宵の宮

奈月沙耶

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第十話 宵宮

3.いやだ

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「どうかしたの?」
「姉ちゃんと亜衣知らないか?」
「見てないけど」
「みんなでここまで来たらしいけど、いなくなっちまったって」
 さやかは眉を曇らせた。
「あたし家に行ってこようか?」
 今日は出番はないが昌宏が抜け出すわけにはいかないだろう。
「ちょっと、行ってくるから」

 石段を駆け下りたところで、さやかは神社の裏参道へまわっていく一団を見かけた。三人の男性がしきりと人目を警戒しながら進んでいく様子に不審なものを感じたさやかは、とっさに口元を押えた。
 中のひとりが腕に抱いているのは……。表情を険しくしてさやかは彼らの後について行った。




 午後十時すぎになって一通りの芸能が終了した。この後、神主と禰宜によって行われる〈神まつり〉は秘事であるため、関係者も皆引き上げていく。〈若い衆〉の面々も衣裳部屋に入って帰り支度を始めた。

「あれすごくなかった?」
「そうそう。サイトウの炎がさ、こうぶわっと燃え上がって」
「すごい演出だよなあ」
「え? あれわざと?」
「偶然にしてはできすぎだろ」
「でも誰がそんなことやったんだよ」
「そういやあ誰だ?」

 その傍らで昌宏は押し黙ったままだった。結局、さやかはあのまま戻ってこなかった。司の姿も見えなくなっていた。
(どうしたんだろう)

 気にしながら帰宅すると、薄暗い居間で皆が固い表情で座っていてびっくりした。
「どうしたんだよ? 亜衣は?」
 訊いても父と祖母は押し黙ったまま答えない。たまりかねて昌宏は久子の肩を掴んだ。
「姉ちゃん! 亜衣はどうしたんだよ」

 俯いていた顔を上げ、久子は弟の顔を見た。
「昌宏、亜衣はね……」
「うん」
「連れていかれて、しまったの。人身御供にするってっ」
 久子はくちびるを震わせて一息に言った。
「なんだって!?」
 久子はほろほろ涙をこぼしながら話した。

「真似だけだからって。年ごろの女の子がいないから仕方ないって。山の神様が怒ってるからって。茂さんが消えたのは山の神様を怒らせるようなことをしたからだろう、亜衣におさめてもらうしかないって。そう言われて、あたし……」

 昌宏は蒼白になって立ち上がった。そのとき、彼の頭の中に響いていたのは先日のさやかの言葉だった。
 ――それで犠牲の上の見せかけの平和に安穏としてれば良かったっていうの? いちばんの責任は、力がないのを言い訳に泣き寝入りしていた人たちにある。

(いやだ)
 固く、拳を握る。
(泣き寝入りなんて、いやだ)
 人身御供なんて、たとえ真似だけと言われても絶対に許せない!

「昌宏、どこへっ」
 久子が叫ぶ。かまわずに昌宏は家を飛び出し、神社へと向かって暗い夜道をひた走った。
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