12 / 41
四、植物たちの中で
12
しおりを挟む
グリーンに囲まれた部屋と柑橘系のさっぱりしたルームフレグランス。
そして岡が淹れてくれる紅茶。日によって違う種類を出してくれて、何よりも美味しい。
俊は密かに楽しみにしていた。
過去の話がうまく出来ない日は雑談で終わる時もある。
あの喫茶店のオムライスが美味しかったとか、おすすめの散歩道とか、ありふれた話をしながら岡は俊の心の緊張感を解していく。
「俊、最近目の下のくまがなくなったね」
夕方【ロジウラ】に出勤する前に髪をセットしている拓也にそう言われて、俊は洗面台の鏡を覗き込んだ。
言われてみればくまはほとんどなくなっていた。そして顔色も以前よりいい。
「最近、ちゃんと寝れるようになったからかな」
「あー確かに。よく寝てるよね。前みたいに明かりがついてないから、よかった。それってやっぱり岡さんのカウンセリングの賜物?」
「そうかも」
眠れるようになってきたのは、確かに岡のカウンセリングに数回通ったあたりから。
話を聞いてもらっているだけなのに、と俊は不思議でたまらない。
(あの柑橘系のフレグランスのせいかな? それとも淹れてくれる紅茶のおかげ?)
岡のマンションから戻ると何故か幸せな気持ちになる。
カウンセリングとはこのようなものだろうかと思いながら出勤準備に取り掛かる。
その夜、明彦からも顔色のよさを指摘されて『岡ちゃんに感謝だわね』と嬉しそうに笑っていた。
俊は今日もまた岡の部屋にいる。甘酸っぱくてすっきりした紅茶が喉を潤す。
「爽やかで美味しい」
「ローズヒップティーだよ」
ふふ、と岡が笑う。
マンションに通い始めて三カ月すぎたころ。
もう俊の過去の話は洗いざらい、岡に話し終えた。
佳紀とのひどい日々、【ロジウラ】の二人に拾われたこと、そしていまだに二人にお世話になり続けていること。
『いつかお金を貯めて、一人暮らしをしたい』と俊が言った時に岡はポン、と俊の頭を撫でた。
『ようやく未来の話をしてくれるようになったね。いい兆候だよ』
そんなことを言われ、俊は少し照れくさくなり、顔も熱くなってしまってそれを誤魔化すのに苦労した。
この頃はカウンセリングというよりも雑談をすることが多くなっていた。
今日は岡の大事にしているコレクションを見せてくれるという。
岡は他の部屋から紺色の箱を持ってきて、テーブルに置くと俊は興味津々にその箱を覗く。
パカっと蓋を開けると……
「わ……」
入っていたのは肢体をピンで止められた蝶たち。
もちろん絶命している。十匹くらい入っているだろうか。
不思議な紋様の羽を持つ蝶や、鮮やかなブルーの羽の蝶など普段あまりみないような蝶たちがその箱の中で乱舞していた。
「蝶の標本?」
「そう。小さい頃から昆虫が好きでね、そのまま大人になったらとりわけ蝶に惹かれて」
「自分で採取したんですか」
「そうだよと言いたいところだけど、まあできないよね、時間もないし……僕は採取より所有して閲覧したいだけだから」
そう言いながら岡は箱の中の蝶たちの名前や生息地、特徴を俊に話し始める。
夢中で話す岡はまるで子供のようで、俊は思わず口元を緩めてしまう。
(こんなに夢中になれるものがあって、いいな)
自分も何かに夢中になれば、岡のように普通に過ごせるのだろうか。
そんなことを思いながら箱の蝶々を眺めていた。
俊には、岡にどうしても言えないことがあった。
それは体の不調を鎮めるために拓也に抱かれていること。
不眠が解消し、気分も滅入ることが以前よりかなり減ったもののやはり subとしての体は変えられないのだ。
パートナーがいない subの俊を岡はどう思っているのだろうか。
そういった欲をどこで発散しているのか気にならないだろうか。
まさか相手が拓也とは思わないだろう。
あんな身近で欲情の処理をすませているなんて知ったら、岡は自分を軽蔑するのではないか。
それが怖くて俊は言えずにいた。
そして岡が淹れてくれる紅茶。日によって違う種類を出してくれて、何よりも美味しい。
俊は密かに楽しみにしていた。
過去の話がうまく出来ない日は雑談で終わる時もある。
あの喫茶店のオムライスが美味しかったとか、おすすめの散歩道とか、ありふれた話をしながら岡は俊の心の緊張感を解していく。
「俊、最近目の下のくまがなくなったね」
夕方【ロジウラ】に出勤する前に髪をセットしている拓也にそう言われて、俊は洗面台の鏡を覗き込んだ。
言われてみればくまはほとんどなくなっていた。そして顔色も以前よりいい。
「最近、ちゃんと寝れるようになったからかな」
「あー確かに。よく寝てるよね。前みたいに明かりがついてないから、よかった。それってやっぱり岡さんのカウンセリングの賜物?」
「そうかも」
眠れるようになってきたのは、確かに岡のカウンセリングに数回通ったあたりから。
話を聞いてもらっているだけなのに、と俊は不思議でたまらない。
(あの柑橘系のフレグランスのせいかな? それとも淹れてくれる紅茶のおかげ?)
