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第十二話 〈翁〉再臨
2.翁面
しおりを挟む司は目を閉じて何度も頷いた。
「ここの宮座はとりわけ強固なようだ。古い祭礼の形をこれからも伝えてゆくだろう。あるいは、それが慰めとなるかもしれない」
「御心配には及びません、ひとりには慣れております」
さやかは黙って〈翁〉を見ていた。
「お約束通り、この者の体を返します」
「ああ」
「では」
どさっと彼の体がその場にくずおれた。本殿を満たしていた光はいつの間にか消えていた。
「ひとりは慣れてる、ですって。ずっとこの人と一緒だったはずなのにね」
俯いてさやかがつぶやいた。司は無言で本殿に入って翁の面を取って来た。
「これはふたつもいらないだろう」
手の中の面を見ていた司は、思い出したようにレンズにひびの入ったメガネを取り出した。過去に飛ばされたときに回収した中谷茂のものだ。
「どうするの?」
さやかが見ていると、司は本殿の脇の『聖の宮』の中にメガネを収めた。
夜が白々と明ける頃、ようやく解放された昌宏は一目散に神社へ向かった。
「統吾兄! 統吾兄!」
御供部屋の扉にこぶしを叩きつけながら叫ぶ。がたがたと中で音がして戸が開き、統吾が顔を出した。胸に亜衣を抱いている。ただ眠っているようだ。
昌宏は安堵の息をつく。それから統吾の肩越しの光景に気がつく。御供部屋の板敷きの間に、大勢が雑魚寝していたのである。
驚いていると統吾が昌宏を促して表へ出た。
「僕にも何が何やら。本殿にいたはずなのに君の声で気がついたらここで寝てるんだもん」
話しながら本殿へ視線を流した統吾は顔を強張らせた。
「人が」
本殿の前に誰か倒れていた。
「誰だろう」
ふたりは駆け寄って横向きに倒れている男の顔を覗いてみる。白い水干を着ていて顔に翁の面をつけている。
「御神体の翁面じゃないか」
統吾が顔から面を取った。
「……!」
「な、んで」
昌宏も統吾も絶句する。それはちょうど一年前、姿を消した中谷茂だった。驚いてそのまま身動きできずにいる二人の背後で声があがった。
「昌宏! 統吾くん! 亜衣は?」
呆然とした面持ちのままふたりはぎくしゃくと振り返る。久子が鳥居を潜って走り寄ってきた。後ろにさやかがついてきている。
「ふたりともどうし……っ」
久子の足がぴたりと止まった。膝をついたふたりの間に横たわる夫の姿に気がついた。
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