38 / 50
第十話 宵宮
1.宮入り
しおりを挟む
午後五時三十分。いよいよ宮入りの時間である。〈若い衆〉は『王の太刀』を持った横座を先頭に神社へ向かい、途中神社の前の川で禊をしてから鳥居を潜って境内に入る。
まず拝殿の隅にしつらえられた衣裳部屋で濃紺の素襖(すおう)に烏帽子という正装に着替え、全員素足となって本殿をはじめ末社に拝んで回る〈宮めぐり〉を始める。
神事舞に用いられる面や道具類を入れた櫃は長床の上座に置かれ、面は箱の蓋にひとつずつ丁寧に並べられる。
「翁の面はいつ出されるの?」
見物人に交じって行事が進行する様を見ていたさやかが司に尋ねた。
「翁舞は本祭のみの演目だ。まだ本殿に祀られたままだろう」
「それなら持ち出すのは簡単だね」
小声でつぶやいたさやかに司も用心深く頷いた。
見物人の最前列にはカメラマンの小松と記者の高遠がいた。
「あいつら引き離しておかないと」
「カメラマンは俺がやる。おまえは……」
「高遠の方ね」
嬉々とした様子のさやかを司は難しい顔で見下ろした。
「正体がバレるようなことはするなよ」
「わかってるって」
さやかは身をひるがえして人垣の向こうへ消えた。司がその場から動かずに見ていると小松の横から高遠の姿が消えた。それを確認して司も移動を始めた。
さやかが誘い出すまでもなく、高遠は自分から見物人の輪からふらふら出てきた。どこへ行くのか見ていると、なんと彼は御供部屋の方へと近づいていった。
人の目に触れないように隅の暗がりを移動し裏から御供部屋に近づいた彼は、格子の付いた窓に張り付き中を覗き込んだ。
これにはさやかも呆れてしまった。しかし呆れてばかりもいられない。
高遠の足元近くにブリキの缶が置かれていた。さやかは目を伏せて心を澄ませる。缶がふわりと浮き上がり、派手な音を立てて地面に転がった。
「うわっ」
驚いた高遠が飛退くのと同時に引き戸が開いて神主の正装をした統吾が出てきた。
「何をしているんですか」
「はははは。いやね、この中どうなってるのかと思って」
「どうって、別に特別なものは何も。御供を調進する道具がそろってるだけで」
「見せてもらえないかなあ」
「……入り口から覗くだけなら」
高遠は図々しく土間へ頭を突っ込んでじろじろ内部を見渡している。
(統吾さんて本当にお人よし)
そこまでしてやることないのに。さやかは内心でため息をついた。
「普通の部屋と変わらないね。奥にあるのは調理台? ここで煮炊きするの?」
「ですから献饌(けんせん)をここで調えるんです」
「ああ、そう」
気がすんだのか高遠はようやく首を引っ込めた。統吾は不信感の滲み出た表情でぴたりと戸を閉ざした。
まず拝殿の隅にしつらえられた衣裳部屋で濃紺の素襖(すおう)に烏帽子という正装に着替え、全員素足となって本殿をはじめ末社に拝んで回る〈宮めぐり〉を始める。
神事舞に用いられる面や道具類を入れた櫃は長床の上座に置かれ、面は箱の蓋にひとつずつ丁寧に並べられる。
「翁の面はいつ出されるの?」
見物人に交じって行事が進行する様を見ていたさやかが司に尋ねた。
「翁舞は本祭のみの演目だ。まだ本殿に祀られたままだろう」
「それなら持ち出すのは簡単だね」
小声でつぶやいたさやかに司も用心深く頷いた。
見物人の最前列にはカメラマンの小松と記者の高遠がいた。
「あいつら引き離しておかないと」
「カメラマンは俺がやる。おまえは……」
「高遠の方ね」
嬉々とした様子のさやかを司は難しい顔で見下ろした。
「正体がバレるようなことはするなよ」
「わかってるって」
さやかは身をひるがえして人垣の向こうへ消えた。司がその場から動かずに見ていると小松の横から高遠の姿が消えた。それを確認して司も移動を始めた。
さやかが誘い出すまでもなく、高遠は自分から見物人の輪からふらふら出てきた。どこへ行くのか見ていると、なんと彼は御供部屋の方へと近づいていった。
人の目に触れないように隅の暗がりを移動し裏から御供部屋に近づいた彼は、格子の付いた窓に張り付き中を覗き込んだ。
これにはさやかも呆れてしまった。しかし呆れてばかりもいられない。
高遠の足元近くにブリキの缶が置かれていた。さやかは目を伏せて心を澄ませる。缶がふわりと浮き上がり、派手な音を立てて地面に転がった。
「うわっ」
驚いた高遠が飛退くのと同時に引き戸が開いて神主の正装をした統吾が出てきた。
「何をしているんですか」
「はははは。いやね、この中どうなってるのかと思って」
「どうって、別に特別なものは何も。御供を調進する道具がそろってるだけで」
「見せてもらえないかなあ」
「……入り口から覗くだけなら」
高遠は図々しく土間へ頭を突っ込んでじろじろ内部を見渡している。
(統吾さんて本当にお人よし)
そこまでしてやることないのに。さやかは内心でため息をついた。
「普通の部屋と変わらないね。奥にあるのは調理台? ここで煮炊きするの?」
「ですから献饌(けんせん)をここで調えるんです」
「ああ、そう」
気がすんだのか高遠はようやく首を引っ込めた。統吾は不信感の滲み出た表情でぴたりと戸を閉ざした。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり


魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。

病弱少年が怪我した小鳥を偶然テイムして、冒険者ギルドの採取系クエストをやらせていたら、知らないうちにLV99になってました。
もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
ベッドで寝たきりだった少年が、ある日、家の外で怪我している青い小鳥『ピーちゃん』を助けたことから二人の大冒険の日々が始まった。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる