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第十話 宵宮
1.宮入り
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午後五時三十分。いよいよ宮入りの時間である。〈若い衆〉は『王の太刀』を持った横座を先頭に神社へ向かい、途中神社の前の川で禊をしてから鳥居を潜って境内に入る。
まず拝殿の隅にしつらえられた衣裳部屋で濃紺の素襖(すおう)に烏帽子という正装に着替え、全員素足となって本殿をはじめ末社に拝んで回る〈宮めぐり〉を始める。
神事舞に用いられる面や道具類を入れた櫃は長床の上座に置かれ、面は箱の蓋にひとつずつ丁寧に並べられる。
「翁の面はいつ出されるの?」
見物人に交じって行事が進行する様を見ていたさやかが司に尋ねた。
「翁舞は本祭のみの演目だ。まだ本殿に祀られたままだろう」
「それなら持ち出すのは簡単だね」
小声でつぶやいたさやかに司も用心深く頷いた。
見物人の最前列にはカメラマンの小松と記者の高遠がいた。
「あいつら引き離しておかないと」
「カメラマンは俺がやる。おまえは……」
「高遠の方ね」
嬉々とした様子のさやかを司は難しい顔で見下ろした。
「正体がバレるようなことはするなよ」
「わかってるって」
さやかは身をひるがえして人垣の向こうへ消えた。司がその場から動かずに見ていると小松の横から高遠の姿が消えた。それを確認して司も移動を始めた。
さやかが誘い出すまでもなく、高遠は自分から見物人の輪からふらふら出てきた。どこへ行くのか見ていると、なんと彼は御供部屋の方へと近づいていった。
人の目に触れないように隅の暗がりを移動し裏から御供部屋に近づいた彼は、格子の付いた窓に張り付き中を覗き込んだ。
これにはさやかも呆れてしまった。しかし呆れてばかりもいられない。
高遠の足元近くにブリキの缶が置かれていた。さやかは目を伏せて心を澄ませる。缶がふわりと浮き上がり、派手な音を立てて地面に転がった。
「うわっ」
驚いた高遠が飛退くのと同時に引き戸が開いて神主の正装をした統吾が出てきた。
「何をしているんですか」
「はははは。いやね、この中どうなってるのかと思って」
「どうって、別に特別なものは何も。御供を調進する道具がそろってるだけで」
「見せてもらえないかなあ」
「……入り口から覗くだけなら」
高遠は図々しく土間へ頭を突っ込んでじろじろ内部を見渡している。
(統吾さんて本当にお人よし)
そこまでしてやることないのに。さやかは内心でため息をついた。
「普通の部屋と変わらないね。奥にあるのは調理台? ここで煮炊きするの?」
「ですから献饌(けんせん)をここで調えるんです」
「ああ、そう」
気がすんだのか高遠はようやく首を引っ込めた。統吾は不信感の滲み出た表情でぴたりと戸を閉ざした。
まず拝殿の隅にしつらえられた衣裳部屋で濃紺の素襖(すおう)に烏帽子という正装に着替え、全員素足となって本殿をはじめ末社に拝んで回る〈宮めぐり〉を始める。
神事舞に用いられる面や道具類を入れた櫃は長床の上座に置かれ、面は箱の蓋にひとつずつ丁寧に並べられる。
「翁の面はいつ出されるの?」
見物人に交じって行事が進行する様を見ていたさやかが司に尋ねた。
「翁舞は本祭のみの演目だ。まだ本殿に祀られたままだろう」
「それなら持ち出すのは簡単だね」
小声でつぶやいたさやかに司も用心深く頷いた。
見物人の最前列にはカメラマンの小松と記者の高遠がいた。
「あいつら引き離しておかないと」
「カメラマンは俺がやる。おまえは……」
「高遠の方ね」
嬉々とした様子のさやかを司は難しい顔で見下ろした。
「正体がバレるようなことはするなよ」
「わかってるって」
さやかは身をひるがえして人垣の向こうへ消えた。司がその場から動かずに見ていると小松の横から高遠の姿が消えた。それを確認して司も移動を始めた。
さやかが誘い出すまでもなく、高遠は自分から見物人の輪からふらふら出てきた。どこへ行くのか見ていると、なんと彼は御供部屋の方へと近づいていった。
人の目に触れないように隅の暗がりを移動し裏から御供部屋に近づいた彼は、格子の付いた窓に張り付き中を覗き込んだ。
これにはさやかも呆れてしまった。しかし呆れてばかりもいられない。
高遠の足元近くにブリキの缶が置かれていた。さやかは目を伏せて心を澄ませる。缶がふわりと浮き上がり、派手な音を立てて地面に転がった。
「うわっ」
驚いた高遠が飛退くのと同時に引き戸が開いて神主の正装をした統吾が出てきた。
「何をしているんですか」
「はははは。いやね、この中どうなってるのかと思って」
「どうって、別に特別なものは何も。御供を調進する道具がそろってるだけで」
「見せてもらえないかなあ」
「……入り口から覗くだけなら」
高遠は図々しく土間へ頭を突っ込んでじろじろ内部を見渡している。
(統吾さんて本当にお人よし)
そこまでしてやることないのに。さやかは内心でため息をついた。
「普通の部屋と変わらないね。奥にあるのは調理台? ここで煮炊きするの?」
「ですから献饌(けんせん)をここで調えるんです」
「ああ、そう」
気がすんだのか高遠はようやく首を引っ込めた。統吾は不信感の滲み出た表情でぴたりと戸を閉ざした。
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