岡のマンションから戻ると何故か幸せな気持ちになる。
カウンセリングとはこのようなものだろうかと思いながら出勤準備に取り掛かる。
その夜、明彦からも顔色のよさを指摘されて『岡ちゃんに感謝だわね』と嬉しそうに笑っていた。
俊は今日もまた岡の部屋にいる。甘酸っぱくてすっきりした紅茶が喉を潤す。
「爽やかで美味しい」
「ローズヒップティーだよ」
ふふ、と岡が笑う。
マンションに通い始めて三カ月すぎたころ。
もう俊の過去の話は洗いざらい、岡に話し終えた。
佳紀とのひどい日々、【ロジウラ】の二人に拾われたこと、そしていまだに二人にお世話になり続けていること。
『いつかお金を貯めて、一人暮らしをしたい』と俊が言った時に岡はポン、と俊の頭を撫でた。
『ようやく未来の話をしてくれるようになったね。いい兆候だよ』
そんなことを言われ、俊は少し照れくさくなり、顔も熱くなってしまってそれを誤魔化すのに苦労した。
この頃はカウンセリングというよりも雑談をすることが多くなっていた。
今日は岡の大事にしているコレクションを見せてくれるという。
岡は他の部屋から紺色の箱を持ってきて、テーブルに置くと俊は興味津々にその箱を覗く。
パカっと蓋を開けると……
「わ……」
入っていたのは肢体をピンで止められた蝶たち。
もちろん絶命している。十匹くらい入っているだろうか。
不思議な紋様の羽を持つ蝶や、鮮やかなブルーの羽の蝶など普段あまりみないような蝶たちがその箱の中で乱舞していた。
「蝶の標本?」
「そう。小さい頃から昆虫が好きでね、そのまま大人になったらとりわけ蝶に惹かれて」
「自分で採取したんですか」
「そうだよと言いたいところだけど、まあできないよね、時間もないし……僕は採取より所有して閲覧したいだけだから」
そう言いながら岡は箱の中の蝶たちの名前や生息地、特徴を俊に話し始める。
夢中で話す岡はまるで子供のようで、俊は思わず口元を緩めてしまう。
(こんなに夢中になれるものがあって、いいな)
自分も何かに夢中になれば、岡のように普通に過ごせるのだろうか。
そんなことを思いながら箱の蝶々を眺めていた。
俊には、岡にどうしても言えないことがあった。
それは体の不調を鎮めるために拓也に抱かれていること。
不眠が解消し、気分も滅入ることが以前よりかなり減ったもののやはり subとしての体は変えられないのだ。
パートナーがいない subの俊を岡はどう思っているのだろうか。
そういった欲をどこで発散しているのか気にならないだろうか。
まさか相手が拓也とは思わないだろう。
あんな身近で欲情の処理をすませているなんて知ったら、岡は自分を軽蔑するのではないか。
それが怖くて俊は言えずにいた。
30
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
【完結】炎のように消えそうな
麻田夏与/Kayo Asada
BL
現代物、幼馴染み同士のラブストーリー。
この世には、勝者と敗者が存在して、敗者となればその存在は風の前の炎のように、あっけなくかき消えてしまう。
亡き母の口癖が頭から抜けない糸島早音(しとうさね)は、いじめを受ける『敗者』であるのに強い炎のような目をした阪本智(さかもととも)に惹かれ、友達になる。
『敗者』になりたくない早音と、『足掻く敗者』である智が、共に成長して大人になり、ふたりの夢をかなえる話。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集
あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。
こちらの短編集は
絶対支配な攻めが、
快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす
1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。
不定期更新ですが、
1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
書きかけの長編が止まってますが、
短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。
よろしくお願いします!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる