9 / 41
三、赤い扉とネクタイ
9
しおりを挟む
岡はその日以降、あまり日を空けることなく【ロジウラ】に通ってくるようになった。
いつも小皿に乗ったナッツをオーダーし、アルコール度数の強いカクテルを二杯、堪能して帰る。
滞在時間はそんなに長く無いので、出会いを求めていると言うよりは単純に飲みに来ているだけのようだ。
ある日、岡が珍しくナッツではないおつまみが欲しいと言ってきたので、明彦はバックヤードに行き、作業をしていた俊に声をかけた。
チーズやナッツの買い出しの他に、少し手の込んだおつまみは俊が作っているからだ。
おつまみとして楽しめるものを思案し、完成させたのは豆腐の上にアンチョビがのせてあり、さらに少し厚めのガーリックチップがのっているというもの。
岡は出されたそれを口に入れると、満足そうな顔を見せた。
「旨いな、ママが作ってるんですか?」
「あたしじゃないの。奥にもう一人、スタッフがいるのよ」
「へぇ、一度も見たことないな」
「事情があってね。いい子なのよ、あの子が来てくれて店の評判も良くなってるし」
例えばトイレの什器。用をすますだけの場所に「身なりを整える」ものを準備し陳列した。
酒やタバコの匂いを消す消臭スプレー、あぶらとり紙、マウスウォッシュ。
そんなにいる? と明彦が呆れて聞いた時、ここが出会いの場になるなら、身だしなみを整えたい人もいるでしょうし、と俊は答えた。
おつまみのレパートリーを増やしたのも俊だ。
ただあくまでも酒をメインとしたメニューのみ。
腹を満たしたいならここじゃなくていいだろうと俊は考えた。
他にも備品の修繕やインテリアの配置など、明彦と拓也が忙しくて手をつけていなかった箇所を自然と俊が手をつけ、その細やかな気配りはいつしか客に届いていたようで、常連客からも以前より良くなったと評判だ。
この日以降、岡は来店すると、おまかせでおつまみを頼むようになっていた。
オーダーが続くことに気づいた俊はレパートリーを増やさないと、と躍起になっている。
俊がこうやって何かに没頭することはいいことだと感じていた。
その証拠に最近は旬の表情が柔らかい。
「あー、岡ちゃんの胃袋掴んじゃったわね。俊」
せっせと盛り付けをする姿を見ながら、明彦は苦笑すると俊は笑う。
それは心からの笑顔なのだろう。
「ママ、俺、今楽しいです。ありがとう」
その言葉に明彦は手を伸ばして、俊の頭をくしゃくしゃに撫でた。
目の前のスモークサーモンの生春巻きを突きながら、岡は舌鼓を打つ。
チリソースと大葉がアクセントになっていて、それをつまみに酒も進んでいた。
「やっぱりこの料理を作ってる彼には会えませんか?」
グラスを傾けながら明彦に聞いてくる。
すっかり岡は俊のおつまみが気に入り、何度か会いたいと言ってきた。
「本人が嫌がってるのよ。ちょっと色々あって人との付き合いが苦手なの」
カラン、とグラスに入っている氷が音を立てた。
岡は顎に手をやり少し考えた後、スーツの内ポケットから名刺を取り出して、明彦に告げた。
「実は私、カウンセラーやってるんです。よかったら彼にカウンセリング、受けてもらえないですかね。身も知らずの奴に言われて困惑するかもしれませんが、美味しいものを食べさせて頂いているお礼に」
差し出された名刺を手に取り、岡の顔を見る。
柔らかい雰囲気を纏っていたのはカウンセラーだからか、と明彦は考えた。
俊の状態は以前に比べると、かなり良くなっているが、それでもまだ本調子に見えない。
できることならもっと楽にしてやりたい。
赤の他人なのにここまでやってしまうのは明彦の性格からくるものだ。
時にはお節介と言われてしまうこともあるが、放っておくことはできない。
「……どちらにしろ、今日は無理ね。話はしておくから次回来てくれた時に回答させていただいていいかしら」
「もちろん。無理強いはよくないからね。って私が無理強いしてますけどね」
苦笑いしながら、岡はグラスに手をやる。
そんな岡に明彦は言う。
「いいえ。感謝するわ」
いつも小皿に乗ったナッツをオーダーし、アルコール度数の強いカクテルを二杯、堪能して帰る。
滞在時間はそんなに長く無いので、出会いを求めていると言うよりは単純に飲みに来ているだけのようだ。
ある日、岡が珍しくナッツではないおつまみが欲しいと言ってきたので、明彦はバックヤードに行き、作業をしていた俊に声をかけた。
チーズやナッツの買い出しの他に、少し手の込んだおつまみは俊が作っているからだ。
