バタフライトラップ

柏木あきら

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四、植物たちの中で

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グリーンに囲まれた部屋と柑橘系のさっぱりしたルームフレグランス。
そして岡が淹れてくれる紅茶。日によって違う種類を出してくれて、何よりも美味しい。
俊は密かに楽しみにしていた。

過去の話がうまく出来ない日は雑談で終わる時もある。
あの喫茶店のオムライスが美味しかったとか、おすすめの散歩道とか、ありふれた話をしながら岡は俊の心の緊張感を解していく。

「俊、最近目の下のくまがなくなったね」

夕方【ロジウラ】に出勤する前に髪をセットしている拓也にそう言われて、俊は洗面台の鏡を覗き込んだ。
言われてみればくまはほとんどなくなっていた。そして顔色も以前よりいい。
「最近、ちゃんと寝れるようになったからかな」
「あー確かに。よく寝てるよね。前みたいに明かりがついてないから、よかった。それってやっぱり岡さんのカウンセリングの賜物?」
「そうかも」

眠れるようになってきたのは、確かに岡のカウンセリングに数回通ったあたりから。
話を聞いてもらっているだけなのに、と俊は不思議でたまらない。

(あの柑橘系のフレグランスのせいかな? それとも淹れてくれる紅茶のおかげ?)

岡のマンションから戻ると何故か幸せな気持ちになる。
カウンセリングとはこのようなものだろうかと思いながら出勤準備に取り掛かる。
その夜、明彦からも顔色のよさを指摘されて『岡ちゃんに感謝だわね』と嬉しそうに笑っていた。

俊は今日もまた岡の部屋にいる。甘酸っぱくてすっきりした紅茶が喉を潤す。
「爽やかで美味しい」
「ローズヒップティーだよ」
ふふ、と岡が笑う。

マンションに通い始めて三カ月すぎたころ。

もう俊の過去の話は洗いざらい、岡に話し終えた。
佳紀とのひどい日々、【ロジウラ】の二人に拾われたこと、そしていまだに二人にお世話になり続けていること。

『いつかお金を貯めて、一人暮らしをしたい』と俊が言った時に岡はポン、と俊の頭を撫でた。
『ようやく未来の話をしてくれるようになったね。いい兆候だよ』
そんなことを言われ、俊は少し照れくさくなり、顔も熱くなってしまってそれを誤魔化すのに苦労した。

この頃はカウンセリングというよりも雑談をすることが多くなっていた。

今日は岡の大事にしているコレクションを見せてくれるという。
岡は他の部屋から紺色の箱を持ってきて、テーブルに置くと俊は興味津々にその箱を覗く。
パカっと蓋を開けると……
「わ……」
入っていたのは肢体をピンで止められた蝶たち。
もちろん絶命している。十匹くらい入っているだろうか。
不思議な紋様の羽を持つ蝶や、鮮やかなブルーの羽の蝶など普段あまりみないような蝶たちがその箱の中で乱舞していた。
「蝶の標本?」
「そう。小さい頃から昆虫が好きでね、そのまま大人になったらとりわけ蝶に惹かれて」
「自分で採取したんですか」
「そうだよと言いたいところだけど、まあできないよね、時間もないし……僕は採取より所有して閲覧したいだけだから」
そう言いながら岡は箱の中の蝶たちの名前や生息地、特徴を俊に話し始める。
夢中で話す岡はまるで子供のようで、俊は思わず口元を緩めてしまう。

(こんなに夢中になれるものがあって、いいな)

自分も何かに夢中になれば、岡のように普通に過ごせるのだろうか。
そんなことを思いながら箱の蝶々を眺めていた。

俊には、岡にどうしても言えないことがあった。

それは体の不調を鎮めるために拓也に抱かれていること。
不眠が解消し、気分も滅入ることが以前よりかなり減ったもののやはり subとしての体は変えられないのだ。
パートナーがいない subの俊を岡はどう思っているのだろうか。
そういった欲をどこで発散しているのか気にならないだろうか。
まさか相手が拓也とは思わないだろう。

あんな身近で欲情の処理をすませているなんて知ったら、岡は自分を軽蔑するのではないか。
それが怖くて俊は言えずにいた。
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