと俊と佳紀を会わせるためだったのだ。
「私が言ったところで、君は変わらないだろう? それなら安田くんの口から言ってもらわないと君はずっと思いを断ち切れない。安田くんには辛い思いさせたけど、彼も君と同じ。二人とも似ているんだよ」
ソファに座る佳紀に、岡がそう告げると、佳紀は天井を仰ぎ見た。
大きく息を吐き出しながら。
「……僕がDomじゃなければ、素直に俊を愛せたのか?」
小さな声で呟く佳紀。
身を切られるような痛みを感じながら岡は答えた
「安田くんも同じことを言っていたよ。俺がsubじゃなかったらって。……なあ、佳紀。Domもsubも、関係ないんだ。そりゃ影響は受けるけど君の気持ちは君のものだ」
岡はしゃがんで佳紀と目を合わせる。
「それに昔から知ってる私からみたら、本当の君は優しいんだよ。じゃなければ人を救うドクターにならないだろ」
「……」
佳紀は顔を背け、またため息をついた。
「そう言えば、お前、まだ蝶々集めてんだな」
洋室に置かれたあの蝶の剥製が入った箱を、佳紀はたまたま見つけたらしい。
「ああ。やめられなくてね」
「……懐かしいな」
そもそも蝶に興味があって集めていたのは、佳紀のほうだった。
佳紀にコレクションを見せてもらい、岡もまた気に入って、二人でよく新しいものを手に入れては見せ合っていた。昔を感慨深く思いながら佳紀は目を細め、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「貴浩、ここの私物を引き払ったら、鍵は後日送ってくれ。あと依頼した代金は振込む。もう顔を見るのは今日が最後だ。」
「……佳紀」
「僕は恋人も親友も失ったんだな」
その言葉に岡は目を見開き佳紀の顔を見る。
涙で赤くした目をしていたが、何か吹っ切れたようなだ。
「俊とおまえが一緒にいるところなんか想像しただけで反吐が出る。さあもう行けよ」
さっさと出ていけ、と言わんばかりに手で岡を追い払う。
岡はゆっくり立ち上がり佳紀から離れていく。
「……いつかまた会おう」
その小さな声は佳紀には届かないまま、ドアを開いた。
一人になったリビングで佳紀は俯いたまましばらく動けずにいた。
やがてドアが開く音がして、足音が近付く。顔を見なくても佳紀にはそれが誰か分かっている。
「サムット、悪いけど明日のクリニックは臨時休業にしてくれ。手続き、頼む」
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