おつまみとして楽しめるものを思案し、完成させたのは豆腐の上にアンチョビがのせてあり、さらに少し厚めのガーリックチップがのっているというもの。
岡は出されたそれを口に入れると、満足そうな顔を見せた。
「旨いな、ママが作ってるんですか?」
「あたしじゃないの。奥にもう一人、スタッフがいるのよ」
「へぇ、一度も見たことないな」
「事情があってね。いい子なのよ、あの子が来てくれて店の評判も良くなってるし」
例えばトイレの什器。用をすますだけの場所に「身なりを整える」ものを準備し陳列した。
酒やタバコの匂いを消す消臭スプレー、あぶらとり紙、マウスウォッシュ。
そんなにいる? と明彦が呆れて聞いた時、ここが出会いの場になるなら、身だしなみを整えたい人もいるでしょうし、と俊は答えた。
おつまみのレパートリーを増やしたのも俊だ。
ただあくまでも酒をメインとしたメニューのみ。
腹を満たしたいならここじゃなくていいだろうと俊は考えた。
他にも備品の修繕やインテリアの配置など、明彦と拓也が忙しくて手をつけていなかった箇所を自然と俊が手をつけ、その細やかな気配りはいつしか客に届いていたようで、常連客からも以前より良くなったと評判だ。
この日以降、岡は来店すると、おまかせでおつまみを頼むようになっていた。
オーダーが続くことに気づいた俊はレパートリーを増やさないと、と躍起になっている。
俊がこうやって何かに没頭することはいいことだと感じていた。
その証拠に最近は旬の表情が柔らかい。
「あー、岡ちゃんの胃袋掴んじゃったわね。俊」
せっせと盛り付けをする姿を見ながら、明彦は苦笑すると俊は笑う。
それは心からの笑顔なのだろう。
「ママ、俺、今楽しいです。ありがとう」
その言葉に明彦は手を伸ばして、俊の頭をくしゃくしゃに撫でた。
目の前のスモークサーモンの生春巻きを突きながら、岡は舌鼓を打つ。
チリソースと大葉がアクセントになっていて、それをつまみに酒も進んでいた。
「やっぱりこの料理を作ってる彼には会えませんか?」
グラスを傾けながら明彦に聞いてくる。
すっかり岡は俊のおつまみが気に入り、何度か会いたいと言ってきた。
「本人が嫌がってるのよ。ちょっと色々あって人との付き合いが苦手なの」
カラン、とグラスに入っている氷が音を立てた。
岡は顎に手をやり少し考えた後、スーツの内ポケットから名刺を取り出して、明彦に告げた。
「実は私、カウンセラーやってるんです。よかったら彼にカウンセリング、受けてもらえないですかね。身も知らずの奴に言われて困惑するかもしれませんが、美味しいものを食べさせて頂いているお礼に」
差し出された名刺を手に取り、岡の顔を見る。
柔らかい雰囲気を纏っていたのはカウンセラーだからか、と明彦は考えた。
俊の状態は以前に比べると、かなり良くなっているが、それでもまだ本調子に見えない。
できることならもっと楽にしてやりたい。
赤の他人なのにここまでやってしまうのは明彦の性格からくるものだ。
時にはお節介と言われてしまうこともあるが、放っておくことはできない。
「……どちらにしろ、今日は無理ね。話はしておくから次回来てくれた時に回答させていただいていいかしら」
「もちろん。無理強いはよくないからね。って私が無理強いしてますけどね」
苦笑いしながら、岡はグラスに手をやる。
そんな岡に明彦は言う。
「いいえ。感謝するわ」
41
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集
あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。
こちらの短編集は
絶対支配な攻めが、
快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす
1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。
不定期更新ですが、
1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
書きかけの長編が止まってますが、
短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。
よろしくお願いします!
美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる