宵の宮

奈月沙耶

文字の大きさ
上 下
46 / 50
第十二話 〈翁〉再臨

2.翁面

しおりを挟む


 司は目を閉じて何度も頷いた。
「ここの宮座はとりわけ強固なようだ。古い祭礼の形をこれからも伝えてゆくだろう。あるいは、それが慰めとなるかもしれない」
「御心配には及びません、ひとりには慣れております」
 さやかは黙って〈翁〉を見ていた。

「お約束通り、この者の体を返します」
「ああ」
「では」
 どさっと彼の体がその場にくずおれた。本殿を満たしていた光はいつの間にか消えていた。

「ひとりは慣れてる、ですって。ずっとこの人と一緒だったはずなのにね」
 俯いてさやかがつぶやいた。司は無言で本殿に入って翁の面を取って来た。
「これはふたつもいらないだろう」

 手の中の面を見ていた司は、思い出したようにレンズにひびの入ったメガネを取り出した。過去に飛ばされたときに回収した中谷茂のものだ。
「どうするの?」
 さやかが見ていると、司は本殿の脇の『聖の宮』の中にメガネを収めた。




 夜が白々と明ける頃、ようやく解放された昌宏は一目散に神社へ向かった。
「統吾兄! 統吾兄!」
 御供部屋の扉にこぶしを叩きつけながら叫ぶ。がたがたと中で音がして戸が開き、統吾が顔を出した。胸に亜衣を抱いている。ただ眠っているようだ。

 昌宏は安堵の息をつく。それから統吾の肩越しの光景に気がつく。御供部屋の板敷きの間に、大勢が雑魚寝していたのである。
 驚いていると統吾が昌宏を促して表へ出た。

「僕にも何が何やら。本殿にいたはずなのに君の声で気がついたらここで寝てるんだもん」
 話しながら本殿へ視線を流した統吾は顔を強張らせた。
「人が」
 本殿の前に誰か倒れていた。

「誰だろう」
 ふたりは駆け寄って横向きに倒れている男の顔を覗いてみる。白い水干を着ていて顔に翁の面をつけている。
「御神体の翁面じゃないか」
 統吾が顔から面を取った。
「……!」
「な、んで」

 昌宏も統吾も絶句する。それはちょうど一年前、姿を消した中谷茂だった。驚いてそのまま身動きできずにいる二人の背後で声があがった。
「昌宏! 統吾くん! 亜衣は?」

 呆然とした面持ちのままふたりはぎくしゃくと振り返る。久子が鳥居を潜って走り寄ってきた。後ろにさやかがついてきている。

「ふたりともどうし……っ」
 久子の足がぴたりと止まった。膝をついたふたりの間に横たわる夫の姿に気がついた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ユウとリナの四日間

奈月沙耶
ライト文芸
働かない父親と家出を繰り返す母親と三人で暮らしている小学生のリナ。 ある夜、母親に連れて行かれた山中で首を絞められる。 助けてくれたのは、山の中の工場で働きながら古いアパートで一人で暮らしているおにいさん「ユウ」だった。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...